東風谷の思い出話。
「ハンバーグ美味しかったね~」
「東風谷、今日を計画してたのかもしれないね? 椿の香りのシャンプーあったよ」
「うっせ、黙っとけ」
東風谷の部屋に、杏梨、東風谷、友実、咲希、里桜、祐真、雅弥、雅樹が集まる。
「椿の香りのシャンプーね。私も使ってるなぁ」
里桜が髪を触りながら言う。流石女子、使ってるシャンプーもひどく女子力が滲み出ている。
「あ、そう言えばさ、杏梨が告白したっていう卒業式って、どんな感じだったの?」
友実が突然と言った様子で聞き出す。
「うおぁっ」
(と、友実ちゃん……。それは、ちょっとばかり黒歴史でありまして……)
杏梨が見事にくずおれる。東風谷はニヤッと笑って、「聞く~?」と友実に尋ねた。
「聞きたい~」
友実の返答に、東風谷は身を乗り出し、語り始める。
「ちょっと待って~! 待って東風谷、喋らないで!」
「じゃあ、話してやるよ。彼女が俺に告白してきたときのことを、事細かに……」
「うわあぁぁぁぁ~!」
◆◇
「なぁ東風谷、ひかりに告白しないのか?」
「お前、ブッ殺すぞ」
東風谷風真の隣に座っている男子が、東風谷に耳打ちする。東風谷は睨みつけると、ふっと海藤ひかりに視線を向けた。
卒業式だからなのか、編みこみをバレッタで留めたひかりは、後ろの席の女子と仲良さげに話している。そこで東風谷は、彼女にちらちらと視線を送る男子がいるのを見付けた。
(あいつ、海藤に告白するのか。……確か海藤は受験するから……だから告白するのか)
なるほど、と頷く東風谷。
六年二組の教室。慣れ親しんだこの校舎とも、もうお別れをしないといけないだなんて。
「せめて……思い出を作りたかったな……」
ぽつりと呟くと、「何言ってんだよ!」と隣から声が飛ぶ。
「俺とお前が仲良くなれたこと、それが思い出だろーっ!?」
「ま、まぁね……」
東風谷は苦笑いしながら、「そう言えばさ」と提案した。
「二学期の終わりぐらいに、俺が怪我させた女子いるじゃん?」
「あぁ、いるな」
「そいつ、結構気合いいれてお洒落してるって噂。何でも、劇的ビフォーアフターだって、五年が言ってた」
「マジで? 卒業式あるある、気合いいれてお洒落?」
不謹慎な話の始まり方だが、東風谷達はあっという間に盛り上がった。
(ホント、岡崎杏梨って不思議な奴だよな……)
途端に、握手した時の感覚が蘇ってくる。
白く細い指を持った手。東風谷の手が汗ばんでいるだけなのか、それともただ単に杏梨の体温のせいなのか、ほんのり冷たかったのだ。
(何て言うか、天然系正義のヒーロー? 馬鹿みてぇ。でも、あいつも、告白するのかなぁ)
卒業式あるあるその二。告白する奴が必ず一人はいる。
杏梨もそのうちの一人なのかもしれない。
(あんな正義感の強い女子が告白したいだなんて不思議な話だけど。……でもなーんか気になるなぁ。怪我させちゃったからかな~)
椅子をがたがたと揺らしながら立ち上がると、「皆さん」と号令がかかった。
「今から胸花係が、六年二組に来ますからね。ちゃんとしていてくださいよ」
一年生のように「はーい」と揃うわけもなく、「はーい」があちこちでまばらに聞こえる。
「……本当に、今この教室にいるときが、最後です。もう時間は残りわずかです。六年間学んできたこの学校が、貴方達にとって、思い出の場所となりますように、願っています。
さて、ここで誰か、何か言いたい人はいますか~?」
「はいはーい! 俺言いたい~!」
先生の問いかけに、東風谷の隣の男子が立ち上がる。
「はい、武藤君」
先生が男子を指すと、男子は意気揚々と前に出る。
「皆、今日まで俺はマジで楽しかった。もちろん喧嘩もあったし、運動会では何度も課題にぶち当たった。その後に、俺は玉砕を繰り返し、そして今この瞬間を掴み取った。皆も、ずっとぶち破って玉砕して、未来を掴み取ってほしい。……はい、終わり! 武藤様の超絶正論タイム終了! 他やりたい奴は!?」
途端に六年二組は大爆笑に包まれる。そして、次に手を上げたのは、ひかりだった。
「はい、私言いたいです」
「はい、では海藤さん」
ひかりは立ち上がり、教卓に向かう。東風谷は、ひかりの顔にぎょっとした。
(嘘、メイク!?)
何とひかりはメイクをしていたのだ。睫毛は長く、目の上はキラキラと輝いている。頬はほんのりピンク色、唇は赤、桃の香りが漂っている。
「皆さん、六年間本当にお疲れさまでした。……私は、とっても楽しかったです。中学校に向けて、皆さんゆっくり羽を休めてください。私達は、これまで多くのことを経験してきました。辛かったことも、苦しかったこともあったけれど、皆はそれを乗り越えることが出来ました。沢山の人達に支えられて、ここにいることを、私は今、誇りに思います。だから、皆も、今ここにいられることを、誇りに思ってください!」
(けっ。よく言うよ、俺のことチビガリだなんて言ったくせに、もっともなことを言った気で。……あーでも、海藤もそう思ったんだよな)
東風谷は考え改め、「はい」と手を上げた。
卒業式本番は、あっという間に終わった。
東風谷としては、やはりこの学校が名残惜しい。
まだしたいことは沢山あったのだ。六年という時は非情で、いつしか記録でしか残されることがなくなってしまう。確かに六年二組、十二番の東風谷風真はいたはずなのに、四月からは全く違う人の机がこの場所に居座ることになる。
せめて何か形だけでも残しておきたいのに、残しておいたら怒られる。それはちょっと酷くないか。
見送りの時は、やはり告白する人が何人もいるのだろう。特に海藤はモテていたから。
(にしても、杏梨って誰に告白するんだろうな)
五年の噂通り、杏梨は確かに気合いを入れていた。下手すれば海藤と肩を並べるくらい、お洒落に力を入れていただろう。
セミロングには編みこみが入っており、至る所がカラフルなアメピンで留められている。服は白いブラウスにクリーム色のベスト、グレーのスカートだった。
(あいつの性格は知らないけど……。それでも、あいつに告白される奴、って結構すげぇかもしれねぇな)
「いた~あの男子!」
「えっホント香帆ちゃん。ちょ、ちょっと待っててね?」
(んっ? 今どっかで聞いた声が聞こえた気がするな~)
まさかと思いつつ東風谷は振り返る。
振り向くと、そこに杏梨と杏梨の親友、香帆が立っていた。
「あっ、ちょっと東風谷さん!」
安藤香帆が、東風谷に呼び掛ける。その隣には、劇的ビフォーアフター並みにお洒落になった杏梨が立っていた。
「はい、何でしょうか」
(この期に及んで俺に物申すって言うのか?)
涙の卒業式に鬱にさせてくれるなぁと思いつつも、東風谷は満面の笑みを貼り付けながら答えた。
「杏梨が貴方に、話したいことがあるようなんですけど……」
香帆が東風谷から視線を逸らさず言うと、杏梨は急に慌てふためき始めた。
「いやっ、香帆ちゃん、私は決してお話だなんて……」
「何言ってんの杏梨! 今話さなきゃ、いつ話すって言うのよ!」
「それは……」
二人だけで話し始める女子に、東風谷は置いてけぼりになってしまう。
(はー、マジ? これって怪我させちゃったこと覚えてろよ的な展開? それか、もしかして……)
東風谷の脳内に「告白」の二文字が躍る。すると一気にハイテンションになりかけた。
東風谷は期待に胸を躍らせ、少しだけ気取った口調で言った。
「俺、校舎を見て回りたいから、手短に済ませてくれない?」
「……だってさ杏梨」
「いや、だから香帆ちゃん、私は……」
「行ってきちゃいなって。もうマジで時間がないよ?」
告白の確率が一気に上がってきて、東風谷の心臓はパニック寸前だった。
「うん、早くして?」
わざと苛立ちを見せ始める。もうクラスメートの数人が記念写真を撮って帰ろうとしているところが見えていた。
「わ、分かりましたぁ!」
その声に反応し、杏梨が東風谷に走り寄った。スカートがひらひらと揺れている。レギンスを履いているから大丈夫、的な感じだ。
そして、東風谷の前に立ちはだかり、しばらく視線を泳がせてから、やがて東風谷と視線を合わせると、大きな声で言った。
「東風谷さん、ご卒業、おめでとうございます!」
「えっ、あっ……」
(嘘、告白でも、物申し系でもなかったわけ?)
後輩にお見送りされて嬉しくない人なんて、多分いないだろう。でも何だこの、期待外れ感。
杏梨は恐らく誰かに告白したかったのだろう。
(でもその相手は俺じゃない……当たり前なんだけど、何だこのモヤモヤは……。これが卒業生の気持ちってもんなのか?)
「でっ、では……」
何故か焦った様子で、杏梨は香帆の手を引いて向こうへ去っていく。
(何だ~。告白って焦ったのに、俺の焦り返せ! って、俺自意識過剰じゃん)
笑い飛ばしながら、東風谷は校門へ向かって足を速めた。
「あっ、いた風真!」
スマホを持った祐真が、東風谷を呼びながら走ってくる。父親がにっこりと微笑みながら、「おぅ、今の可愛い子誰だ?」と尋ねてきた。
「と、友達……」
「へぇ。告白されたんじゃなかったんだ? 何か告白っぽい雰囲気だったけど」
「違うって、兄ちゃん」
「あ、そっか。お前にはひかりっていう可愛い子がいるんだっけ」
「ネタでもそれやめてくれる?」
海藤ひかりを殴り、更に無関係の五年生の少女にまで傷をつけたことは、家族中に響き渡った。それが離婚の原因の一つであるかもしれないことに、東風谷は薄々感じていたのだ。それの「ひかりが好き」という疑惑を、祐真はとことんいじり倒している。
「じゃ、校門前に立て。写真を撮るぜ」
父親は、兄弟二人を校門前へ促し、写真を撮った。
「分かった」
名残を惜しみながら、東風谷は「第四十七回 卒業式」という看板の前で写真を撮った。
これほど寂しい思いは、したことがなかったかもしれない。これほどまでに身近なことだとは、想像もしなかった。
「あっ、兄ちゃん、お父さん、先に帰ってくれる? 俺ちょっと校舎周るわ」
(もしかしたら、また杏梨に声を掛けられるかもしれないから、残る……って、言えるわけねぇよな)
本音を隠しながら、東風谷は昇降口に向かって走っていく。
二人が温かい目で東風谷を見つめていることに、東風谷は気付かなかった。
「はぁ、ここにいられるのももう少しか……」
六年二組の教室には、誰もおらず、殺風景な場所に変わっていた。先ほどまでやれ告白だやれ黒板に落書きだと賑わっていた教室には、誰もいない。
「……中学に入ったら、俺どうなるんだろう……」
きっと、あまり上手くいかないだろう。中学の友情関係も、小学校より難しいと聞く。最高学年だからと高ぶっていた態度は直るだろうか。
「でもきっと、上手くいかないだろうな……」
声に出してしまうほど、未来は不安に変わりつつあった。
悲しいけれど、親は離婚した。学費に出してもらえるお金は、お小遣いをなくして賄ってもらっている。お金を何かに費やすことが出来ない。文房具や服などは買ってもらえるが、趣味的な物は買ってもらえないのが事実だ。
「あーあ。俺に支えてくれる人がいたらなぁ」
支えてくれる人がほしい。支えてくれる人がいたら、その人のために、生きようと思えるから。その支えてくれる人がいなくなってしまったら、本当に死んでしまうかもしれない。
(俺にとって、支えてくれる人って、誰なんだろう、一体……)
東風谷がそう思った、瞬間のことだった。
「東風谷さんっ!」
はち切れんばかりの声が、後ろから聞こえた。
(杏梨……?)
目を見開き、東風谷は振り向く。
杏梨以外に、人は誰もいない。安藤香帆もいなかった。
「どうし、たんですか……?」
一応、被害者と加害者の関係だ。また傷付けることを恐れて、東風谷は一歩下がって問う。
一方の杏梨は、先ほどと同じように、しばらく目を合わせてくれなかった。
一体何だと言うのだ。東風谷は期待しながらもイライラしてしまう。早く済ませてくれ、とまではいかなくても、もうちょっと学校を鑑賞していたいのだ。
「いきなり、ごめんなさいっ。
東風谷さん、貴方のことが好きです!」
(!!!!!)
東風谷の心臓が、どくんと跳ね上がる。
(……嘘。告白……?)
東風谷は、今まで告白された経験がない。だから、より心臓がドキドキしている。
それよりも、何故自分に怪我を負わせた人のことを好きになるのか。杏梨が理解できない。
「今まで、ありがとうございました! さっ、さようなら……っ!」
そう言って、杏梨は先ほどと同じように去っていった。
セミロングの髪が揺れ、アメピンが日の光に反射してキラキラ輝いている。スカートが翻った。
「…………」
杏梨は、東風谷を見もせずに、東風谷の視界から消えていってしまった。
卒業式あるあるその三。
告白は大抵後輩から先輩へ。
そして、大体成功するかしないか。
◆◇
「ってのが告白の場面かな~?」
「マジか!」
友実が半ば興奮気味に叫ぶ。
「支えてくれる人かぁ。いいねぇ、そういうの」
里桜がしみじみと言う。両片想いの彼女は、支えたいと思っているのだろう。
「……あれ? そう言えば杏梨は?」
咲希が杏梨のいた場所を見る。杏梨の姿が忽然と消えていた。
「えっ嘘あいつどこ行ったの?」
東風谷の話に熱中している合間に、消えていたのかもしれない。
雅弥が立ちあがり、東風谷の部屋のドアを開ける。すると、雅弥の口から「ひゃあ」と間抜けな声が漏れた。
「……杏梨さん……、包丁は駄目ですよ……」
東風谷の部屋の前には、黒歴史を晒された杏梨が、包丁を持って突っ立っていた。




