恋の三角関係勃発
杏梨がダッシュで教室に滑り込むと、教室にいた全員が杏梨の方を向き、そして杏梨に連れられる東風谷を見て、目を丸くした。
「あ、杏梨っ!」
香帆が杏梨に向かって駆け寄っていく。その周りではひそひそと「去年の冬、大暴動起こした東風谷先輩だ」や「杏梨と駆け落ちしたって噂の?」とこれまた新たな噂まで立てられていた。
「去年の冬の大暴動」とは海藤ひかりを怪我させた事件のことで、「杏梨と駆け落ち」はまさしく、東風谷と杏梨が同時に行方不明になったことなのだろうと理解し、杏梨は早々に突っ伏しそうになった。
「ど、どうしたの、東風谷先輩、貴方、中学校は……」
「休みにしています。それよりも、杏梨の身に起こった出来事が心配で」
(だーかーらー東風谷は私のことキュンキュンさせすぎなんだって)
杏梨はこっそり東風谷を睨みつける。「杏梨と駆け落ち」は偶然だとして、「去年の冬の大暴動」は完全に東風谷の責任なのだ。杏梨はこのことをすっかり忘れていたので、無性に恥ずかしかった。
「とりあえず、朝の準備をしてくださいね」
担任の先生は苦笑いしながら杏梨を促す。その顔には「誰だこいつ」という困惑の表情が貼りつけてあった。
(……先生……まさか、去年の卒業生知らないのか……。まあ去年三年担任だったから仕方ないか)
「すみません」と杏梨は苦笑する。ランドセルを机に置くと、何故か男子達が噴き出していた。
「……何で噴くのよ」
「だって、面白くて。駆け落ちした噂の男子と岡崎が一緒に登校してきたってんだから、誰だって驚くだろ」
そんな男子達を横目に、杏梨は(東風谷以外の男子、全員ないわ)と悪態をつきながら教科書を取り出した。
杏梨の横で東風谷も立っている。それが異様におかしかったのか、クラス中からくすくすと笑いが起こった。
杏梨はそんな空間にいるのがこっ恥ずかしくて、ランドセルを棚に片付け、東風谷に後ろに立つように促した。
完全に授業参観の体勢である。
東風谷も授業参観のような格好で佇んでいる。それを見て男子やら女子やらが一斉に噴き出した。
「見ろよあれ。完璧、授業参観じゃねぇか」
「超やべぇ。マジ笑えるんだけど」
「東風谷の子供って感じがするね、杏梨ちゃん」
女子からも男子からも笑われ、杏梨は思わず机をだんっと叩いた。
「死にたい……」
授業が終わり、中休みになると、杏梨は東風谷の手を引いて教室を飛び出す。
飛び出した先は、先生のいない保健室だった。
保健室の扉を閉め、東風谷が口を真一文字に結ぶ中、杏梨は息を吸って叫んだ。
「ねぇ! 私、散々男子にも女子にもからかわれて、顔から火が出るかと思ったんですけど! どうしてくれんのよ!」
杏梨がなおも顔を真っ赤にすると、東風谷は突然慌てだした。
「え……杏梨、そんな、慌てたの? っていうか、顔から火なんて出ないよ? 火山じゃないんだから。頭大丈夫?」
「違うから! たとえだから! 何、天然!?」
「天然じゃないから! っていうか、ここに呼びだして、何!?」
東風谷がそう言って、杏梨は一瞬怯んだ。
正直なところ、勢いで連れてきてしまったので、これから何を言おうか悩んでいたのだ。
「……え、あの」
「何?」
東風谷は突然優しげな顔になり、微笑む。
「……その」
杏梨は黙りこくり、しばらくの沈黙が続いた。
「東風谷っ!?」
途端に、保健室のドアがガラガラと開き、友実が入ってきた。
「っぎゃ!?」
杏梨は叫ぶ。東風谷も肩を揺らし、息を切らしている友実をマジマジと見つめた。
息を整えた友実は「やっと……」とか細い声で呟いた。
「やっと、伝えることができる……」
杏梨は息をのんだ。
(ついに友実ちゃんは、東風谷に想いを伝えるのかな)
杏梨はどくどくと鳴る胸の鼓動を抑える。ついに友実が想いを伝えるのかもしれない。
「友実ちゃん……」
杏梨は呟く。その呟きは東風谷に届いたようで、「え?」と首を捻る東風谷が見える。
「杏梨、知ってる?」
友実がおもむろに口を開く。
「……私が、東風谷のことを好きだったってこと」
「……え」
「知ってたよ」
驚きで目を見開く東風谷の横で、杏梨は落ち着いて頷く。
「へぇ。鈍ちんの杏梨でも気付くのに、中学生の東風谷は気付かなかったんだ」
友実は、目を見開いたままの東風谷のそばに歩いて行って、下から東風谷の顔を見た。
「……東風谷って、杏梨からの好意に、告白されてから気付くような人だもんね。だったら、私の想いが知られてなくて、当然だよね」
友実の瞳は、笑っていない。暗い色の瞳に、東風谷がしっかり映っているが。
「嘘、友実、そうだったの?」
たった今、友実から告白された東風谷は、口を押さえてその場に蹲った。友実はクスリと笑って、東風谷を見降ろした。
「だったら、私が東風谷のことをストーカーしてたことも知ってるよね?」
「は?」
「…………」
今度もまた東風谷は驚き、杏梨はただ黙っているだけだった。でも、心の中では驚いていたのだ。
(……友実ちゃんが、そんなこと、本当にしてたんだ)
東風谷は顔を上げて反論する。
「……で、でも、最初は、友実じゃないかって疑っていたけど、でも、友実のスマホの電話番号じゃないし、何しろ、友実はそういうことする子じゃないって信じてたから……」
「私がスマホを三台持ってるってこと、忘れたの?」
「あっ」
杏梨は思い出した。そういえば友実の家はお金持ちで、スマホを三台持っているのだ。(三台使ってポイント貯めるとか、卑怯なことしてそうだな)と疑っていたのを思い出す。
「そっか……」
東風谷は力なく項垂れる。もう表情は見えなかった。
「他にもあるわよ……。体育館のライトを落としたのも、天井から画鋲を落としたのも、私だよ!」
友実は全てを暴露した。
「杏梨なんて死ねばいいって、思ってたよ!」
杏梨はただ、信じられない気持ちで友実を見ていた。
保健室に置かれたぬいぐるみだけが、三人を優しく見守っている。
(今、私の目の前にいる友実ちゃんは誰? ……友実ちゃんじゃないみたい)
友実の瞳に、ダイヤモンドのような光が現れる。それが何に対する光なのか、杏梨と東風谷には分からなかった。
東風谷は「何で……? 友実……?」と力なく友実の名前を呼ぶだけだった。
(……本当に、本当に、友実ちゃんが、私を殺そうとしたの?)
杏梨はどきどき鳴る鼓動を抑えようと必死だった。だけど、出来そうにもなかった。
「あれは忘れもしたことがなかったよ……。あの日、私が東風谷を好きになった日! 忘れることも出来なかったし、忘れようとも思わなかったよ……。杏梨がいなければ!」
友実はカッと目を見開き、唇を震わせた。
「わ、私があの日、東風谷のことをどう思ったのか教えてあげるよ。そして、その話が終わった後に、また、今後のことを話そうよ」
友実らしくない震える声だけが、保健室に響いた。




