まさかの登場
「……最悪な事件……か」
「何ため息ついてんの杏梨」
登校途中。ランドセルを背負ってため息をつく杏梨の背後から声をかけたのは、東風谷風真だった。
「最悪な事件って兄ちゃんが言うんだよ……って、うぇい! 東風谷! どうしてこんな所に!?」
杏梨が振り返ると、そこには私服姿の東風谷がいた。
「……待って。どうして東風谷は私服姿なの?」
「知りたい?」
杏梨が尋ねると、東風谷はふふんと笑って親指を自分に向けた。
「いや、いいです」
「えぇ、ちょっと、聞いてくださいよお願いしますよぉ」
東風谷が途端に残念そうな顔をするので、杏梨は噴き出して「分かりましたよ」と頷いた。
「実は、昨日滅入った出来事が起きてね」
「どうした、私といると滅入る出来事に遭遇する確率が一気に増えるよ」
「ツッコミは後にしてくれる?」
杏梨は「早く学校に行きたい」という気持ちと、「東風谷と一緒にいれることが嬉しい」という気持ちが混ざり合って、何だか複雑な気分になった。
「昨日、真夜中に無言電話が鳴って。それを何回も何回も聞いているうちに、何だかすっごく怖くなってきちゃって。今日は学校を休みなさいってお父さんから言われたんだ」
「へぇ。大丈夫?」
杏梨は東風谷の顔を覗き込む。といってもそれほど苦労するような動作でもない。身長が大差ないからだ。
「うん。それで、今日は休みってことで私服なんだけど、お願いがあるんだ」
「はい。何でしょう」
東風谷のお願いなら何でも聞く、と意気込んで、杏梨は返答を待つ。
「小学校に一緒に行ってほしいんだ」
「はい?」
(パードゥン?)
杏梨は思いっきり声を上げた。周りに人がいなくて幸いだ。
「お願いします。電話が鳴るのが怖くて怖くて、家を飛び出してきたんだ。そのまま行くあてもないからどうしようかなって思ってたら、目の前に杏梨がいて、それで」
「私は別に構わないけど、東風谷を知っている人皆びっくりするよ」
「うん。だよねぇ。だからどうしようかなって考えているんだ。今日このまま、保健室にいてもいいかなって」
「駄目だよ。戻りなよ家に」
「お前、愛する人に怖い思いをしろって言うのか」
「そんなこと言ってないよ。ただ、自分の通っている学校でもない保健室で休むのはちょっと」
「卒業生なんだからいいじゃん。入らせてよ」
「保健室は駄目。その他は大丈夫だけど」
しばらくマシンガントークが続き、以前の「東風谷殺人未遂事件」の件と同じような感覚になる二人。
「東風谷はすごく目立っていたからね。去年起きた、海藤ひかりさんを刺そうとした件も、五年で超話題になったよ。それで東風谷の顔覚えた人も何人かいるんじゃないかな」
(そのうちの一人が私だけどな。へっ!)
杏梨はそのことを黙って、東風谷を見る。すると東風谷は「そっかー」と非常に参ったような顔をした。
「……じゃあ、俺はバレないように、変装して行こうかな」
東風谷の考えに、杏梨は提案を出した。
「東風谷が変装とか考えるんだ。だったら帽子とか被っていってもいいんじゃない? あとサングラスをかけてみたり……それかもしくはフード被れば……」
「そっかー。じゃあ、俺はフード被ったりサングラスかけてみたりすればいいのかぁ~。……って、何で俺を不審者にさせたがるんだよ!」
東風谷のノリツッコミに、杏梨はびしっと親指を突き立てる。
「おーナイスツッコミ。そんじゃあ、サングラスとフード被って、更に帽子までかけてみてよ。そしたら学校じゃなくて警察にお世話になるよ」
「警察にお世話になっても嬉しくねー! 何で警察なんだよ。俺、杏梨達の小学校行きたいのに」
「警察の方が無言電話とかストーカーとかちゃんと応対して解決してくれるよ。……ん?」
(あれ? さっき東風谷は、何て言った? 『杏梨達と同じ小学校に行きたいのに』?)
杏梨は先ほどの東風谷の言動を不思議に思う。そして言った。
「って、ちゃんと『我が学び舎に戻りたい』って言いなよー。そんな風に言ったら『東風谷は私とか友実ちゃん達に会いたいんだ』なんて勘違いしちゃうじゃん」
「そうだけど?」
「はいっ?」
(おぉ、おいマジかよ。何片想い中の女子をキュンキュンさせちゃうようなこと言ってんだよ)
杏梨はドキドキする胸を手で制しながら、「そうだけどって何?」と尋ねた。
「確かに俺も、学び舎に戻りたいけど、でもそれだけじゃ説得材料にならないし。そしたら『今通っている学校に行きなさい』って言われるじゃん。それも無理だから。あっちもあっちで大変だから。だったら、杏梨達に会いたいなって思った方が、充分説得力あるし、それに、杏梨達といた方が安全だから」
「あのねぇ。私達といると、必ず東風谷重大な事件に巻き込まれたり悲しい思いするのに、それでも正気? 東風谷ってM?」
東風谷は「そんな言い方するなよ」と少しだけ笑った。
その笑いを見た瞬間、杏梨はさっきの会話の違和感に気付いた。
「え、あっちもあっちで大変だからって、何でですか?」
すると東風谷はぴくっと止まり、「それは……」と口を開いた。
その時、猛スピードで一人の人が横切っていった。隣にひゅんっと冷たい風が流れる。
その人……サラリーマン風の男性は、焦り顔で呟いた。
「ヤバい、八時十三分だ。電車間に合わねーかも」
その呟きを聞いていた杏梨は、ハッとした。そして脳内で単純計算する。
(そうだ。今は登校時間。私が家を出たのは八時。学校まで歩いて十五分かかる。そして今、東風谷と立ち話をしていたから、余裕で十分は経過している。そして皆が一斉に校舎に入るのは八時十五分。それ以降は軽い遅刻とみなされ、八時二十五分は遅刻確定……つまり……)
「遅刻やーっ!」
杏梨は叫んで、東風谷の腕を引っ張って、通学路を走り始めた。




