一緒に
杏梨は、今話されたこの話が中々信じられなかった。
友実がまさかそんな小さい頃から東風谷と仲が良かったなんて。そう思っていた。
(……待って。私その時、男女一緒に泥団子作ってたんだけど。二人はそんな青春してたの!?)
低学年の頃は男女の垣根が低く、男女で遊ぶ機会なども多く、男子に抱く感情も、殆どの女子は持っていなかった。
杏梨は小さい頃から仲の良い二人が何だか羨ましくなっていた。
「あぁ。そんなこともあったっけな」
「あったよ。東風谷、覚えてないの?」
東風谷はガシガシと頭を掻く。
「うーん。俺、三歩歩いたら忘れちゃうような人なんだよね」
「東風谷は鳥頭か!?」
ツッコミをする友実。さっきの「杏梨なんて死ねばよかったのに」発言がさらっと流されていることに杏梨は不満を感じた。
「……で、これから、どうするの?」
(……自分でも分かる。私今、不機嫌な声出しちゃったな)
二人の視線がこちらに向かっているのを感じながら、杏梨はオホンと咳払いをした。
「この前のライト落下事件の犯人も、東風谷ストーカー事件の犯人も分かっちゃったんだから、これからどうするか話しあうに越したことはないでしょ?」
二人は杏梨の意見に頷き、友実が口を開いた。
「じゃあ、杏梨はどうしたいの?」
その瞬間、チャイムが鳴った。
なんというタイミングだと杏梨は舌打ちをしそうになった。
今から話をしようと思ったのに。と思いながら、心のどこかで「友実ちゃんが昔話をしたから、時間が過ぎて行ったのでは」と理解していた。
「……じゃあ、このお話は、お預けってことで」
東風谷がぎこちない笑顔を作って、両手を顔の近くでひらひらと振った。
「うん」
「分かった」
杏梨と友実は頷き、保健室の扉に向かって歩き出す。開けたのは友実だった。ガラガラガラ! と乱暴に開け、杏梨は一瞬肩を揺らす。
友実は杏梨と東風谷が出るまで待ち、保健室に誰もいなくなると扉を思いっきり閉めた。
廊下にがしゃん、という大きな音が轟き、その場にいた小さな一年生ぐらいの子が何事かと保健室の方を振り返っていた。
杏梨は小さく笑いかけておきながら、教室へ走り出す。
◆◇
杏梨は小さく伸びをして、ランドセルの準備を始める。
卒業式も手前、もうこのランドセルを背負うのも残り少ないのだと自覚する。卒業式の日はこのランドセルを背負わないのだ。
図工でもうランドセルの絵を描いた杏梨にとっては、卒業は計り知れない絶望のように思えた。
(友実ちゃん達には分からないかもしれないけれど、何だかすごく悲しいし切ないな。六年間も一緒にいたランドセルを背負わなくなる日が来るなんて、何だか思いもしなかったな)
それでも東風谷はこの悲しみや切なさを乗り越えているのだと知ると、何だか東風谷が大人に見える。一歳しか年が違わないのに、中学生と小学生では随分と見える世界が違うのかと杏梨は感じていた。
「杏梨、今日は東風谷と一緒に帰りなよ」
ふいに香帆が杏梨の背中を叩く。
「いった。……ちょっと香帆、少しは手加減してよ。っていうか、私は東風谷となんか帰りません。皆に何て冷やかされるか分からないよ。家族とか授業参観とか言われた後は、カップルなんて言われなきゃいけないなんて、東風谷が目立つのも嫌だけど、私も目立つのが嫌だよ」
杏梨が口をとがらせると、香帆は何故か噴き出した。
「ふはっ。ちょっともう。笑わせないでよ。だって、東風谷、今日の朝から今までずっと注目の的だよ?」
「それはそうだけど、でもこれ以上目立つと、何ていうか」
(友実ちゃんは東風谷が好きだからな。もしも友実ちゃんにその場面を見られたら、それこそ死んじゃうよ)
必死に弁解したかったが、それは友実の好きな人を話してしまうことになる。香帆も察してはいるが本人から聞いたわけじゃないので、話すのはやはり申し訳ないような気がする。
「今日は香帆と一緒に帰るよ」
杏梨が香帆に言うと、香帆は「面白くないなぁ。それ」と口をとがらせた。
「何でよ」
「だって二人とも、仲良いもの。一緒に帰って、何かしてきなよ」
香帆はニヤニヤしながら、杏梨と、教室の隅で棚に座って足をぶらぶら揺らしている東風谷を交互に見ながらそんなことを言う。
「何かって、何もする予定ないよ」
「嘘つけ。きっと、落ち合うんだろ?」
否定する杏梨を後ろから小突いてきたのは、男子だ。
「落ち合うとか勝手に決めないでくれる? ってか、何を根拠に言ってるの?」
男子はふふんと笑い、「勘だよ勘!」と自信満々に言い放った。
(はぁ……。まぁ事実だけど、男子ってやっぱりガキだな)
杏梨は心の中でため息をつきながら「あっそ」と素っ気ない返事をし、教科書を詰め込んだ。
そしてふと思い立ち、杏梨はランドセルを置いて、教室の隅で足をぶらぶらさせている東風谷に「そうだ」と歩み寄る。
「今日は香帆と一緒に帰るから、東風谷は友実ちゃんと一緒に帰ってればいいじゃん」
「え?」
突然の提案に東風谷は驚いたらしく、「何で?」と杏梨に聞いてくる。
「決まってるじゃん。私が今まで東風谷と一緒にいすぎたせいで、友実ちゃん、すっごく辛い思いをしているんだから、今日は友実ちゃんと一緒に帰って。私からのお願い」
(そう、決して、与えようとしているわけじゃないんだよ? 「一緒に帰ってあげる」んじゃなくて、「一緒に帰ってください」って言っているのよ? その微妙なニュアンスに気付いてくれるといいけど、まぁ天然な東風谷だから、気付かないだろうな)
杏梨はふっと口角を上げて、「さぁ、行った行った!」と東風谷を教室から追い出す。東風谷は杏梨の方を向いて悲痛そうな表情を浮かべていたが、杏梨がそれに気付く様子もなかった。
東風谷の様子が見えなくなってから、杏梨は椅子に座る。
その一部始終を見ていた香帆が、杏梨の傍に来て辺りをキョロキョロ見渡しながら声を出す。
「ねぇ杏梨、東風谷がさっき、杏梨の顔を見てすっごく悲しそうな表情してたけど、大丈夫?」
「えっそうなの!?」
(嘘、マジで? 全然気付かなかったよ!)
杏梨は目を見開いて、ランドセルの金属部分をカチャカチャと鳴らす。
「それじゃあ、私の行動が何か、気に入らなかったのかな?」
「そうだと思うよ。何で追い出したりなんかしちゃったの? 東風谷、杏梨と一緒に帰りたかったのかもしれないよ?」
「まっさか、んなわけないじゃん」
(東風谷が私と一緒に帰りたいだって! 事件が起きた時ぐらいしか、一緒に帰りたいとは思わないでしょ)
杏梨は鼻で笑ったが、香帆は「んなわけあるよ」と反論する。
「一緒に帰りたくなかったなら、何で冷やかされる可能性のある教室に残ったの? 教室の隅でぶらぶらしてるなんて、先生に注目されたりして、一層注目の的だよ? 東風谷は何で自分にとって恥ずかしい空間に残ったんだと思う? 杏梨と帰りたかったからだよ。杏梨と一緒にいたいって思ったからなんだよ?」
「…………」
(そんなわけないじゃんって、言い返したくても……。香帆の一生懸命な姿を見ていると……何だろう、言い返せない……)
「今日は東風谷と一緒に帰ってあげなよ。東風谷だってそうしたいって思ってるはずだよ?」
「…………うん」
(絶対違う……絶対違う……)
杏梨は頷いたが、何故だか妙に納得は出来なかった。




