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ナイト・チルドレン  作者: けふまろ
東風谷の初恋の少女
24/40

初恋の人は。

(え? 今、何て?)

 杏梨はしばし、驚きを隠せなかった。

 篠塚彩子。彼女の名前はそうだという。

 白い陶磁器のような肌に、たれ目の丸い瞳。全体的に細い体に、彼女が口を開くと、歯並びの良い白い歯が見える。

「久しぶりだねぇ東風谷! そっちの子は……彼女さん?」

「ばっ、ばっか!」

 久しぶりに会ったという彼女に、東風谷はいくらか興奮している。杏梨はそれが面白くなかったのか、きっぱり「違います!」と叫ぶ。

「じゃあ、お友達かぁ。よかったね東風谷、お友達!」

 彩子が笑いながら東風谷の頭を撫でる。東風谷の頬がぼんっと赤くなる。

(で、出た! 小悪魔御用達、頭ぽんぽん! まさかこの人、小悪魔か? 小悪魔の可愛さに、東風谷はメロメロだったってこと!?)

 天使のような外見とは裏腹に、女というものは底が深いものである。と、杏梨はどこかの小説で学んだ。彩子は、今にも消えてしまいそうなほど儚い雰囲気を纏っている。ふんわりと優しげに微笑む彩子のことを、杏梨は憎む気にはなれない。

「……篠塚も、元気そうでよかった」

 東風谷は、寂しそうに答える。彩子は一瞬キョトンとしたが、すぐに満面の笑みを作った。天使のような、ふんわりと、儚い、そんな笑顔。

「当ったり前でしょ!? 中学上がってから一度も病気になったことがないのだけが、ウチの取り柄なんだよ!」

「なるほど、馬鹿は風邪を引かないと……」

「もーっ、東風谷ったら! 毎日人を、馬鹿にして! そういうところ、五年生の頃から、全然変わってないじゃないの!」

 彼女は不貞腐れながら言う。そんな彼女を、東風谷は微笑みながら見つめている。

 二人の間に発生している暖かな空気に入れない、と悟った杏梨は、鬼ごっこの方に集中するように努めた。

 杏梨は早速、大きな木の裏に数人が隠れているのを見付けた。

「あっ、見付けた!」

 杏梨は走っていく。すると、大きな木の裏に隠れていた、里桜と透、友実が三方向に散った。

「きゃーっ、杏梨が追いかけてくる!」

「鬼だ、悪だ、逃げなければーっ」

「もーっ、何言ってんの里桜ちゃん!」

 天然ゆえの里桜の言葉に、杏梨は微笑みながら、追いかける。

 そんな中、何故か透だけが、彩子を見つめていた。

「……姉ちゃん」

「えっ」

 ピタッと止まる杏梨。

(嘘、誰が、透君のお姉ちゃんだって?)

 まさか。

(もしかして……篠塚彩子さん? 苗字は同じだけど……でも……)

 杏梨は、その可能性を否定したかった。東風谷の初恋の人の弟が杏梨の友達だっただなんて、そんなの、壊れてしまいそうでならない。

「……姉ちゃん!」

 透が叫ぶ。

 弾かれたように、彩子が透の方を向く。先ほどの天使のような笑顔は、一瞬の間に消え去っていた。

(何? この気まずい空気)

 杏梨には、この空気がどうも居心地悪い。と、思えてならない。


「なぁ、何で俺を捨てたんだよ。何で俺達家族は、離れなきゃいけなかったんだよ!?」

 いきなり透は、その場から東風谷の隣で立っている彩子に呼びかけた。透の顔にある、どこか勝ち誇ったような笑みには、誰も気付かなかった。

 彩子は、天使のような微笑みから一気に暗い表情になり、俯く。

(家族を捨てたって……どういうこと? まさか、彩子さん、家出したの?)

 じゃあ、先ほど彩子と一緒に歩いていた男性は、何だというのか。杏梨は不思議に思っていた。

「おかげで俺は、お父さんと暮らさなきゃいけない。お父さんはギャンブルにハマりっぱなしで、どうしていいか分かんないんだよ! お父さんが当てた大金、今は厳重に銀行に保管してあるけど、ギャンブルにハマる時とハマらない時の差が激しいんだ。だからいつ銀行に手を出すか、全然分かんない。ねぇ、姉ちゃん、俺、どうやって生きろって言うんだよ! どうやって学校生活歩んでいかなきゃいけないんだよ!」

 段々、透の顔からは、勝ち誇ったような笑みは消えていき、代わりに絶望の色が支配し始めた。涙さえも出てきて、透の瞳は、潤んでいる。

「ねぇ、透。お姉ちゃんは決して、家族を捨てたわけじゃないんだよ」

「じゃあ、何で俺はこんな辛い思いをしなくちゃなんないんだよ、おかしいだろ? 姉ちゃん、姉ちゃんだって、俺のこと、本当は放っておきたくてしょうがなかったんじゃないのか!?」

「透!」

 彩子も、段々泣き出しそうになっている。

 杏梨達の周りに、鬼ごっこをしている人達が集まってくる。杏梨と東風谷が中々追いかけてこなかったのを心配したのだろう。

 当の杏梨は、「鬼ごっこをしていたら急に訳分からん家族ドラマに巻き込まれた」的な状況で、ただ姉弟だという二人を見つめるしかなかった。

 東風谷は、ただ、二人をジッと見つめている。初恋の少女に、もしかしたら重大なドラマが隠されているのかもしれないのだ。

「ねぇ、どうしたの? 透」

「透君?」

 心配そうに、咲希が透の肩に手を置く。続いて、杏梨も透を見つめる。いつもの透は、明るくて朗らかなそんな可愛らしい後輩だったのに、今は姉を前に豹変している。

「姉ちゃん、俺、ずっと我慢してきたんだよ!?」

「……もう、もう、分かったから!」


 突然、彩子は泣き出した。

 杏梨達は、いきなり泣き出す天使のような先輩を前に、ただ佇むしかなかった。

 先に動いたのは、東風谷だ。

「大丈夫か、篠塚」

 彩子は、「うん、うん」と涙をポロポロ流しながら頷く。東風谷は彩子の背中を撫でる。

 途端に杏梨の胸は、ちくちく、と痛み始めた。

(……あれ? 私今、彩子さんに、ヤキモチ焼いた……?)

 無論、こういう風にヤキモチを焼くのが、片想い中の女子としては当然のことなのかもしれないが、杏梨は、何故かこういう気持ちが、不思議でしょうがなかった。

「……なぁ、篠塚、もうちょっと落ち着いてから話そうぜ、な?」

 何故か東風谷に話が進められている、と友実が呟く。だが杏梨はそれに噴き出す暇もなく、ただ姉弟と東風谷の……特に彩子と東風谷の行く末を見守っていくしかなかった。

「……そうだな……。篠塚が落ち着く時間帯っていつだ?」

「……夜」

「そっか、夜か。うん、そんときに話そうよ。な、いいだろ?」

「……うん」

 彩子と東風谷は、まるでカップルのように会話を進めていく。途端にこの周りにいる杏梨の後輩達は、顔を潜め合う。そばに東風谷に片想いをしている杏梨がいるというのに、自分の初恋の人に、杏梨以上に優しくする東風谷を、見ていられなかったのだ。

「じゃあ、皆、今日の夜、もう一度、ここ集合ってことで、いいか?」

「おう」

 皆が、気まずそうな顔をして頷く。杏梨も頷いた。

 だが、杏梨は、後輩達が顔を潜め合ったことを知らず、ただ、訳の分からないこの嫉妬の気持ちと、戦うしかなかった。


(あれ……?)

 そこで杏梨は、一瞬、不思議に思った。

(さっきの男の人って、まさか……?)

 公園前で立ちすくむ男。杏梨だけが、男を見つめる。

 そして、杏梨と男は、目が合う。男が杏梨を見て一瞬ニヤッと笑ったかのように見えて、杏梨は慌てて目を逸らした。

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