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ナイト・チルドレン  作者: けふまろ
杏梨達、銀座へ行く。
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親への交渉1

「なわけなんですっ、お願いします!」

 夜の散歩から帰宅した後、杏梨は猛スピードで母親の元へ駆け寄った。

 杏梨は、土下座の勢いで、親に頼みごとをしていた。

 例の、後輩女子に誘われた夜遊びの件だ。

 杏梨は、多分、「んなものは駄目ですっ!」と言うだろうな、親は。と、お願いした時から思っていた。

 杏梨は、少しもの希望をと、「夜遊び」を「夜遊(よるあそ)び」と発音している。「夜遊び」を「よあそび」と言ってしまうと、いくらか親に不安感を与えてしまうからだ。

 だが、親がたかだか「夜遊び」の発音を変えたぐらいで、了承してくれるわけがない。


「んなものは駄目ですっ!」

 予想どおりの台詞を、予想どおりそっくりそのまま言われてしまい、杏梨は「ふふっ」と笑みをこぼした。

「え~何で~」

 その笑いを一瞬で消し、杏梨は「おねだりモード」に入っていた。

「何でじゃありません。お兄ちゃんを見習いなさい。高校三年生なのに、夜に出掛けることなんて小さい頃から一回もなかったわ。……それだけお父さんお母さんを安心させてるのに、杏梨ったらもうこの歳からそんなことを言い始めるの?」

 母親というものは、何故こうも良い子を「偉い偉い」とヨイショするのだろうか。杏梨は、そのことに不満を覚えながら、「でも~」と反論を述べ立てた。

「絶対安心だよ~、友達何人もいるし、そもそも夜の街じゃなくて友達の家でお泊まり会かも知れないじゃん? それにウチだけ行かないと、ノリ悪いって思われるじゃん」

 杏梨は、本心をぶちまけた。子供っていうものは、ノリが悪いと思われるのを、嫌うということだ。

 すると、母親は「はぁ?」と声を荒らげた。

「人に無理に合わせようとしないの。よそはよそ。うちはうちでしょ? 杏梨が夜のことが好きなのは何となく分かるけど、親としては、そんな危険いっぱいの大人の世界に、杏梨を紹介することは出来ないの。車に轢かれることが本当に多いのよ」

 

 杏梨は、心の中で、(はぁ?)と悪態をついた。

(大人の世界って何よ。危険いっぱいの大人の世界? そんなこと言われたら、誰だって行きたくなるじゃん。っていうか何で兄ちゃんを見習わないといけないの? そんなに真面目な兄ちゃんが好き?)

 母親は、子供の無邪気な好奇心というものは、時に余計なことまでも知りたがる、とでも言いそうな目をしている。あぁそうだ。余計なことまで知りたがって、何が悪い。

「ホント、子供って余計なことまで知りたがるわね」

「……マジで言った」

 またしても思った言葉を口に出されてしまう。偶然とは言えないような感覚だ。杏梨はボソッと呟いた。


「……でも、無理なものは無理。諦めなさい」

「……え~、何でよ~何で~? お泊まり会かもしれないじゃん、車が通らないかもしれないじゃん」

 杏梨は、まだしつこくねだる。夜も友実達も大好きだが、何しろ東風谷が好きだ。東風谷が来るから、無理と言われても諦めきれない。東風谷へのちょっとした執着心が芽生えていることに、杏梨はまだ気付いていない。

「っていうか、何でそんなに行きたがるわけ? 私が今度連れてってあげることも出来るのに」

「うっ」

 母親は、怒りから一転、不思議そうな顔で私に尋ねてきた。

 母親も、「飯倉友実」という後輩の友達がいることは知っている。……でも私が東風谷風真を好き、ということは知りもしないだろう。

 だから、そのことについて、言いようがなかった。

「う~……。でも、お願いします! どうしてもっ、どうしても友達と行きたいんです! ねぇねぇ、夜の空気の美味しさって知ってる!? 夜の涼しさって知ってる? ねぇねぇ、夜の月の綺麗さって知っ……」


「うるさいわねっ! スマホ取り上げるわよ!?」

 

 母親は、目を見開いて、大声で叫んだ。

 ビクッと肩を揺らしてから、「……はぁい」としぶしぶ頷く杏梨。

 スマホが取られたら、杏梨の今までのLINEのやり取りが見られてしまう。親への不満や東風谷への想いが母親に全て垂れ流しである。

 それに恐怖を感じ、杏梨はしぶしぶ頷いたのだ。


「分かったわね? そういうことなのよ。……はい、お風呂入りなさい」

「は~い。……って、えっ? ちょっと待って、この話、今ので終わり!?」

「終わりに決まってんでしょ、入ってらっしゃい」

 杏梨をお風呂へ促す母親。酷いにも限度というものがある。

 これが小学生を持つ親ってもんなの? と杏梨はお風呂の中で不満を漏らした。


 ◆◇


「兄ちゃん、お風呂入り終わったから、入ってどうぞ~」

 杏梨は、パジャマ姿で部屋の中へ入った。

 兄である海翔と共同で使っている部屋のドアを開けると、兄が、しかめっ面で、私を睨みつけた。

「……な、何よ、兄ちゃん」

「さっきの母さんの叫び声でシャーペンの芯折った」

(はぁ? そんなことで怒るの?)

 杏梨は、兄の短気さにため息をついた。

「はいはい、それと、何か怒ってることあるの?」

「あるある、大アリさ」

 兄は、しかめっ面を保ったまま、杏梨のベッドの上にあるケースに保管されているスマホを指差して言った。

「それ、さっきからブーブーブーブーうっさい。ちゃんとお風呂入ってきますってLINEで宣言しろよ。勉強の邪魔だよ」

「えっマジで!?」

 もしかして友実から何か来ているのかもしれない。

 兄の説教をガン無視してスマホを取り出した。

 迷わずLINEを開くと、そこにはメッセージがあった。


『杏梨ー、どうだったー?』

『東風谷、来てくれるなら嬉しいって言ってたよ~』

『ちょっとー、何で無視するのよ~』

『杏梨、もしかして食事とかお風呂?』

『厳しいっすね~、私もおんなじだけど』


 おぉっ。

 めっちゃ来てる。

 杏梨は、返信ボタンをタップして、慣れない手付きで操作していく。


【ごめん~、お風呂入ってた~】

【親からはオッケー貰えなかった~】

【今からちょっと作戦考える~】


 すると、すぐに返信が来た。あらかじめ入力してあったんじゃないかと思うほど、素早い。


『そりゃあ簡単には貰えないよね~』

咲希(さき)里桜(りお)も言ってた』


 杏梨も返信し返す。


【そりゃあ貰えないに決まってるよ。親みんな子供のこと心配してるもん】

【ウチの親は大人の世界は危険ですって言ってた】

【何だよそれむしろ知りたいって思ったわ】

『それは言えてる』


 友実はスタンプを送ってきた。キャラクターがお腹を抱えて笑っているスタンプだ。


【ホント、どうしたら良いのかな~って。東風谷と一緒にいたいし】

『杏梨って東風谷好きだよね~』

『東風谷のどこが良いんだか』

【結構良いところいっぱいあるよ】

『あ、そういえば東風谷で思い出した!』


 友実が、いきなり流れをぶった切る。


『東風谷、めちゃくちゃ良い方法でOK貰えてたよ!』

【マジ? それ過保護の私の親でも使えそう?】


 杏梨は、小声で「おっ」と叫んだ。

 兄が、「何やってんだお前」と尋ねた。

 杏梨は、「秘密のやり取り~」とおどけた調子で答える。

 兄は、「そっか」と言いながら、何も話しかけてこなくなった。


『うん。っていうか東風谷の両親結構な過保護だしね。……それでもOK貰えたから、結構有効よ!』

【何々? ワクワク】

 

 杏梨は、待ち遠しくなる。


『私の家にお泊まり会ですって断言したのよ。根拠のない夜遊びでも、友達の家でお泊まりしながらトランプだったら安心でしょって』

【おぉぉぉぉっ、東風谷頭良い! 拍手拍手】

 

 男性が拍手しているスタンプを送る。流石、東風谷は中学生なだけある。

 

【じゃあ私もそれ使ってみまーす】

【東風谷に「ありがとうございます」って言ってたって伝えておいてくれる?】

『OK』

 

 友実は、それっきり返信してこなくなった。

 それで決定出来ると安心したようだ。

 そこで、杏梨は、「全員が出席できるように」と友実にLINEを送った。


【ねぇ友実ちゃん】

【咲希ちゃんや里桜ちゃんにも、その方法が良いよって】

【伝えておいてくれる?】

【お願いします、私、二人の垢知らないんだよね~】

【だから宜しく~】


 それを思いっきり続けて送る。

 案の定、既読はつかなかった。


「よしっ!」

 杏梨は立ち上がって、部屋のドアを開けた。

 兄は、杏梨に目を向けない。勉強に集中しているみたいだ。

(それにしても、兄ちゃんって馬鹿だなぁ)

 杏梨は、勉強に集中する兄を見て、鼻で笑う。

(私のような遊び盛りな時期に、親の言いつけを守るばっかなんて。そんなに真面目じゃ、子供の時はさも退屈だったろうに)

 杏梨は、兄の子供時代を知らない。杏梨と同い年の時も、こんな風に勉強していたのだろうか。

 杏梨が物心ついたときから、兄の海翔は、親に従っていた。「あれを買いなさい」「これをしなさい」と言われると、不満一つ漏らさずに、「はーい」と言ってそれに従う。

(そんなの、つまらなかっただろうな。たまには、お兄ちゃんもこんなはっちゃけていいのに。いっつも親の言うこと聞いて行動するなんて、ストレス溜まらないの?)

 自由奔放に生きるのがモットーの杏梨には、兄の行動がどうしても分からなかった。自分の意見を押し潰しているように思えてくるからだ。


 ねぇ、お兄ちゃん、本当にそれでいいの?


 突如として、杏梨の方に海翔が振り向いた。杏梨は、何のことか分からずに、兄を怪訝そうな顔で見つめた。

 五秒後くらいに、杏梨はハッとした。もしかして今、思ってたことを口走っちゃったんじゃないか?

 慌てて口をつぐむと、海翔は「何が?」と首を捻った。

 誤魔化すことはないのかも、と杏梨は感じた。海翔はちょっと短気だけど、基本的には優しい性格だ。正直に言ってしまってもいいかもしれない。

 杏梨は、つぐんでいた口を開けた。


「いやぁ、お兄ちゃん、いっつもお父さんとお母さんに従ってるじゃん? そんなの楽しい? 私みたいにお母さん、友達と夜遊びしたいですって言うようなことしなくていいの? って思って」


 海翔はしばらく、杏梨の方を見つめていた。訳が分からない、とでも言うように。

「……そんなこと言うもんじゃないよ。家族が俺を育ててくれてるのに、そんなことを?」

 海翔は腕を組んで、ため息をついた。杏梨は、顔をしかめた。

 家族にばっか従って、何が良い。たまには自由奔放にはしゃぎまわってみたいと思わないのか。

 同じ兄妹なのにこうも性格が違うと、「本当に兄妹なのか」と怪しくなってくる。


「兄ちゃん、いつか、自分で考えること、放棄しちゃうかもよ?」


 杏梨の言葉に、海翔は目を見開いた。

 数秒杏梨をジッと見つめ、それからコンマ数秒で目を逸らした。

 何があったのだろう、杏梨は海翔をチラッと見やった。

 海翔は、「……言われた……」とボソボソ呟いている。

(言われたって、何がよ)

 杏梨は、「兄ちゃん、風呂入ってきなよ」と言いながら、母親の方へ向かった。

 リベンジだ。リベンジ。

 恋愛要素は ないです。多分。

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