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ナイト・チルドレン  作者: けふまろ
杏梨、中学へ旅立つ。
40/40

最後の夜が明けるまで

 三か月以上、投稿が遅れてしまって申し訳ありません。読んでいる方々ももういないとは思いますが、最終回です。

 卒業式が明日に迫ったと言うこともあり、杏梨の同級生や友達は、誰一人として公園にいなかった。

 飛行機雲が茜色の空になびき、白い一直線を描いている。

 東雲公園の滑り台付近には誰もおらず、たまに犬の散歩をしている人とすれ違うだけで、杏梨以外には誰もいない。

(……って何、東風谷と友実ちゃん、まさかのドタキャン!? 大事な話をしたいからって、あっちの方から呼びだしたのに。っていうか先輩を軽く扱い過ぎなんだよ、友実ちゃんは……)

 杏梨が頬を膨らませながら、心の中で文句を言う。来月から中学生になるとは思えない子供っぽい文句だった。

「はぁ……」

 誰に聞かせるでもなく、ただ茜色の寂しげな空に消えていくため息を、聞いてる者が一人いた。

「よぉ、何でっかいため息ついてるんだよ、俺が来たっていうのに」

「東風谷」

 杏梨の胸が高鳴り、そして一瞬で東風谷の方を向く。制服姿の東風谷がそこにいた。

「何かよぉ、卒業式も終業式も終わっちゃって、一年五組の打ち上げだ、東風谷も来いよなんてクラスメートが言うもんだからさ、振りきるの精一杯だったよ」

「そ、そうなんだ……」

(打ち上げを振り切ってまで、こっちに来てくれたんだ……)

 一年間過ごしたクラスはかけがえのないものなのに、東風谷はそんな仲間と過ごす最後の時間さえ作らずに、この場に来てくれたのだ。

 その嬉しさが杏梨には感慨深かった。

 ふと、視線を東風谷の着ている服に向ける。

 詰襟の学生服を着こんだ東風谷がいつになく真面目に見え、杏梨の胸がまた高鳴る。

「……ん? 俺の服に何かついてるか?」

 解釈の仕方を間違えたのか、東風谷は学生服のあちらこちらを見やる。杏梨はぶんぶんと音がしそうなほど首を振り、「違うの」と言い訳のような言葉を放つ。

「ただ、制服姿の東風谷が珍しいから、ちょっと見てただけ……」

 その言葉をまたどういう風に解釈したのか、東風谷は茜色の空ぐらいに頬を赤らめて、「へぇ」と間抜けな返事をする。

 その言葉に杏梨は噴き出し、東風谷は「何だよ」と不機嫌そうに言い放つ。だけどその口元はほんのり笑っている。

 そんないつもの光景が、杏梨は何よりも愛おしく感じた。


 いつもの光景が、段々騒がしくなり始めて。いつの間にか、「学区内の中学校の制服」の話に移り変わっていた。

「っていうか、何で女子はセーラー服なの? 全国に色んなセーラー服があるけど、この学校のはダサすぎるでしょ。しかも、ちょっと膝上丈なら注意されるし、成長したら直してもらえって……中学はアホなの!?」

「あのなぁ、この年代の女子があまりにもスカートをミニにしすぎると、今度は男子の方が厄介なんだよ。だから学校側もそういう風にしているんだよ」

「大体、女子が必ずスカートっていうのもおかしいよね。スカートを普段履かない子はどうやって慣れろって言うのよ! これぞ性差別っていうんじゃないの!? そんな中学校に行きたくなんてないんだけど!」

「まぁ確かに、男子は男子らしく、女子は女子らしくっていうのも立派な偏見だよなぁ。外見と内面の性別が違う人も、世の中には沢山いるわけだしなぁ」

 そこまで東風谷は納得しながら「っておいおい」と反論しだす。

「中学校までは義務教育なんだから、行かなきゃ駄目だろ。っていうか何か、お前が中学校に行きたくないって言う風に聞こえるぞ、それだと」

「えっ……」

(確かに……)

 東風谷が何気なく、笑いながらツッコミの要領で言った一言だったが、その言葉は杏梨の胸に突き刺さった。

(東風谷と一緒の中学校に行くのは嬉しいけど、でも私、新しい世界が怖くて、行きたくないって思ってたんだ……)

 むろん東風谷と毎日顔を合わせることは、幸せ以外の何物でもない。たとえ冷やかされたとしても、だ。

(でも、制服はダサいわ、勉強は難しいわ、人間関係が複雑になってくるわ……中学校って大変だから怖いなぁ……。今も人間関係複雑だけど)

 最後に自虐を含ませながら、杏梨は天を仰ぐ。空は藍色に染まり始めており、茜色と藍色の綺麗なグラデーションが、ちょうど目の前に広がっていた。

「うわぁ……綺麗……」

「え? ……あ、本当だ」

 杏梨に続いて東風谷も空に視線を向ける。

 二人並んで、グラデーションの空を眺めることが、今の杏梨には心地よかった。

(カップルって感じでもないし、先輩後輩っていう感じでもないし……。気楽な友達同士で空を眺めてるって言うかなぁ)

 杏梨はふと、東風谷に視線を向ける。空に魅入っている東風谷の横顔を見てみたくなったからだった。

 だけど。

 東風谷はこっちを見ていた。

 視線がぶつかり合い、杏梨は慌ててそっぽを向く。東風谷も同じようで、かさっという音がした。

(いや、いやいやいや、恥ずかしっ……)

 杏梨はちらっと東風谷を盗み見る。東風谷もそっぽを向いていて、表情が読み取れない。

(……顔が赤くなったこと、東風谷に見られてないよね?)

 そっと視線を元に戻すと、今度はまた驚きが待ち構えていた。

(嘘)

「友実ちゃん?」

 その言葉で、東風谷も弾かれたように杏梨の視線の先に自分の視線も向ける。すると友実は、「やっぱりね」と肩をすくめた。先ほどから服も変わっていないが、どこかほんのりと大人っぽく見える。

「杏梨と東風谷、最初から分かってたから」

 そのまま二人の所へと歩み寄り、それから。

 杏梨の右手と東風谷の左手を、強制的に繋がせた。


 途端に、蒸発したように真っ赤になる杏梨の顔。

「え、ちょちょちょ、と、と友実ちゃん!?」

「おい、友実!? 何してんだよ!」

 二人とも、空いている方の手で、何とか手を引っぺがそうとするが、友実がぎゅっと両方の手を強く握りしめると、二人はそろって手を下ろした。

「いいんだよね、これで……」

 小さなその声に、杏梨は息をのむ。

(友実ちゃん、もしかして、恋を諦めた?)

 言うのも躊躇われて、杏梨は視線を友実へと動かす。

 友実の瞳は、心なしか潤っているように思えた。泣くまいと涙を堪えているのかもしれない。

「友実、お前……」

 東風谷もそのことに気付いたらしく、ひゅっと喉が鳴る音が聞こえる。友実は次の瞬間、掴んでいた手を離す。鎖のように繋がれた手は、あっという間にほどけた。

「ごめんね、杏梨、死ねばいいなんて言って。杏梨は何も悪くないのに」

 杏梨は咄嗟に反論しようとした。だが、その肝心の言葉が出てこない。出てほしい言葉は、宙に消えていく。

(違うよ、違うよ友実ちゃん。私だって、友実ちゃんの気持ち、薄々感じ取っていたのに、なのに……)

 杏梨の目にも涙が浮かぶ。その涙を拭う隙もなかった。ぽろぽろとこぼれることもなく、ただ瞳の中に留まってくれている涙。

「本当は、杏梨のことが羨ましかったんだ。篠塚彩子さんのことを、東風谷が好きってことを知っても、それでいいなんて思っていられる杏梨が。東風谷に信頼してもらえるようになっている杏梨が、すっごく羨ましくて」

 友実の横を、蝶が羽ばたいていく。訪れた春を、何故だか妙なタイミングで杏梨は認識することになった。

 その羽ばたいている優雅な蝶とは真逆に、どんどん暗くなっていく夜空。そして、どんどん暗くなっていく、友実の話。

「杏梨と東風谷が揃って誘拐されちゃった時、本当に悔しかった。……っていうのもあれだけど、何て言うか、東風谷と絶体絶命の危機に陥っていた杏梨が、恨めしかったんだ。たとえ死ぬときでも、好きな人と一緒に死ねるなんて、良いことじゃん」

(そうか? 死ぬこと自体、嫌なんだけどな。……むしろ、好きな人と絶体絶命の危機に陥ってるときぐらい、惨いシチュエーションなんて見たことないけど)

 杏梨は後ろで指を絡める。その指がひんやり冷たいことに気付いた。

「何か、色々とキュンってするシチュエーションに会ってるのって、大体杏梨じゃん。何か、悔しかったんだよね。私の方が好きでいたのに、何でよって」

 苦笑交じりに、吐き捨てるように言う友実。自分で自分の首を絞めているような、そんな痛々しい姿を見ていられなくて、杏梨はそっと横を向く。

「でも、しょうがないんだよね。私、ずっと東風谷のことを馬鹿にしてきたんだから。それでいて、何もしてやることが出来ない癖に、両想いになれたらいいななんて、ずっと思っていたんだから」

 そして、友実はふっと下を向いた。右足でリズムをとるように、地面を蹴って。


「随分自分勝手な願い事してるなって、情けなくなった。私、不器用だから、好きな人に好きって悟られたくなくて。なのに自分で好きって暴露しちゃってる杏梨が、ホントのホントに、憧れだった」


 杏梨は胸を打たれたような気分になる。杏梨の脳内では、どーん、という大音量とともに、心臓を除夜の鐘に見立てて思いっきり打たれているというカオスな空間が繰り広げられる。

 そんな杏梨の心の状況なんて露知らず、友実は頬を真っ赤に染めながら、瞳を潤ませている。まさしく女子としか言いようがないその瞳が、杏梨には羨ましく映った。

「そんな……私だって、色んな人から好かれている友実ちゃんが、すっごく、すっごく羨ましいよ」

 杏梨の言葉に、友実はぱっと顔を輝かせたが、また輝かせた顔を曇らせ、俯いた。

「嘘ついちゃって。どうせお世辞でしょ。いいよ、良い先輩ぶらなくて」

 違う、とまた言いたくなる杏梨。

(友実ちゃん、急に自分を卑下しだしてどうしたの? いつもの友実ちゃんらしくないよ)

 そう言いたくても、口に出せないことを情けなく思った。良い先輩ぶらなくていい、という友実の言葉が、予想以上に深く胸に突き刺さっていたのだ。

「良い先輩ぶりたいなんて、そんな」

 刺さった針を何とか自分で引き抜こうとするみたいに、必死に言い訳をする。

「中学校に入っちゃう先輩は、先輩同士でラブラブしてなよ」

 間髪入れずに友実がそれを遮る。

「おい、友実。そんな言い方ないだろ」

 東風谷が珍しく怒ったような雰囲気を醸し出す。それが友実の計算外だったのだろう。瞳が揺らいだ。「杏梨はストレートで素直な奴なんだから、良い先輩ぶりたいなんて思うはずないだろ。何がラブラブだよ」

 次の瞬間、吐き捨てるように言った最後の一言で、杏梨の胸に更に深く針が突き刺さった。


「俺は杏梨が好きじゃない」


 一瞬、友実の目が大きく見開かれた。その瞳の中、希望が見え隠れする。

 当の杏梨はショックで何も答えることができない。

(好きじゃない……そりゃそうだよね)

 ショックを隠すようなフリをして、傷付いていないようなフリをして、杏梨はわざと「そうだと思ってたよ」と何ともないような声を出す。

「今は誰も好きになれない」

 東風谷の言ったその一言で、今度は杏梨の瞳が大きく見開く羽目になる。

「俺に今好きな人はいないし、篠塚が初恋の人だなんて言ったけど、本当はそれが真意かどうかも分からない。あの頃は確かに好きって気持ちが先走っていたんだと思うけど、今考えれば、それは好きじゃなくて、友達の延長線上なんだろうなって思う」

 その意外な一言に、友実は土の上だというのにへなへなと座り込んだ。

「それじゃあ、今は誰も好きじゃないってことなのね?」

「うん。杏梨のことも好きじゃなければ、友実のことも好きじゃない。そういうことだと思うよ」

 友実は明らかにホッとしたような表情を見せている。恐らく、これが友実の思い描いていた理想の展開だったのだろう。

(友実ちゃんは優しいなぁ。自分が選ばれるんじゃなくて、どっちも選ばれない方が幸せだって思ったんだ)

 後輩の優しさに感動しながらも、杏梨は東風谷のことを見据えて、強く言った。


「でも私は、東風谷が好きだから。中学校に入ってからも、その気持ちは変わらないと思う。……もし誰かに馬鹿にされたら、私に言って。全力でフルボッコにするから」


 それから数秒の沈黙が流れ、最初に噴き出したのは東風谷だった。

「ちょ、ちょっと東風谷、何で笑うのよ」

「だって、杏梨がキレたらめっちゃ面白いから」

 笑いを含んだその声が、友実にも伝染していった。

「確かに、杏梨がキレたら大惨事になりそう」

 二人が噴き出しているのを見て、最終的に杏梨も噴き出した。

「そ、そんなぁ。二人とも酷いよぉ」

 ふざけたような笑い声が、夜風に吹かれて、宙を舞う。

 もう一生訪れないかもしれない最後の夜を、杏梨はたっぷりと楽しんだ。


 ◆◇


 卒業式があっという間に終わり、中学生活がやってきた。

 以前東風谷から送られてきたLINEには、「俺、またもや五組」などという文字が躍り出ていた。

 彼はようやくスマホを手に入れたらしく、早速アイコン画像を自分好みに変えている。

 実はそのアイコン画像が、杏梨は嬉しかったりもした。

 あの日の夜、せっかくだからということで撮った、三人の写真。紺色の空をバックに笑顔が並んでいるその写真は、杏梨が今見ても素敵だと思えた。


 その日の翌日に行われた卒業式は、例年ないくらい盛り上がったと言う。何でも、杏梨のクラスの絵が上手い人ランキング一位の佐藤が描いた黒板アートがすごすぎて、保護者の間でもしばらく話題になったというのだ。

 卒業式の門出では、杏梨を数多くの後輩が取り囲んで、「卒業おめでとう」という色紙をプレゼントしてくれた。

 中央には友実が色ペンで飾ってくれた「幸せになれよ! ずっと大好き」の文字が躍っていて、杏梨は思わず友実に抱きついた。それが嘘偽りのない言葉だというのを、杏梨が一番良く知っていた。

 その他に、告白大会というものが行われ、その殆どは受験してしまう子に送る告白や、受験生が地元の公立中学校に進む子に送ったものだという。同じ学校だけどクラスが高確率で離れてしまうからと告白する人も、去年はいたらしい。

 杏梨の親友である香帆が黒板アートを描いた佐藤から告白されたと聞いた時には、杏梨も一緒に飛び跳ねたものだ。受験してもしかしたら一生会えないかもしれないから、という理由で、香帆は告白されたらしい。

 小学校が終わった後の打ち上げも、大盛り上がり。図書カードを巡ったじゃんけん大会では、給食のデザート争奪戦以上の白熱したバトルが繰り広げられた。


 そして、中学校に入学してから早一週間。

 杏梨は慣れないセーラー服を着ながら、一人で通学路を歩いていた。

 入学式から数日の間は、香帆と一緒に登校していた。だが違うクラスになってしまった香帆は、学級委員に選ばれたらしい。毎朝今日の予定を学年主任から聞くらしく、朝の遅い杏梨とは微妙にずれた生活を送っていた。

(しーっかし、あと三週間後にはミニ中間テスト? があるんだっけ? 中学はハードだねぇ)

 ふと、杏梨の横をランドセルを背負った小学生が横切っていった。ピンク色のランドセルは太陽に照らされて、キラキラ光っていた。

「あぁ、小学生は羨ましいなぁ……」

 勉強なんて殆どしなくていいんだもの、そんな思いを胸に抱えながら、中学校へと足を踏み出す。

(まぁ、いいか! 友実ちゃん達とも繋がってるし)

 今も変わらず、友実達とは連絡をとっており、最近も顔を合わせたりしている。

(でも部活の都合上とかで、そうはいかなくなるんだろうなぁ)

 入る部活など決まっていないのに、勝手にそんなことを思う。LINEを開けばいつでも友実達と繋がっているのに、何だか無性に寂しくなる。


「あっ」


 ふと、前方に見知った人物を見かける。

「東風谷」

 杏梨がぼそっと呟くと、東風谷が振り返り、軽く手を上げる。

 杏梨もそっと手を上げて、東風谷の横に並んだ。

 何気に一年以上続いた物語なので、何だか達成感でいっぱいです。

 ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。

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