きびだんごとは何ぞや(前篇)
桃からうまれた桃太郎は元気に育ち、今日は鬼ヶ島へ旅立つ日。
身支度を整えるなか、桃太郎はおばあさんにひとつお願いをします。
おばあさん、どうぞきびだんごを作って持たせてください。
そのお願いに、おばあさんは心のなかで「はて」と首をかしげます。
きびだんごとはなんでしょう。 きびだんごを知らないおばあさんは、それでも桃太郎のお願いだからとそれをこさえることにしました。
「ひとまず、たべものをこさえれば良いのかのぉ」
おばあさんは台所に立ちました。
「ふむ。これから鬼退治に行こうというんじゃ。なにかこう、精のつくたべものじゃなきゃいかんのう」
家の中の食材を見渡します。
「まあ、精がつくといえば取り合えず肉じゃよな。そうじゃ、ちょうど鳥の肉が余っとった。ひき肉にしよう」
おばあさんは包丁でとんとんと鳥の肉を叩いていきます。
「団子にするんじゃから、つなぎが必要じゃよな。そうじゃ。玉ねぎがあったはずじゃ。甘みも出ておいしくできるわい」
「やめんか」
「え?」
そこに、一部始終をじっと見ていたおじいさんから待ったがかかりました。
「なんじゃい、じいさん。芝刈りに行っとったんじゃなかったんか」
「さっき帰ってきたんじゃ。それよりばあさん。玉ねぎは駄目じゃ」
「何でじゃ。定番じゃろ」
「犬は玉ねぎを食べると玉ねぎ中毒を起こす」
「はあ?」
おばあさんはきょとんとします。
「何を言うとるんじゃ。玉ねぎ中毒? 聞いたこともないわい」
「間違いない。漆原教授が言っておった」
「誰じゃい、そいつは」
「やれやれ。このネタが通じるものも、今は少なくなってしまった」
「大体、これを食べるのは桃太郎じゃ。何故犬に食わせる心配をするんじゃ?」
「それは、その……そういうこともあるかもしれんし……」
「変なじいさんじゃのう」
「そ、それよりばあさん。その、ひき肉にした肉は何の鳥じゃ?」
「え? キジじゃけど?」
「なおさら駄目じゃ!!」
……。
…………。
「大体、ほれ。長旅になるんじゃ。日持ちするたべものじゃなきゃいかんじゃろ」
「んむ。それもそうじゃのう」
気を取り直して、おばあさんとおじいさんは『きびだんご』とは何かについて話し合います。
「じいさんは聞いたことあるかえ、きびだんご?」
「いやあ、ないのう……」
「じゃよなあ……」
「けどもよ、ばあさん」
「何じゃい」
「普通に、黍の粉で作った団子じゃいかんのか?」
「…………」
おばあさんが目を逸らしました。
おじいさんは訝しげにそれを見ます。
「どうした」
「いやあ。それは、のう……」
「はっきり言わんか」
「いやあ、のう。……儂じゃっての? それは考えたぞ? でものう。黍って、この辺りじゃ作ってないし。手に入れようと思ったら、隣町まで買い出しに行かんといかんじゃろ?」
「まあ、そうじゃのう」
「ぶっちゃけ面倒くさ――」
「はっきり言いすぎじゃ!!」
……。
…………。
「いやいや、じいさんや。考えてもみい。きびだんごが欲しいと言ったのは、あの桃太郎じゃぞ? あの心優しい子が、儂を隣町までパシリにしようとするわけないじゃろ?」
「それは、まあ、そうじゃのう」
「じゃから、の? きっとこの辺でも手に入る材料で作れるんじゃよ、きびだんご」
「そうかのう」
おじいさんはまだ納得がいかない様子でしたが、どの道おばあさんは隣町まで行く気はないのだろうと、渋々次の案を考え出しました。
「取り合えず、『きび』とは何のことを言っているのかから考えるとしよう」
部屋の机から文箱を取り出し、適当な木の板に書き付けます。
「機微、はどうじゃ。じいさん」
「それはどういう団子なんじゃ」
「なんかこう、小さいことに気が回るようになる……」
「お前さんが食べるとええ」
「亀尾はどうじゃ」
「カメの尻尾をどう団子にするんじゃ」
「スッポン料理的な……」
「食べてみたいのう、スッポン料理……」
「そうじゃのう……」
「……やめよう、ばあさんや」
「そうじゃ、のう……」
「鬼火はどうじゃ」
「じゃからどういう団子なんじゃ」
「いやいやじいさん、発想の転換じゃよ。たべものと思ったのが間違いだったんじゃ。武器じゃよ、武器。なんかこう、投げつけると爆発するんじゃよ。鬼火みたいに」
「どうやって作るんじゃ」
「じゃから、火薬じゃよ。あれじゃろ、ちょいと調べればネットに作り方書いてあるんじゃろ。それを面白半分に動画サイトにアップするのが流行りなんじゃろ?」
「やめい、ばあさん。これは童話じゃ」
「やれやれ、物騒な世の中になったもんじゃわい」
「「火遊び、ダメ、絶対」」
「喜媚はどうじゃ」
「じゃからどういう……んん??」
「あっくとっくろっりーた、ロリっ☆ ロリっ☆」
すぱーん!!
おじいさんがおばあさんを引っ叩きました。
「何すんじゃい!?」
「やめい。そのネタが通じるものも、今はもう少ない」
「今度再アニメ化するじゃろう!?」
「というか、単純にお前が気持ち悪い」
「酷いロリっ☆」
すぱーん!!!
……。
…………。
おばあさんとおじいさんは溜め息を吐きました。
「行き詰まったのう、ばあさんや」
「そうだのう、じいさんや。議論も出尽くした感があるのう」
床に転がった木片には、『羈縻』だの『輝美』だの『奇眉』だのと、色々な『きび』が書き殴られています。
「まあ、出尽くしたのは作者の貧困なネタだがのう」
「いや、無理じゃろ。『きび』ってワードだけでそんなボケられんて」
ごほん、と咳払いを一つ、おじいさんは居住まいを正しました。
「そろそろ真面目に考えようか、ばあさん」
「そうじゃのう。ちと、はしゃぎすぎたのう」
時刻は昼過ぎ。
桃太郎には、ちゃんとしたのを用意するから出立は明日まで待て、と言い含めてあります。
つまりタイムリミットはあと半日。
「わしは、桃太郎から頼りにされたい」
「どうした、ばあさんや」
「流石おばあさん! と褒めちぎられたい。鬼退治に成功した暁には、『これも全ておばあさんが用意してくれたきびだんごのおかげさ』なんて、周囲の人間に言いふらしてもらいたい」
「わしは、ばあさんの俗物的なところ、好きじゃよ」
「そのためには、手段を選んでおれん。のう、じいさんや」
「そうじゃのう。わしらにはどうあっても『きびだんご』は作り出せん。ならば、方法は一つ」
おじいさんとおばあさんは頷き合いました。
長年連れ添ったパートナーだからこそ出来る意思疎通が、そこにはありました。
「「出来合いのものを手に入れ、自分たちで作ったことにして渡す!」」
……。
…………。
おじいさんとおばあさんは、さっそく桃太郎に内緒で近くの集落まで赴き、『きびだんご』を知っている人はいないか、そしてあわよくば完成してるきびだんごはないか聞いて回ります。
「知らんなあ」「聞いたこともないなあ」「いやあ、分からんなあ」
しかし、みなからの反応は芳しくありませんでした。
「え……。普通に黍の粉で作った団子じゃ……何故耳を塞ぐのじゃ!?」
反応は、芳しくありませんでした。
二人はすっかり疲れてしまい、集落の端っこに座り込みました。
「……全く。ならお前が行ってこいよ。隣街まで行ってこいよ。結構きついんじゃぞ? 間に谷とかあってのう」
ぶつぶつと呟くおばあさんを、おじいさんが優しく慰めます。
「まあまあ、ばあさんや。どの道、今からじゃ行っても明日には間に合わん」
「ふむう。どうしたもんかのう」
その時、二人の元に、ばたばたと駆け足で近づいてくる若者の声が聞こえました。
「大変だ! 鬼が出た!」
「なに!?」
集落の人々が俄かに騒然とします。
「ど、どこだ!」
「山の上の寺だ! 賽銭箱を壊してる!」
「なにぃ!? 隣町の寺は既にやられたと聞いていたが、とうとうこっちまで来よったか!」
「このままじゃ年明けの宴会の費用が!」
「おのれ狛犬に落書きするだけでは飽き足らず!」
怒りに打ち震える人々の元に、更なる報がもたらされます。
「大変だ! 鬼が出た!」
「もう聞いておる。山の上だろう?」
「や、山の上? 違う。河原だ!」
「何だと!?」
「二方面作戦か!」
「やつら、忘年会だとか言って、河原でバーベキューを始めやがった!」
「馬鹿な! それは先週終わったはずでは!?」
「違うグループなんだ。くそぅ。折角この前みんなで早起きしてきれいにしたのに……」
「DQNのくせにBBQとは! どんだけアルファベットが好きなんだ!」
「わしはもう鬼のゲロなんぞ片付けたくないぞ!?」
集落の人々はパニックに陥ります。
それを遠巻きに見ていたおじいさんは、やれやれ、面倒なことになったわい、と、その場を立ち去ろうとしました。
そこで、おばあさんが、大きく目を見開き、わなわなと震えているのに気が付きます。
「どうした、ばあさん。まさか、今朝、血圧の薬飲まなかったんじゃないだろうな」
「じいさん。わし、天才かも知れん」
「なに?」
「『きびだんご』じゃよ、じいさん!」
「どうした、ばあさん。落ち着かんか」
「じゃから、『鬼備団子』、じゃよ。じいさん。鬼が持っとるんじゃ!」
「!!」
おじいさんとおばあさんは立ち上がりました。
「こうしちゃおれんのう、ばあさんや」
「ふむ。久々に血が騒ぐわい」
「ほどほどにな、ばあさん」
「なあに、心配いらんわい」
二人は頷き合うと、にやりと笑って、お互い背を向けて歩き出しました。
こうして。
おじいさんは山へ芝刈りに。
おばあさんは川へ洗濯に。
それぞれ、出かけていったのでした。
……。
…………。
(後半へ続く)