双子兄弟登場。
杏梨と東風谷が戻ってくると、「遅~い」と友実が声を上げた。
「も~、何分かかってんの? イチャイチャしてたの?」
友実の声に、皆がクスクス笑う。
「……仲良いよね、二人」
「いつか本当に付き合っちゃうんじゃない?」
その声は、友実達の後ろから聞こえてきた。
視線を向けると、そこには良く似た兄弟がいた。
上原雅弥、上原雅樹の双子兄弟だった。
二人揃って大人しい性格で、髪の毛は茶色だった。完全に染めていることが理解できた。
「もぉ、何言ってんの、雅樹!」
里桜が雅樹を叩く。
「羨ましいなぁ、あの二人」
咲希が雅弥に同情したように頷く。
(何が羨ましいだ。本当は全然そんなことないのに)
杏梨は雅樹と雅弥を睨みつける。大人しい二人は時々そんなことを言うから、見張っておかなくては、いつ何時こんなことを言われるか分かりゃしない。
「そんなことないよ、こいつ、マジ、毒舌だから。織田信長だから」
「織田信長毒舌じゃないでしょ。っていうか最後部下に殺されて死ぬ運命なんだから、私に当てはめないでくれる?」
「いや~分からないよ~?」
杏梨は東風谷を叩く。「いてっ」と東風谷が叫んだ。
すっかり取り戻したいつもの雰囲気に、全員が笑った。
◆◇
杏梨達は、銀座から自分達の住む街へ戻るため、電車に乗っていた。
杏梨は椅子に座って、上原双子を交互に見た。
可愛らしいそっくりな顔。大人しそうな眼をしている。
外見だけパッと見れば、ただの普通の男の子なのだが、よく見れば髪の毛は茶色に染められているし、その中に金色が混ざっている。完璧ヤンキースタイルだし、髪に隠れてよく見えないが、耳にはピアスがされていた。
以前、里桜と咲希が、友実達に「あの二人が可哀想」だと言ってなかったか。
彼ら二人の母親は、バブリー時代に一誠を風靡したギャルだった。
それはもう、完璧と言っていいほど時代遅れ。
三十路を過ぎているのに二ーハイを履き、ショートパンツを下着が見えるか見えないかの位置で履いている。髪の毛は派手なピンクに、何重にもパーマが出来ていた。
保護者会の時、いつも双子は肩身の狭い思いをしていて、水泳のときはピアスのせいで毎回見学になっている。おかげでまだ二十五メートルも泳げないのだと、咲希と里桜がまるで自分のことのように、悲しそうな目をして話していた。
(あの二人、お人好しだからモテるんだよなぁ)
里桜はともかく、咲希も意外と性格が良い。冷めた発言をするが、人に媚びないし、悩みは自分のことのように解決へと導かせる。だから、上原兄弟の家庭問題も、自分のことのように悩んで、解決へと導こうとしているのだろう。
父親は、女の人と夜明けまで遊び散らかしているというし、子供も出来てしまったみたいで、上原家はメチャクチャな状況らしい。
雅弥と雅樹は、そんな両親を見ながら、ただどうしようもなく毎日を過ごすのだという。
しかし、雅弥と雅樹には、好きな人がいた。
里桜と咲希である。
雅弥は里桜が好きで、雅樹は咲希が好き。
以前、ノートがなくなってしまったときに、隣の席だった里桜が貸してくれたことがきっかけだと、前に雅弥が杏梨に話していた。
それとほぼ同時期に、鉛筆が全部折れて困っている雅樹に、「あげるよ」と言って咲希が鉛筆をあげたことがきっかけだと、雅樹からも話された。
思い切って家庭環境を話してみると、二人は親身になって相談に乗ってくれたらしく、「自分のことをちゃんと見ていてくれる人がいる」という理由で好きになったのだと言う。
彼らは、家庭環境が悪化している理由で、いじめられてもいた。ガキ大将が行う、地味な嫌がらせだったが、それでも、彼らのメンタルはじわじわ削られていっただろう。
それを見ていた里桜と咲希が、月に五回、彼らを家に呼んでいるのだ。お菓子をあげて、鉛筆だって、家庭環境を理解している二人は、とにかく、上原兄弟にあげた。
それをしているからか、二人はどんどん学年一のモテ子を好きになっていった。
しかも、それがほぼ同時期だというのが、なんとも兄弟らしい。
「あ、そうだ、雅弥君、明日さ、一緒に文房具買いに行かない?」
突然、里桜が雅弥に話しかけた。
「えっ、ふえぇっ、明日?」
「うん、明日。行ける?」
「うんっ、行けます、行けます、はい」
雅弥は挙動不審になりかけていて、目が泳いでいる。その姿を見て、咲希が噴き出した。
「ちょっとぉ、雅弥、めっちゃ目泳いでるんだけど」
咲希はそう言いながら、雅弥を小突く。雅樹が、羨ましそうに雅弥を見つめた。
「あっ、っていうか、雅樹、明日、私達も、文房具買いに行かない?」
咲希が、思いついたように雅樹に言った。
「えっ、ふえぇっ、明日?」
「明日だよぉ、明日。行けますかぁ?」
「うんっ、行けます、行けます、はい」
全く同じ台詞を言う兄弟に、たまらず杏梨は噴き出した。つられて友実や海翔、東風谷と祐真も噴き出した。
「やっぱ双子って感じがするね」
杏梨がそう言うと、双子兄弟は更に目を泳がせた。