表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ナイト・チルドレン  作者: けふまろ
杏梨達、銀座へ行く。
6/40

東風谷家の事情。

 杏梨達は、改札口にスイカを押しあてた。

 そこで、東風谷の隣に立つ東風谷の兄、祐真(ゆうま)にお辞儀をした。

「こんにちは、私、岡崎杏梨って言います。こちらは兄の、岡崎海翔です」

 杏梨の礼儀正しさにびっくりしたのだろう、東風谷は目を丸くした。

「あぁ、杏梨ちゃんか。風真がよく話してるよ~、毒舌家なんだって~?」

 にっこり笑う祐真に、杏梨は少しだけ恥ずかしさを感じた。

(流石は東風谷。何から何まで筒抜けだわ)


「東風谷! ありもしない噂流して! もっと真面目になれよ!」

「嫌ですよ~、お前のせいだろ~。ってか熱くなれよじゃなくって、真面目になれよなんだ」

「うるさいっ!」

 その場の空気が、一気に和んだものになる。友実達がクスッと笑った。


「お母さんに躾されなかったの!?」

 杏梨が思いっきり大声で叫ぶと、途端に東風谷は俯いた。

 さっきまでの明るさが嘘のようだ。

(あれ、何か変なこと言っちゃった?)

 東風谷の態度の急変に、周りは少なからず驚いている。

「ご、ごめん……」

(何? 昨日お母さんにこっぴどく怒られた系?)

 過保護なだけあって、やっぱ駄目だ、ときつく叱られたのだろう。それを何とか押しとおしたのかもしれない。

(こんなことで落ち込むなんて、繊細なのね~。……おまけに好青年っぽいこと言って、本当はちっとも好青年じゃないし)

「……別に」

 杏梨の気持ちなど無視して、東風谷は歩いて行ってしまう。

 周りが困り果てたその時、杏梨の肩に誰かの手が置かれた。

 手の主を探すと、後ろに、祐真がいた。


「わっ、どうしたんですか?」

 杏梨の言葉を遮るかのように、祐真は人差し指を上に向けて前後に揺らした。

(何か聞けってこと?)

 杏梨は耳を傾ける。

 ホームに続く階段を、全員で降りながら。


「東風谷家、実は母親がいないんだ」

「えっ」

 唐突に言われた衝撃の事実に、杏梨は思わず目を丸くした。

「そ、そんなこと、私なんかに言っていいんですか?」

「もちろんこれは、友実達にも誰にも言うつもりはない。知ったら、面白半分で弟をいじるから」

 確かに、と杏梨は頷いた。友実達は、東風谷が先輩であるにも関わらず、いじくり倒しているからだ。

「それに、あいつ、君は毒舌だけど良い人だって言ってたから。……力になってくれるなら、そうしてほしいな」

 祐真の言葉で、杏梨の頬は赤くなった。

「えっ、そんなっ、良い人だなんて、嘘……」

「嘘じゃないよ。杏梨ちゃんのこと、嫌いではないって、言ってたし」

(あぁ駄目だ。この天然兄弟。言ってることを鵜呑みにする馬鹿ばっかりだ)

 杏梨は一旦兄弟に呆れたが、すぐ考え直した。

(にしても、そうなんだ。

 ……私、そんなことも知らなかった。東風谷のこと、好きなのに)

 胸がチクッと痛む。好きな人の力になれなかったことが、悔しいのだ。


「俺達の母親は、去年浮気の現場を、俺の友達に見かけられた。それを俺に伝えてきてさ」

 祐真はふいに目を伏せた。声も、段々小さくなっていく。

「ショックで頭が回らなかった。自分達を大切に育ててくれた母親が、まさか……ってな」

 やがて、掠れた声になっていく。

「俺は普通に振る舞ってたつもりなんだ。……でも、目ざといよな、風真って。馬鹿なくせに、こんなことに勘が働きやがって。

 俺、その時言えなくって。……で、父さんに話したんだ。きっと解決してくれるって」

 最後には、震えていた。

「だけどな、父さん、もう激しいぐらいに怒っちゃって。最後には母さん殴って、「出てけ!」って叫んだんだ。

 その時は、俺は中二で、風真は六年だった。俺らは、何も出来なかったんだ」

 ふいに、杏梨と祐真は目が合った。

 祐真の目には、涙が滲んでいた。

「だからな、今もまだ「お母さん」って言葉を聞いただけで、不機嫌になるんだ。……すぐ治まるんだけど、多分大人になるまで忘れない。

 だからさ……」

 風真は、ふっと東風谷の方に視線を向けて、言った。


「あいつのこと、面倒見てやってくれない?」

 杏梨もつられて、東風谷の顔を見る。

 杏梨の大好きな人の、横顔。

 その目に涙が浮かんでいる。

(あの涙も、私のせい……なのかな?)

 そんなことを思っても何も起きないのに、そう思わずにはいられない。杏梨は、複雑な気持ちを抱えて、ホームに滑り込んだ電車に飛び乗った。


 ◆◇


 電車の中でもなお、祐真の話は続いていた。

「あいつ、その時は本気で死にたいって思ったんだとよ。周りは授業参観にお母さんが来てるのに、何でウチだけ……って。

 呆れるよな~、周りと一緒じゃなくても、別に良いんだけどな」

 クスッと祐真が笑う。杏梨も、自然と微笑んだ。そんな一面があったなんて。好きな人を知っただけで、杏梨の心は弾んでいた。

「でも、あいつって、結構天然だからさ、あぁ見えて。だから変なこと言っちゃうかもしれないけどさ、宜しく頼むよ」

 あんたが言うか天然兄貴、と口から出かかった杏梨だったが、何とかその言葉を飲み込み、頷いた。


「だけど、杏梨ちゃんのこと、毒舌家だなんだって言ってるけどさ、本当は感謝してると思うよ」

「……」

 

 祐真の言葉で杏梨は胸が高鳴った。

「風の噂で聞いたけど、杏梨ちゃん、風真に告白したの?」

「うっ」

 いきなりそんなことを聞かれるとは思わなかった杏梨は、言葉に詰まってしまった。

「……そう、ですけど」

「あいつ、告白されたの初めてだろうし、杏梨ちゃん、毒舌っぽいけど本当は風真のこと、ちゃんと暴走しないか見てる、良い子みたいだし」

(そういう風に褒めてもらえるの、何か新鮮だなぁ)

 風真は当たり前のことのように言ったのかもしれないが、その言葉は杏梨の心にすとんと落ちてきた。

「あり、がとうございます……」

「たじたじになんなくても良いよ。風真、杏梨ちゃんのこと話してる時、妙に楽しそうだし」

 更に胸が高鳴る言葉を言ってきて、杏梨は頬が赤くなっていないか確認した。

「……多分それ、毒舌家をなじってる気分が楽しいだけですよ。本当は私のこと、ただの友達としか思ってませんって」

「そんなわけないじゃん。だって風真、杏梨ちゃんが来るって分かった途端に、「よっしゃぁあ!」って叫んでたもん」

 絶対嘘だ。照れ隠しにそんなことを考えた杏梨だが、無理矢理口角を上がらせて言った。

「またまたご冗談を。お荷物係から逃れて喜んだんじゃないんですか?」

「えっ、あいつお荷物係だったの?」

「知りませんけど」

 杏梨は、祐真から逃れるようにそっぽを向こうとした。

 だが、そこで東風谷と目が合ってしまった。

「!」

 東風谷は、ひらひら、と小さく手を振った。

 ほらね、と祐真の囁くような声が、聞こえた気がした。


「そ、そんなわけないじゃないですか! あの人が、私に好感を持ってるだなんて、あるわけないって」

「何も、自分を卑下しろと言ってるわけじゃなくてさ」

 杏梨のどこがそんなに面白かったのか、祐真はプッと噴き出した。

 祐真の瞳は、何故か杏梨を見据えているようで、少しだけ杏梨の表情は強張った。

(天然馬鹿兄弟だと思ってたけど、意外と見てるものなのね……)

「俺達、結構馬鹿だけど、杏梨ちゃん、何度も言うようだけど、面倒見てやってくれない?」

 そこから祐真は、杏梨から目を背け、東風谷の方を向いた。


「あいつには、杏梨ちゃんが必要だから」


 目を細めて言ったその言葉は、杏梨の耳には届かなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ