その視線の先には。
星が、夜空を彩った。
杏梨のそばにいるのは、東風谷風真。それに、友実や、咲希、里桜、東風谷の兄の祐真まで、そばにいて、東風谷を見据えている。
杏梨も、気を抜いたらすぐに垂れ下がってしまいそうな、頬を引き締め、東風谷をじっと見つめた。
「築地川銀座公園」と灰色の看板が立てられている公園に入ったのは、つい先ほどのことだ。
◆◇
事の発端は、数時間前に遡る。
◆◇
「来ましたでー、銀座!」
「歩行者天国、最高~! いえぇ~い!」
友実と杏梨は、待ちに待った銀座を目の前に、駅前でぴょんぴょんと飛び跳ねていた。
「はいはい」
東風谷は冷めた目で杏梨達を見つめている。
「ちょっと、何よ、あんた銀座に来ることあるの?」
「いや、ないけど。やっぱ小学生だなぁって」
「あんただって数か月前まで小学生だったのに、現役小学生に向かってよくそんなこと言えるよね」
杏梨と東風谷の会話に、友実が割り込んでくる。
「はいはい。喧嘩しない。今から歩行者天国で写真撮るから」
そう言って三人の間に入ってきたのは、里桜だった。
「里桜、スマホ持ってきた~?」
「もちろん、バッチリ!」
咲希の言葉に、里桜は頷いて、バッグから最新機種のスマホを取り出した。
望月咲希と葉桜里桜は、夏休みの絵画コンクールの賞の常連で、校内でも中々の有名人だった。
里桜は無自覚の天然で、咲希は里桜を支えるしっかり者。保育園の頃からの幼馴染だ。
学年の中でもリーダーシップをとる友実とは、接触する機会が多く、三人でよく一緒に遊ぶことが多い。
杏梨とは縁のない年下の少女達だったが、クラブが同じだった咲希と里桜と話すことが多くなり、こうして銀座に一緒に行く仲となった。
(やっぱ、咲希ちゃんと里桜ちゃん可愛いなぁ。うん)
そして、モテていた。カリスマ性がある、と、杏梨の年下男子の間で、根強い人気を誇っている。
ちらっと杏梨が二人を見やると、二人はキャッキャッと笑い合っている。
それを見つめている男子が、やはり数人いた。
いつか彼女達の好きな人を聞いてみたい。杏梨はそう感じた。
「やっほーい! 夢だった歩道往復が叶ったぜー!」
兄ちゃん写真写真、と手をひらひら振る杏梨に、海翔は焦りながら、杏梨のスマホで写真を撮った。
「よしっ、兄ちゃん撮った~?」
「おぅ、バッチリ撮りました~」
ニッ、と白い歯を見せて笑う海翔を横目に、杏梨はスマホを奪い取り、写真を見た。
自分が、ピースをして画面に笑いかけている。
「おーい杏梨! 写真撮るよ~」
友実が、杏梨に向かって、手をブンブン振り回した。
「はーい、分かりました~」
少しだけ笑いながら、杏梨は友実達の方へ駆け寄った。
友実のスマホをが三脚に置かれている。杏梨は、東風谷の頭の上にピースを作り、思いっきり笑みを作った。
カシャッ、という音がした後、全員が一気に解散した。
友実、咲希、里桜はすぐさまスマホに飛びついた。
「わ~! 友実ちゃんメチャクチャ可愛いじゃん!」
「杏梨も意外と写真映りが良くない?」
「皆笑顔が良いもんね、綺麗に映るのは当たり前だよ」
友実以外のコメントに、その場にいた全員が、笑顔になった。
杏梨達は、近くのデパートで少し早めの夕ご飯を食べ、街へ出た。
「さて、皆、もう行きたい所、ない?」
友実の言葉で、皆が一斉に時計を見た。
時計はもう午後五時十五分を指している。この時間は既に、歩行者天国は終わっている。
「……ないな~」
咲希がポツリと呟いた。
「確かにね~」
里桜も乗っかるように呟いた。
「じゃあ、少しだけぶらぶらして帰りますか」
友実に全て言いくるめられている気がする。
そんなことは誰もが思ったが、口には出さず、頷いた。
「さて、じゃあこのデパート回って行きま……」
年下に仕切られているのが悔しかったのだろうか、杏梨はすかさず前に出た。
だが、ただ一人、東風谷が一つの方向を凝視していた。
好きな人の見つめているところが気になり、杏梨もつられて視線を向ける。
友実達は仕切ろうとする杏梨を無視して、どんどん歩いて行ってしまっている。「六時になったらここ集合ね」なんて言って。
杏梨は、勝手にひっくるめられているのが癪に障ったが、東風谷の視線の先を見つめていた。
だがそこにいたのは、若いカップルだった。
「……ちょ、ちょっとぉ、何見てたのかって思えば、リア充爆発しろと?」
まさかと思い、杏梨はツッコミを入れてみた。
だが、東風谷の口から出たのは、想像を遥かに超える言葉だった。
「お母さん……」
「え……?」
(今、何て……?)
「っ……」
次の瞬間、東風谷は走り出していた。
たっ、たっ、たっ、と、フロアに軽快な音が響き渡る。
友実達も、一瞬で振り返った。
カップルは、それを見ようともせず、東風谷とは反対方向へ向かっていく。
(何、お母さんって、まさか……)
あの女の人が、東風谷の本当の母親だと言うのだろうか。
「ちょっと、風真、どこ行くわけ!?」
友実の言葉に、女の人は勢いをつけて振り向いた。
その迫力に、杏梨は戸惑いを隠せず、「うわっ」と叫んでしまう。
ふっと東風谷の方に視線を戻すと、東風谷は、二メートル先の、偶然誰もいなかったエレベーターに飛び込もうとしていた。
「っ!」
人の波を突っ切るかのように、杏梨は、東風谷へ一歩足を踏み出した。
だが、東風谷を乗せたエレベーターの扉は、東風谷が必死で「閉」ボタンを連打しているからだろうか、閉まろうとしていた。
「させるかっ!」
誰かに聞かせるわけでもなく、杏梨は呟いた。
そして素早く、閉まろうとするエレベーターに滑り込んだ。
杏梨がダッシュした衝動で、思わず尻もちをついた頃には、扉はがしゃん、と閉まっていた。
「危ねぇ~」
ボソッと漏らした声は、空気中に消えていく。
杏梨は、座った状態のまま、リュックからスマホを取り出した。
そして立ち上がると、左手で素早く東風谷の腕を掴むと、LINEを起動し、文面を打った。
東風谷の表情を見もせずに。
【友実ちゃん、心配さしてごめん!】
【今乗った】
【つく場所は】
そこまで打ったところで、杏梨はボタンを見やる。
「一階」の文字が、光っている。
【一階です】
【一階のエレベーター前にいて】
【お願い】
そこまで打つと、杏梨はスマホケースに入れるのが面倒くさくなり、リュックを下ろしてその中にスマホを滑り込ませた。
するとエレベーターは二階で止まり、家族連れが乗り込んできた。
時間稼ぎは、友実達とタイミングを合わせることが出来るので、むしろ嬉しい。杏梨は家族連れに感謝しながら、二階から一階へ変わるのをじっと待っていた。
がしゃん、と音がして、一階に着くと、ちょうど友実達がエレベーター前に向かっていたところだった。
「あっ、いた!」
杏梨が叫ぶと、友実が気付いたようで、「おーい」と手を振った。
数分振りの再会を惜しむ暇もなく、東風谷は「手、離せよ!」と杏梨に向かって声を荒らげた。
「離せっ、俺が何したって言うんだよ! 俺、もう帰るから!」
「銀座から自分の家までの路線分かる? 駅までの道のり分かる?」
「…………」
「分かんないでしょ? 銀座来たこともないし、今まで地図も見たことないでしょ? 銀座の」
「…………」
杏梨の完全論破に、里桜が噴き出した。つられて何人かが笑いだす。
「分かったら、早速、話を聞くから。……ねぇ、友実ちゃん。ここらへんに良い公園ってありますか?」
「待ってね~。…………「銀座 公園」……はい」
音声で判断するソフトを起動させ、友実は音声を入力した後、杏梨にスマホを手渡した。
その検索結果に、「築地川銀座公園」があった。