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ナイト・チルドレン  作者: けふまろ
杏梨達、銀座へ行く。
3/40

親への交渉2

 母親は、皿を洗っている。イヤホンを両耳に、鼻歌を歌いながら、食器棚の中にお皿を入れる。こういうところ、母親は本当に音楽好きだな、と思う。

 ところが、杏梨は今、その母親の邪魔をしようとしている。

 もしかしたら、杏梨と東風谷の恋愛風景が変わるかもしれない、そんな一大イベントを、OKしてもらいたい!

 杏梨は、胸の鼓動を押さえる。

 大丈夫だ、東風谷が考え抜いたとっておきの対策、「友実ちゃん家にお泊まり会」を言えば良いんだ。

 杏梨は、その思いを胸に抱きかかえて、叫んだ。

「あのっ」


 母親は、その大声に、「ん?」と普通にイヤホンを外す。もしかしてさっきのことは覚えてないのだろうか。だとしたら好都合だが、と杏梨は期待していた。

「じ、実はっ、その、夜の遊び? は、お泊まり会でっ」

「…………」

 母親は何も言わず、ただ杏梨の言葉を聞いている。杏梨は、少しだけ恐怖を覚えた。

「……だからっ、そのっ、友実ちゃんの家に、お泊まりして、トランプするんだって、さっきLINEでっ」

「……はぁ」

 母親は、そっとため息をついた。ビクッと肩を揺らす杏梨。

「え~と、ですからね、その……泊まりに行きたい、と言いますか……」


「駄目よ」


 母親は顔色一つ変えずに杏梨に言い放った。

(で、す、よ、ね~。はい分かってました~。私の両親って、東風谷より過保護なのね~)

 心の中で悪態をつく。予想どおり、と言えば違う。心の中で期待をしていた。

「えっ、でも、友達の家にお泊まりなんだよ? 街に行くんじゃなくって、皆でワイワイ話すんだよ?」

 杏梨の言葉は、母親には届かない。杏梨の攻撃を母親は見事にかわしているのだ。

「駄目。絶対迷惑させるでしょ。杏梨ったら寝相がすごく悪いじゃない。この前なんてね、お兄ちゃんの上に乗っかって……」

「それは知ってます~。お兄ちゃんが愚痴愚痴言ってました~。だから分かります~。ねぇ~、寝相悪くっても皆と離れて寝ればいいじゃん。パジャマとか着替えとかは持ってくし、お菓子もお小遣いで買うから~」

 杏梨の説得に、母親は、「うっ」とうなり声をあげた。心が揺れ動いたのかもしれない。自分に負担がかからないことに心が揺れ動いたのかもしれないと思うと、やっぱり母親は母親だと思った杏梨。

 そこで思わず、ニヤリ、と口角を上がらせる。


「お願いします! 友達と一緒にお泊まりしたいんです! 恋バナもしたいし、キャッキャウフフしたいんです!」


 後半の意味が分からない、とでも言いたげな目で母親が見てくるが、杏梨は全く気にしなかった。

「お願いします~、お願いっ」

 顔の前で両手を合わせる。ぱちんっ、という音が、キッチンに響いた。


「……分かった。いいわよ、OK出したから」


「!!」

 杏梨の中に、嬉しさが込み上げてきた。

「お母さんありがとうっ、大好き! 皿洗いも洗濯物干しもお風呂掃除も、今なら出来そうだよ!」

 母親に抱きつきながら、杏梨は叫んだ。

「あら、そう?」と嬉しそうな母親の声。

(するとは言ってないんだよなぁ)

 杏梨は、意地悪い笑みを、一瞬浮かべた。


 ◆◇


 杏梨は、兄がお風呂に入っている間に、ベッドに寝転んで、友実にLINEを送った。


【友実ちゃ~ん、OK貰いました~! 嬉しい嬉しいっ】

『良かったね! メッセージ読んだよ。咲希と里桜にも伝えといたよ。皆OK貰えたって』

【絶対アレンジ加えれば親コロッと行っちゃうよね! 東風谷にマジ感謝! 今度クッキー奢ろっ】

『東風谷、このこと伝えたらめっちゃ喜んでたよ~。「役に立てて嬉しい」って』

【マジッすか、さっすが好青年! そういう謙虚(?)なところが好き!】


 スタンプをポンポン送る杏梨。

 嬉しさがにじみ出て、思わずにやけてしまう。


【ねぇねぇ、お泊まりには何持ってけばいいかな】

【トランプ? お菓子? ゲーム?】

『はぁ? ちょっとぉ、杏梨ったら、何言ってるのよぉ』

 

 いきなり、意味が分からない、という感じのLINEが送られてきた。


【え? 何が?】

『何って、「お泊まり」は東風谷が考えた方法でしょ? 本当にお泊まりするわけないじゃない』

【あ】


「あ」

 リアルでも呟いてしまった。

 そうだ、本当に泊まりに行くわけではないのだ。杏梨は、はぁ、と息を吐いた。テンション上がり過ぎて、本当の目的を見失っていた。

 

【ってことは、どこ行くの?】

『う~ん。銀座かなぁ』


「えっ、銀座?」

 出た言葉は、裏返ってしまっている。杏梨は思わずベッドから飛び起きた。

「何が銀座?」

「わっ」

 海翔の声が、ドアの外から響いた。

 振り向くと、髪がまだ濡れている海翔が立っていた。

「お前って、無意識だろうけど、驚いたときって結構声デカいよな」

 海翔は、笑いながらドアを開けて床に座った。

「で、何が銀座? まさか、銀座に行くのか?」

「い、いやぁ、まさか」

(兄ちゃんって、勘が鋭いのかな)

 心の中でそんなことを思いながら、杏梨はスマホに目を向けた。


【何で銀座? おかしいでしょ】

『夜遊びに誘った男女友達に、行きたい所は? と一斉LINEを送ったところ、原宿、渋谷、浅草、銀座、秋葉原、などが来ました。中でも一番多かったのが銀座です』

【マジかよ。っていうか何で私に送らなかった?】

『杏梨はどこでもOKしてくれるでしょ、スイカとかパスモの料金はどれも殆どおんなじだと思うし』


(それは信頼されてるってことで良いのかな? ナメられてるってことで良いのかな?)

 後者の確率が圧倒的に高い。絶対ナメてんだろ、と杏梨はこっそり舌打ちをした。


【っていうか一番銀座の意見が多かったの? 普通女子は原宿とかじゃん。咲希ちゃんも里桜ちゃんも銀座だったの?】

『杏梨、知らない? 最近大人っぽいことが私達の間で大流行なんだよ?』


 知らねぇよ、と思わず悪態をついた。何か気に食わない。と杏梨は思った。また舌打ちをする。


『ちなみに咲希は原宿、里桜は秋葉原だよ』

【どっちも違うじゃん】


 杏梨は、人が笑っているスタンプを送る。ちょっとツッコミしたかったのだ。


『東風谷は浅草。他は秋葉原とか原宿とか、一番人気のGINNZAだよ!』

【わざわざ英語にしなくてもよろしい。……東風谷浅草なのね。……まぁ東風谷は置いておこう。……そうだ。ねぇ、私も銀座にしたいな。すっごいオシャレってイメージあるじゃん?】


 杏梨は、「歩行者天国」というものに憧れていた。聞いたことはあるけど、まだ実際は見たこともない。無論この街で「歩行者天国」が行われたら事故が起きること間違いないし、市役所がOKを出してすらくれないだろう。

 一度でも良いから、歩行者天国の写真を撮りたい。一度でも良いから、横断歩道をダッシュで往復したい。

 一度海翔の学校の文化祭に行ったことがあって、その時に「銀座の『ホコ天』マジ楽しいよ~」と話していたのを聞いてしまった。以来、歩行者天国に行ってみたいと思うようになってきて、その希望が今目の前に現れたのだ。誰だってこのチャンスを生かしたいに決まってる。

 あと、ただ単に、「銀座」という名前もオシャレでカッコいい感じがするから、という理由だった。


『い~よ~! 何が楽しみなの?』

【歩行者天国】

『あ~、あれね~。歩行者天国、十月から三月までは、十二時から午後五時までだって』

【マジか~。じゃあ夜に歩行者天国に行くのは無理なのか~】


 日程を聞いて、しょぼん、とうな垂れてしまう。

「うぅ、ホコ天……ホコ天……」

 杏梨が少しばかり落ち込んでいると、海翔が「ホコ天がどうした」と冷めた声で聞いてきた。

「兄ちゃんには関係ないでしょ、勉強してなよ」

「はいはい」

 何のことやら、と海翔は鼻で笑いながら椅子に座って、参考書を開いた。


『でもその前に行けばいいじゃん。そうだ、杏梨のスマホで、集合写真Inホコ天撮ろうよ!』

【え、超奇遇! 私も写真撮ろうかなって考えてたの】

『おー、じゃあ決定ね! 皆にも伝えとく! 絶対スマホ持っていってね?』

【いいよ】


 かくして、杏梨のスマホは銀座行きになったのだ。

(歩行者天国超楽しみだなぁ。……あれ、ちょっと待って、皆電車のこと知ってるのかな……)

 杏梨は、気になったことを尋ねてみた。


【ねぇ、皆って、銀座までどうやって行くのか知ってるのかな】

『あっ。そうだったねぇ。確かにどうやって行くんだろう』

【誰かがネットで検索してコピーすれば良いんじゃない?】

 

 杏梨の案に、友実の「それ、名案!」というスタンプが送られてきた。


『じゃあ、私、コピーするね! お母さんに頼んでくる!』

【ありがとうございますっ、友実様!】

『皆にも伝えといてね!』

【マジ天使! ありがとうございます!】


 こうして、杏梨の銀座行きは決定したのである。

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