ちくわで始まる異世界転移!? ~俺の異世界暴走記~
俺の名前は竹馬羽市、どこにでもいるような普通の高校生だ。
好物はちくわで、毎日おやつ代わりに一本食べている。
何故こんなにも好きなのだろうと自問することはあるが、その答えは未だに出てこない。
今日もいつものようにちくわを頬張りながら帰路につき、課題を終わらせると家でくつろいでいた。
だが、そのいつもの『日常』は突然終わりを迎えることになる。
「――さま、ワイチ様!」
俺の名前を呼ぶ声が聞こえ、俺は目を覚ました。
レースゲームのしすぎで、寝落ちでもしたのかと思っていたが、
周りを見回してみると、明らかに俺の過ごしている部屋とは違った風景がそこにはあった。
見慣れない建物が立ち並び、見慣れない車が走っている……どことなく、練り物のような形をしている気がするが。
「ああ、よかった! 目をお覚ましになられたのですね!」
声のする方向にに向くと、見慣れない女の子の姿があった。
年頃は俺と同じくらいで髪は腰まで届くくらいに長く、道行く人が見惚れそうな美しい顔をしていた。
一般的に、美少女と呼ばれる類の女の子だろう……だが、俺は彼女との面識はなかった。
「ええと、君は一体誰? それとここはどこなんだ……?」
とりあえず少女に、何者なのかとこの場所はどこなんだと尋ねてみる。
自分でも驚くくらいに冷静な行動だと思ったが、意外とこういう状況に強いのかもしれない。
「ああそうでした、名を名乗っていませんでしたね。私の名は、フィリア。
ここは、ワイチ様の世界から見ると異世界にあたる場所、『ネリモーノ』ですわ」
「は? 異世界……?」
「ええ、そうです。ワイチ様は、この世界に『転移』されてきたのです」
フィリアと名乗る少女から、突然異世界にいると聞かされた俺は言葉の意味が理解できなかった。
ここが別世界で、その名前がネリモーノ……? 正直、ギャグにしても面白くなさすぎる……。
だが、フィリアの顔は真剣そのものでドッキリなどではなさそうだった。
「それで、その別世界とやらに俺が呼ばれた理由って……?」
「はい! それはですね、ワイチ様にこの世界を救う救世主となってもらうためです!」
「なるほど、この世界を救世主ね。……えっ? 救世主だって!?」
突然の言葉に俺は面食らってしまう。
――この女は一体何を言っているんだ……? エイプリルフールはもう終わっているんだぞ……?
そんな事を思ってい戸惑っていると、フィリアは更に言葉を浴びせてきた。
「この世界に転移してきたワイチ様は今、特殊な『スキル』に目覚めているはずです!」
スキルだって? なんだか今流行りの異世界ものみたいな話になってきたな……。
「そのスキルは、ちくわを食することで特別な乗り物を召喚する力! さあ、早速試して見てください!」
彼女は俺にちくわを差し出してきた。見たところ、何の変哲もないちくわだ。
ちくわを食べて乗り物を召喚とか、いくらなんでも脈絡がなさすぎるだろうと思いつつ俺はそれを受け取った。
「まあ、ここが異世界だって言うなら異世界のちくわがどんなのか興味あるな」
そんな事を言いながら、俺はちくわを口に運ぶ。
不用心すぎると思うかもしれないが頼み込んでくる立場なのに、
何か仕込んだりする無粋な真似は、恐らくフィリアならしないだろうと思えた。
「……うん、美味いけど俺の世界の奴とあんま変わんないな」
若干の期待を込めながら、食したそれはあまり俺の世界のちくわと変わらなかった。
――ところで、ちくわを食べたのに乗り物なんて出てこないぞ? どうなっているんだ?
そんなことを思った俺は彼女に尋ねる。
「ちくわを食べたのに乗り物なんて出てきてないが、こりゃ一体どうなってんだ?」
「何を言っているのですか、ワイチ様。既にあなたの後ろに出ているではないですか」
そう言われて、俺は後ろを振り返った。
するとそこには、車のような乗り物が確かに出てきていた……タイヤが何故かちくわだが。
「これが俺のスキルって奴で出てきた乗り物か……」
「折角出したのですから、乗ってみましょう!」
俺はフィリアに急かされるように、出てきた乗り物に乗り込んでみた。
乗り物の中を見回すが、これといって普通の車との違いはなかった……なんか練り物のような匂いはするけど。
「それじゃ、エンジンを掛けて動かしてみましょう」
「えっ? 俺、高校生だから免許なんて持ってないぜ? 無免許運転で補導されんのは困る」
いくら異世界とはいえ、まさか免許もなしで乗り物を動かすことはできないだろう。
そう思っての発言だったのだが、彼女は何を言っているのだという顔でこちらを見つめてきた。
「……もしかして、この世界免許とか無いの?」
「ええ。だから、思いっきり動かしてもらって大丈夫ですよ!」
事故ったらどうするんだよ……などと、思って渋い顔をしたら察してきた彼女が言葉を続けた。
「このあたりは見えるところ全て私の私有地なんで、思う存分やっちゃってください!」
「……お前、かなりの金持ちなんだな」
そんな下らない事を言いながら、キーを挿して乗り物のエンジンを動かす。
中の構造と同じく、動かすまでの手順も俺達の世界の車と同じらしい。
親が運転した時の様子を思い浮かべながら、見様見真似で運転してみた。
「おお、ちゃんと動くじゃねえか! すげえ!」
動かしてみると、思いの外快適に走り出す。
走り出していくうちに、どんどんと気分が盛り上がっていき、
プレイしたレースゲームを思い出しながらどんどん加速を付けていくのだった。
「ん? なんだこのボタンは?」
「気になる場所があったら、どんどんいじってみましょう。事故ってもどうとでもなりますから」
フィリアの言葉に促されて、俺はレバーの横にある3つのボタンのうち赤いボタンを押して見る。
すると、突然炎の吹き上がるような音がして車が浮き上がるのだった。
「えっ、これってもしかして空飛んでる?」
「みたいですね。思いっきり飛んじゃってます」
窓から下を見下ろすと、地面がかなり遠くに見えた。
本当に飛んでしまっているらしい……。
車には、空を飛ぶ予定なんてしばらくなかっただろうに…。
「よーし、それじゃ今度は真ん中の黄色いボタンだ!」
レバーの隣にある黄色のボタンを押す。
すると、今度は金属が変形するような音を立て始めた。
……しばらくして、音が鳴り止み俺は窓の外を見下ろす。
だが、空を飛んだ時と同じように地面が遠くに見えるだけでなにか変化あがあるように思えなかった。
「あれ? 3つもボタンがあるのに2つは機能が被ってんのか?」
「……ワイチ様、何か運転席の周囲が変化してるように見えますよ」
フィリアに言われて運転席の周囲を見渡すと、確かに先ほどと少々雰囲気が変わっていた。
ハンドルやレバーはそのままあるのだが、見知らぬボタンやレーダーのような物が増えている。
一体何なのだろうか。
「とりあえず、このボタンを押して見るか」
ボタンを押すと、突然ビームのようなものが運転席前のトランクから放出された。
まるでロボットアニメかなにかのようだ……って、今はそんなことを思っている場合じゃない。
「おいおいおい、なんかヤバそうなの出たけどいいのか!?」
「えーっとですね、黄色いボタンはどうやら戦闘用ロボットに変形するモードみたいですよ」
――マジか……、そんなアニメみたいなことがおこるのか。
などと思っていたら、目の前のモニターに今のこの車の状態が映る。
どうやらビームブレードやビームガン、胸部ビーム砲にロケットパンチ、連想ミサイルポッドが搭載されているらしい。
「こんなに武器搭載してるけど、一体何に使うってんだ?」
「さあ……?」
……何か謎が残ったが、とりあえず置いておこう。
俺は残りの青いボタンに手を伸ばした……が、何も起こらない。
エラー音が発生したので、音のした方を向くとエラーメッセージが出ていた。
「……あっ、このボタンは水中じゃないと使えないみたいだな」
「だったら、私有地の中央に移動してください結構大きな湖があるんで」
俺はフィリアの言葉に従い、私有地の中央に移動した。
確かに大きな湖がある……結構などと謙遜していたようだが、正直ちょっとした海のような広さだ。
「よし、それじゃいくぞ。スイッチオン!」
ボタンを押すと、乗り物が水中に移動し始めた。
どうやら、潜水艦のような機能のボタンらしい。
「あっ、でかい鯨がいる! ……湖に鯨って、なんかアンマッチだな」
「私のペットの一匹です。クーちゃんと呼んで下さい」
「……クーちゃんね」
なんだか、この子やけにお金持ちだな。
湖から地上にあがり、俺達は乗り物を降りた。
降りた途端に、出現したはずの乗り物は消えてしまった。
どうやら、降りると消えるらしい。
「……一通り試し終わったけど、俺はこのスキルで一体何をすればいいんだ?」
「それはですね、これです!」
そう言うとフィリアが巨大な地図を広げた。
地図の左の方に、現在地と書かれた赤い点があり右端の方に目的地と書かれた黒い点がある。
「ワイチ様には、このスキルを使って私と一緒に目的地の『コウジョー』まで行ってほしいんです!」
「……別に移動だけなら、スキルなんて使わなくてもこの世界の乗り物を使えばいいんじゃねぇか?」
何も目的地への移動に、こんな大袈裟なスキルなどいらないだろう。
そう思いそれを彼女に伝えるが、考えが甘いですねなどと言われてしまった……。
「目的地までの道が整備されてるなら、私だって自分の乗り物で行きますよ!
でもろくに道も整備されてないし、モンスターだって沢山出るし危ないんです! だから守ってくれる人が欲しくて……」
「……モンスターって、あんな感じの?」
俺は喋っている彼女の遥か後方に見える、ドラゴンのような生き物を指さして尋ねた。
「そうそう、ああいう感じのモンスターがたくさん……って、ええっ!? な、なんでモンスターがここに!?
私の作った結界装置で、ここにはモンスターなんて入ってこれないはずなのに!?」
「……あー、その結界装置ってもしかしてあれか?」
俺は上に見える、黒焦げたアンテナのような指さし尋ねる。
「そうです! あのアンテナが発生させた結界があれば、モンスターが入ってこようとしても入ってこれないんですよ!
……って、結界装置壊れちゃってるじゃないですか! なんで!?」
「さっきロボット形態にした時に、変なビーム撃っただろ? それで壊しちゃったみたいでさ……」
申し訳なさそうに俺が言うと、彼女は涙を浮かべながら叫び始めた。
「どうするんですか! あんなのに入ってこられたら私の庭めちゃくちゃになるじゃないですか!」
「俺のせいじゃないだろ!? お前が思いっきりやっちゃってくださいとか言ってたんじゃねぇか!」
口論を始める俺達、だがそこにドラゴンからの炎が襲ってきた。
間一髪避けるものの、ヤツの目はこちらを見据えたままだ。このままじゃやばい……。
「おい、フィリア! もう一回ちくわをよこせ!」
俺の言葉にが飲み込めなかったのか、フィリアはキョトンとこちらを見つめている。
「とりあえずアイツをぶっ倒さなきゃまずいだろ! さっきのスキル使うぞ!」
「わ、わかりました! 2本目です、どうぞ!」
俺は差し出された2本目のちくわにかじりつき、フィリアと乗り物に乗り込んだ。
ドラゴンがこちらに向けてまた炎を放射してくるが、ハンドルを切って交わしていく。
「ああ、私の丹念に育てた木が燃えてる~……」
「木くらい我慢しろよ、燃やされるよりいいだろ!」
後部座席でフィリアがボヤくが、俺はそれを流しつつドラゴンに相対した。
「こっちから反撃してやるぜ! 飛行モードだ!」
俺は赤いボタンを押して、乗り物を飛行させるとドラゴンに突っ込んでいく。
「ええっ、なんで自分から突っ込んでるんですかぁ!?」
「いいから見てろって!」
抗議の声を無視しつつ、迫り来る炎をかわしながら俺はドラゴンの胴体に突撃した。
凄い衝撃が来るが、スキルでできた乗り物だからなのかこっちへのダメージは殆ど無い。
「よし、墜落していってんな……次はこいつだ、ロボットモード!」
俺は黄色のボタンを押して、ロボットに変形させるとビームガンを構える。
「ぶっ放すぜ! 当たってくれよ!」
そしてビームを発射すると見事にドラゴンに命中し、ドラゴンを倒したのだった。
「ふぅ……、一件落着だな。……ん? どうした、フィリア?」
地上に降りて、一息つくとフィリアが肩を震わせているのが見えた。
まあ、ドラゴンにあれだけ自分の庭を燃やされたのだ。
泣いていてもおかしくはないと思い、励まそうと声をかけたが予想外の答えが帰ってきた。
「すごい! すごいです、ワイチ様! あんなにあっさりとドラゴンを倒すなんて、さすがは救世主様です!」
「え? あ、ああ……」
落ち込んでいると思っていたのだが、満面の笑みを浮かべ両手でこちらの右腕を握ってくる。
予想外の反応に、俺は唖然としていた。
「これならきっと、『コウジョー』にもたどり着けます!」
「お、おう。……ところで、その『コウジョー』とやらにたどり着くまでどれくらいかかるんだ?」
「そうですね、あの乗り物のスピードならざっと1年くらいでしょうか!」
「はぁ、1年!?」
冗談じゃない、いくらなんでも1年も異世界になんていられない。
俺には俺の日常生活っていうものがあるんだ。
「悪いけど、俺は帰らせてもらうぞ! 学校だってあるんだし、1年もいられるか!」
「それなんですけどね……」
彼女が突然口ごもる。
正直、猛烈に嫌な予感がしたのだがそれは的中してしまった。
「『コウジョー』に付くまで、ワイチ様は元の世界に帰れないんです……」
「はあっ!?」
「だから、これからもよろしくお願いしますねワイチ様!」
……どうやら、俺の異世界ライフは長く続くことになりそうだ。
ちくわをかじって、これからの生活に思いを馳せる……。
あ、なんだかしょっぱい……。
完