クレアと出会い
「はぁ・・・」
私は道の真ん中を、大きな溜息をつきながら歩いていた。私の重い気持ちとは裏腹に、昼過ぎの繁華街は人で賑わっている。
「何で誰も入れてくれないんだろ・・・」
ギルドでパーティに入れてもらおうと、いろいろな人に聞いて回った。
【うーん・・・私たちのところはちょっと・・・人は足りてるかなぁ。ごめんね。】
【防御魔法しか使えないの?じゃあいいわ】
全員、私の魔法を知ったとたん門前払いだ。
「おいマジで!アハハハハハハハ!」
「だろ?超ウケるよな!」
数人の男の笑い声が聞こえた。見ると、まだ昼過ぎなのにも関わらず、酒屋でチャラそうな男二人が酒を飲み交わしている。
きっと、チートスキルでも持っているのだろう。強いモンスターを倒しまくって、余った銭でお酒という感じだ。この町はなかなか大きいため、ああいう人もいる。
ギルドでもそれっぽい人は何人かいたけど、やっぱり入るのは何かされそうで怖い。
「村の方が良かったなぁ」
もう一度、溜息をついた。
このまま帰っちゃおうかな。
そう思った瞬間。
「アハハハハハハハ!」
今度は、後ろの方から子供のような、甲高い声が聞こえた。
振り返るとそこには、こちらに向かって走ってくる、5歳くらいの女の子の姿があった。
髪の色は黒で、後ろの髪を赤いゴムのようなもので一つに束ねている。柔和な笑顔で、けっこうかわいい。白いワンピースを着ていて、いかにも元気な女の子という感じだ。
しかし、その女の子は有り得ないものを持っていた。
右手に剣を、左手に盾を持ち、無邪気な笑顔を浮かべながら剣を振り回していたのだ。
目の前で、信じられない光景が繰り広げられている。
「え・・・えっちょっと!嘘でしょ!?」
道を行き交う人々が、悲鳴を上げながらその女の子を避けていく。
「これおもしろいなー!アハハ」
女の子は、そう言いいながら、剣を振り回して道の真ん中に突っ立っている私に向かって走ってくる。
やばい。殺される。
「ひ、光よ、せ、聖なるヒヒ光よ、古より・・・ってあれ!?この後何だったけ?!」
急いで詠唱を始めるが、焦って単語が出てこない。
「集中していたら何度だって発動できるのに・・・」
私は魔法をこれしか持ってない。そのため、これが発動できないと、死ぬ。
「古より・・古より・・あーもうだめ!」
必死に思い出そうとするが、出てこない。女の子は、もうあと3メートルくらいの距離にいる。
もうちょっと近づけば、剣先が届く。
逃げようと後ずさりするが、足が震えて動かない。
あーもう終わったわ。都会では小さい女の子が猟奇殺人するのね。早く田舎に帰っとけば良かった。
18年間の人生が、走馬灯のように脳内を駆け巡った。私は涙目の目をつぶり、天を仰ぐ。
短い人生だったな。
・・・・・・あれ?
痛みがない。
・・・・・・・・・。
目をゆっくり見開いて下を見ると、女の子が振り回していた剣を地面に突き立て、こっちをジッと見ていた。
「なあ・・・・お姉ちゃんなんで泣いてるんだ?」
「え!?そ・・・そうね・・・」
「なにか辛いことがあったのか?」
「え・・・いや、ちょっと怖いことがあったの」
「そうか・・・怖いのは怖いなー」
「そうね・・・怖いのは怖いわねー」
「・・・」
「・・・」
周りの人が、こちらを見ている。頭が真っ白で、体も動かない。
「お姉ちゃん、その服、冒険者か?」
「え・・・まあ一応そうね」
「じゃあ、お姉ちゃん魔王役な。クレア勇者やる!」
「うん・・・ってえ!?何でどこに話し吹っ飛んだ?」
クレアと言うのだろうか。地面に突き立てた剣をあっさりと引き抜くと、腰を低くして構えた。
「いくぞー」
「え、ちょっちょまって・・・」
横から振られた一撃を、反射的にかわした。どうやら、少し体が状況に追いついてきたようだ。
その後も、クレアが2回剣を振り回した。
「ちょっと、落ち着いて!それ、危ないものだから・・・ね?置いて?」
「これか?これ、あぶなくないぞ?」
「いやいや、危ないものなのよ。ね?だから・・・」
「ほら」
「ちょっ!やめて!・・・あれ?」
クレアが盾を置いて剣先を触った。すると、クレアの指先は剣の中に溶けていった。クレアが手を離すと、溶けてた剣先は元の形に戻っていった。クレアの手からも、血は流れていない。
クレアはもう一度構えた。
「まおうよ、くたばれー」
「きゃっ!」
危いものではないようだが、剣の形をしているので、やはり反射的に体が反応してしまう。
でも、もしかしたらこの子だけ安全なのかもしれない。やっぱり、止めて確かめなきゃ。
私は後ろを向いて、走り出した。
「な、まおうめ、にげだしたか。おのれ・・・まてー」
クレアが追ってきた。魔法詠唱を唱えながら、私は逃げる。
「光よ、聖なる光よ、古より大地を照らす清浄なる光よ。災厄に立ち向かう勇ましき者に、全ての闇を滅却せしめる、光の加護を与えたまえ」
詠唱を終えると、立ち止まって振り向いた。クレアが、剣を振りかざしてやってくる。もうもはや動きが勇者っぽくない。
「シャイニングアーサー!」
そう言うと、私の体は眩い輝きと共に薄いベールに包まれた。
クレアが一瞬ひるむ。その隙に、クレアに向かって駆け出した。
懐まで潜り込むと、手で光を遮っていたクレアが、ガムシャラに攻撃してきた。しかし、薄いベールがその攻撃を跳ね返しす。
「とったー!」
ベールに剣が弾かれてクレアの体勢が崩れた瞬間、私はクレアの手から剣を奪った。
「「「おー」」」
野次馬からは、拍手が送られる。
「・・・」
クレアは、勝ち誇った顔をしている、私の顔を見つめる。すると、だんだんとその目が歪んでいった。
「あーーーーーーーーーんうわーーーーーーーん えーーーーーーんん・・・ぐすん」
「ちょっちょっと・・・泣かないでよー」
もう・・・どうすればいいのよー。
「その・・・あ、そうだ!この剣!」
さっき、この子怪我してなかったけど、本当に大丈夫なのかな?
クレアが泣いているのを横目に、そーっと指を剣先に近づける。
「え!?あれ!?うそ!」
近づけていった指は、剣先に吸い込まれていった。深く沈めば沈むほど、剣の形が変わっていく。まるで、水に触れているかのような感触がした。
どうやらこの剣、水で出来ているようだ。魔法の一種だろうか。水を剣の形にして、そこに鉄肌を映し出しているのかはわからないけど。
でも、安全っぽい。
「あの・・・クレアちゃん?」
「ぐすん、ぐすん」
「わー苦しいーイタイーやられたー」
私は剣を放り投げ、わざとらしい声をかけながら地面に倒れた。
クレアは、その光景を見ると、涙を拭いて地面に落ちてある剣を拾った。少し私を見つめ、近づいてくる。
「はっはっは!どうだ!思い知ったか、まおうめ!このゆーしゃさまにひれ伏すがいい!」
もうどっちが魔王だかわかんないね。
「ふ・・・まおう!トドメだ!」
え?
バシャッ
クレアが剣を私の腹に突き刺すと、剣の形が勢いよく崩れ、水となって私の体にかかった。
「・・・」
「・・・」
「・・・さらばだ」
そう言うとクレアは、野次馬の間を走ってすり抜けていった。
目の前に映る青い空には、白い雲が漂っていた。
☆★☆
夜の小道。周りには、隙間なく隣接されたアパートが立ち並んでいる。電気も何も灯っていないため、月明かりだけが歩くときの便りになっている。
「はぁ・・・」
再びの溜め息。今日でもう何度目だろう。
クレアという女の子に散々振り回された後、私は
親切な野次馬のおばあさんに連れられた。びしょ濡れの服を脱いで、新しい服を持つことができた。
いい人に巡り会えたかと思った。
だが、しかし・・・・。
貰ったのは、メイド服と呼ばれる服だった。初めて見る服だ。見た瞬間変な服だとは思ったが、これがいわゆる都会の「流行」だと思い、ルンルン気分で着てしまった。
これが運の尽きだ。
道を普通に歩いていると変な目で見られ、ギルドの酒場ではなんかチャラい二人組に声かけられた。正直、何をされるか分からなかったので、神経を尖らせまくってもう疲れ果てた。
しかも、今改めて見てみると無駄にエロい。なんか、胸元とか・・・太ももとか・・・けっこう露出してるし・・・。
「はぁ。やっぱり私、都会向いてないのかな。帰ったほうがいいかも」
そんな事をつぶやきながら、私は自分の部屋があるアパートに入る。
階段を重く、ゆっくりと上っていく。
踊り場まで行った瞬間。
「とーちゃんあけてー」
「だめだ。人に謝らずに勝手なことをするような奴には、夕食はやらん。」
「クレアちゃんと謝るからー」
見覚えのある声が聞こえた。
恐る恐る上っていくと、
「あ」
「あ」
クレアと目が合った。しばらく互いに見つめ合った後、クレアはすぐさま私に近寄ってきて、胸にうずくまった。
「わーーーーーんごめんなさいーーーーーまおうーーー。ごめんなさいーーーーー」
「わ、わかったから!ね?だから、クレアちゃん落ち着いて!ね?ていうか、魔王じゃないし」
ガチャッと音がして、右側のドアが開いた。中から中背中肉の薄着の服を着た男が出てきた。シュッとした顔立ちに、黒髪をボブのように左右にちょっと分けている。けっこういい感じのお父さんという感じだ。
「クレア?」
「とーちゃん!」
クレアは男を見ると、飛び降りて男に抱きついた。
「クレアあやまったよ!あやまった!」
「もしかして、この人か?お前が魔王魔王って言うからもっとゴツい人かと思ったぞ」
男が、クレアを見て言った。
「でもな、スッゴくつよかったぞ?いきなりヒカッてな、剣でズバーンってやったら、キーンってはじかれて、いつのまにかクレアの手からなくなってた」
クレアが、大きく身振り手振りして男に言った。
「あはは・・・あれはただ物理攻撃を完全無効化できる魔法だから。ていうか、魔王って呼び名、そろそろやめてくれない?お姉さん、そんな怖くないでしょ?」
近寄って言ってみるが、なんか不安そうな目でこちらを見つめている。私、嫌われてるのかな・・・。
「本当にすみません。うちのクレアがご迷惑をおかけしたみたいで・・・。ほら、お前も謝れ」
「・・・ごめんなさい」
クレアが、少しこちらを向いて、涙目で言った。
「あはは・・・いいよいいよ!気にしないで!」
「あの・・・もしかして、このアパートに住んでいらっしゃるんですか?」
「え、ええ…。この部屋です」
「お隣ですか!」
男が腰を低めて、頭をかきながら言った。
「改めまして。引っ越してきた、トールです。こいつはクレア。初対面以前に迷惑かけちゃったみたいで、すいません」
「いえ・・・いいですよ。これくらい。私はシフォンっていいます」
全くよくないけど。
「シフォンっていうのか?」
さっきまでトールさんの胸にうずくまっていたクレアが、少しこちらを向いて言った。
「ええ」
「まおうじゃない?」
「うん」
「そうか!」
いや、魔王って言い出したの君だよ?
「ていうか、こんな偶然あるもんなんですね。これから、よろしくお願いします」
トールさんが、手を差し伸べてきた。
「よ、よろしくお願いします」
私も、それに答えて握手を交わした。
それを見たクレアは、握手をしている二人の手の上に自分の小さい手を乗せる。
「よろしくな!」
クレアは、明るく、大きい声で言った。