幼女のもみじのようなぷにぷにの手を嗅ぎ舐めたい
朝、目が覚めると夢の中だった。眼前には一面の銀世界。寒くない雪原にポツンと佇むのは医者だろうか。「突然だがひとつ。どこに埋め込む?」と、口早に告げられた。
俺は状況が理解出来ず、「な、何のことでぃ」と、江戸っ子口調に7日目の蝉のような掠れた声を混ぜる事しか出せなかった。頬が熱い。
腕時計を頻りに確認する白衣の男は、こちらの様子など毛ほども興味もないといった態度で「体のどこに埋め込む?」と、急かすように同じ言葉を繰り返す。
「体に埋め込む?何を。」
要領を得ない質問と先程の羞恥に思わず口調が荒くなってしまう。
「すまんすまん、そうカリカリしなさんな。マイクロチップだよ。」
聞いたことの無い単語だったので、少し首をかしげてみせる。
すると、そいつは好きなアニメの話題に触れたヲタクのような表情を浮かべた。
「ただの小さな機械を身体に埋め込むだけさ。身一つで電車に乗ったり高速道路に入れたりするんだ。それに、ネットワークにも繋げられる。ハンズフリーでネットサーフィンも可能さ。時刻だって常に視界の左上に表示されてる。まぁ、分かりやすくいえば体がスマホになる、みたいな事だ。」とまくし立て、唾が飛び散った資料を渡してきた。
俺は不快に思いながらも渡された資料を読み、これは夢ではないという事を確信した。なんせ文字が読める。ちょっとした裏技だが、夢に気付き夢から覚める方法は文字を見ることだ。夢だとその瞬間世界が崩壊する。俺はその裏技を試したが、世界が崩壊する兆候は微塵も感じられない。
「冗談じゃない。たったそれだけの為に体に物を入れるのは遠慮するよ。」
「それより、まず状況を説明してくれ。」そう言うとそいつは口を少し開け忘れてたとでも言いたげな表情を浮かべた。男の割に表情が豊かな奴だ。
「そうだなぁ、まず・・・君は15年前の事故からずっと昏睡状態だった。そして、ついさっき目覚めた。」
「15年───」昏睡してた事実よりも、15年と言う歳月に意図せず絶句してしまう。
俺は取り乱しながら友人や両親、仕事の事を聞いたが混乱していたのか、記憶はすっぽりと抜け落ちていた。その時彼の素性を教えて貰ったが、やはり医師らしい。しかも、俺の担当医だそうだ。生来のものなのか、そのガサツな振る舞いにはくれぐれも医療ミス等で殺されないよう気を付けなくては、とその日はのんきなことを考えていた。
この時15年もの間昏睡していたというのにも関わらず、体が全く老けていないことに俺はまだ気が付いていなかった。そして、世界があと3週間で凍り付き終わりを迎えることも。