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ナイト・チルドレン  作者: けふまろ
杏梨達、東風谷家に泊まる。
14/40

東風谷達、男子会を開く。

「女子って女子会やってるっぽくない?」

 東風谷が、兄、祐真の部屋にある漫画を漁りながら、そんなことを言った。

「……やってる……っぽいですね」

「そうですね……」

 雅樹と雅弥の、敬語のそっけない返しに、東風谷は「何弱くなってんの?」と半ば怒り気味に返す。自分の発言にそっけない返しをされたから怒っているのだ。祐真は我が儘な弟を鼻で笑う。

「聞き耳立てるとさ~、聞こえてくるよ? あぁ、咲希は誰が好きなんだろう? 里桜は誰が好きなんだろう? やっぱり二人は知りたいよね~?」

 東風谷が壁に耳を押し当てて、声を上ずらせる。すると双子は、ほぼ同時に肩をぴくっと揺らした。

「風真、お前意外と気持ち悪い」

 祐真の言葉に、双子は胸を撫で下ろす。祐真が二人の本音を代弁したのだろう。

「……あ~あ。何か俺らも、女子会ならぬ、男子会やらない?」

「そうですね~」

「やっても面白いかもしれませんね」

 東風谷の提案に、雅弥と雅樹が乗る。祐真は乗り気ではないらしく、「下らなくないか?」と冷静な判断を投げかける。

「人の好きな人を知ってアドバイスをするのは良いことだと思うが、残念ながら風真は何にもしない。雅樹君と雅弥君は、風真のことを気にかけてくれるかもしれないが、二人とも、残念だ。風真は全く何にもしない。そう、何にも」

 突如、東風谷が祐真に向かって牙を剥く。

「っせー、何だと!? 最初っから俺に期待してませんみたいな言い方は!? 兄だからって言っていいことと悪いことがあるってもんでしょうが!」

「兄だから言えるんだよ」

 自信満々に言い放つ祐真。雅弥と雅樹が、東風谷を憐みの目で見つめる。

 そんな後輩二人に居たたまれなくなったのか、東風谷は兄を睨みつけるのをやめた。


「なわけで、俺、アドバイスするから。男子会しましょうぜ」

 大人しく祐真の椅子に座る東風谷。他の三人も乗り気になったのか、東風谷を取り囲んでいる。

「好きな人暴露大会とかか?」

 祐真が腕を組みながら尋ねると、「そうそう、そうです!」と東風谷はビシッと指を突き立てた。

「まずは好きな人を知り、仲を深めようと思いましてね」

「俺好きな人いないからパス」

 祐真が東風谷の説明の途中に冷ややかに言い放つ。

「ちょっと兄ちゃん、気になる子の一人や二人いるでしょ!」

「いやいたとしても二人はいねぇよ」

 腕を組む体勢を決して変えはしない。祐真は微動だにせず、ゆらゆらと揺れることもない。

「……何だよ、兄ちゃんノリ悪い」

「しょうがないだろ。元小学生と現役小学生でやってろ、男子会」

「なっ!?」

 東風谷が祐真に掴みかかろうとする。

「うわっ、落ち着いてください東風谷さん!」

 雅樹が東風谷を止める。雅弥は、あわあわと手足をばたつかせている。

「……やめろよみっともない」

「ゆ、祐真さん!」

 雅樹は、困ったような目を向ける。

「そんなことより、男子会始めたら? 俺は父さんの手伝いしてくる」

 祐真は立ち上がり、ドアを開けた。

「兄ちゃん、ホント自分勝手すぎる」

 お前が言うかと双子は思ったが、それは口に出さないのがお約束。

「……よし、それはおいておいて……。男子会始めよっか」


「……あれ? 東風谷さんは好きな人いないんですか?」

「ん? あぁ、いないよ」

 東風谷は、兄の机の引き出しに入っていたポテトチップスの袋を開けながら、雅弥の問いに答えた。

「え、何でですか? 杏梨さんは?」

 雅樹は、たまらず尋ねる。

「杏梨は……まぁ、告白してくれた存在ではあるから信用はしているけど……」

「でも、好きではないって言う?」

 雅樹は、納得いかないという様子で尋ねる。

 雅弥と雅樹は、杏梨が東風谷のことで一喜一憂する様子を、今年の春から今までにかけ、見ている。そして、東風谷を何かといじりながらも、しっかり東風谷のことを見ていた。

 当の東風谷には伝わりもしないだろう。何故なら、告白した止まりだったから。だが、その風景を見てきた者には、実に後味の悪い展開だった。

 杏梨の恋模様を見ている二人は、杏梨がどんな思いをし、苦しいことを受け止めて、東風谷を見ていたか。それがありありと分かってしまう故、東風谷の何でもないような発言に、自分のことでもないのに深く突き刺さったのだ。

「あ~でも、結構良い奴だっていうことは、去年の冬休みぐらいに分かったかな?」


 そして、東風谷は唐突に、思い出話を語り始めた。


 ◆◇


 ほんの少し前のこと。東風谷が一時期、海藤ひかりを好きだという噂が流れたのだ。

 そこで、東風谷は杏梨と出会った。


 あのとき東風谷は、親を失ったショックで、半ばボーっとした状態だった。それなのに、クラスメートに「お前、誰が好き? 海藤? 海藤?」と投げかけられたのだ。

 東風谷は、話の内容を聞いておらず、ただ頷いた。

 それがいけなかったのだ。途端にクラスはお祭り騒ぎ。気付いた時にはもう海藤ひかりに届いていたのだ。

 そして、ひかりは、こう言った。

「好きなわけないじゃん、あんなチビガリのことなんか。ってか、私のこと好きとか、マジ気持ち悪いんですけど。お母さんに教育されなかったのかな~? まっさか、お母さんいないの~? って、んなわけないか~、でもチビガリ、意外とそんな感じするな~? あ、まぁ~、チビガリのお母さんも随分まともじゃない気がするな~。ね~チビガリ?」

 ぶちん。

 東風谷の頭の中で、何かがちぎれた。

 次の瞬間、東風谷は海藤ひかりに向かって、ハサミを投げつけた。

「こっちだって、お前なんか好きになるわけねぇじゃん、ばっかじゃねぇの?」

 男子の中から、「お前好きだって言ってたじゃねぇかよ!」だの「嘘はいけませんよ~? 東風谷君~?」だのと声が上がる。

 だが、東風谷は気にしなかった。

 今まで隠し通していた、母親のいない生活に触れられた。感づかれたことより、離婚する前の、優しい母親を貶された。そのことが、悔しかった。

(大切な、大切なお母さんだったのに!)

 ハサミを投げつけた途端に、女子は大絶叫。男子は何故かはやし立て、朝の六年一組は、動物園と化していた。

「最低風真!」

「ひかりに何してんの!?」

「死ねこのクズ!」

 沢山の女子から非難を浴びせられる東風谷。一つだけとんでもなく傷をえぐるような言葉があったが、東風谷はどれにも傷つかず、ただひかりだけを見つめていた。

(たった一つの誤解で、俺のお母さんを貶す必要なくない?)

「何してんの? チビガリ。私傷付けて怪我させたら、あんたのキチガイ母さん、一生社会に出れなくなっちゃうよ?」

 ぶちん。

 また、東風谷の頭の中で、何かが切れる。

「うああああああぁぁぁぁっ!」

 東風谷は、誰かの机の上に置いてあったカッターを持って、刃をキリキリと出した。

「きゃあああああぁぁぁぁぁ!?」

 

 今度は、男子ははやし立てなかった。むしろ、「東風谷、何してんだよ!」「止めろよ、マジ海藤死ぬぞ!?」と止める声が上がる。

「お前なんかにっ、お前なんかに、お母さんの何が分かるって言うんだ!」

 ズキズキと、ひかりの言動に心がえぐられる音がする。

 それがどうしても痛くて。

 ひかりは目を見開き、廊下へ逃げ出した。

 東風谷はそれを追う。続いて、六年一組の男子が、後をつける。

「……おいっ、東風谷!」

「東風谷、お前何してんだよ!」

 男子の一人が、東風谷の手から、刃の出たカッターをむしり取った。からんからん、と音を立てて、カッターが廊下に転がる。

 ひかりは、五年二組の教室前の廊下で立ち止まり、後ろを振り返った。

 そして、カッターのなくなった東風谷の右手を見て、ほっとしたような表情になる。

(俺は何も悪いことしてないのに……何なんだよこの状況)

 途端に、何もかも面倒くさくなった。何だこいつら。俺がひかりに復讐しようとしているのに、と頭の中を駆け巡る。

「うるせぇんだよっ!」

 東風谷は、止めた男子の手を振り払い、気を緩めたひかりを殴った。

 鼻を強打したひかりは、廊下に座り込んだ。鼻血がどくどくと溢れ出し、東風谷の胸に「罪悪感」という感情が滲み出る。

 東風谷もまた気が緩んだ隙に、男子が東風谷を取り押さえる。いつの間にか、五年二組から野次馬があふれ出ている。

 その中に杏梨もいたが、まだ東風谷は気にも留めていない。これから数分後、気に留めることになるのだが。


「うるせぇんだよ、だって、だってこいつ……」

(ひかりがしたことは、俺が絶対許せない。何で、こんな奴に俺のお母さんを否定されなきゃならねーんだよ)

 必死でもがく東風谷。止めようとする男子の顔が、赤く染まっていく。そろそろ限界なのだろう。

「いいだろっ、ひかりは何も悪くねぇじゃん」

「お前、ひかりが好きなんだろ? だから庇うんだろ? どっからどう見てもひかりが悪いんじゃん、目がどうかしてんだよ!」

 東風谷は目を血走らせながら叫ぶ。行く末を見守る野次馬にまた苛立ち、ボーっとした表情のひかりにまた苛立ち、東風谷は叫んだ。


「……お前なんて、お前なんて死んじゃえばいいんだ!」

 

 そう叫んで、そばにかかっていた画鋲をむしり取る。五年二組前に飾られている、「募金箱」の画鋲だ。

「嘘だろ、お前、ひかりに何しようとしてんの……?」

 男子が戸惑った瞬間に、東風谷はひかりに向かってダッシュした。

「きゃああああっっっ!!」

 野次馬の女子が叫ぶと同時に、東風谷はひかりに向かって殴りかかる。


 そのとき、少女が目の前に現れ、東風谷の振り上げた腕を掴んだ。

 卵型の小さな顔、セミロング。そんな少女が、東風谷を精一杯睨みつけ、東風谷の腕を掴んでいる。

 東風谷は目を見開く。

(は? 誰こいつ、ひかりの知り合い?)

 止められたことに苛立ちを隠しきれない東風谷。誰にも聞こえないように、きりりと歯ぎしりをする。

「……あ、ありがとうございます」

 ひかりが戸惑ったようなお礼の声を上げた。続いて野次馬から、「やべぇ、杏梨マジ勇者じゃん」「カッコつけたいだけだろぉ? 良い五年アピールぅ?」と声が上がる。

(ひかりが敬語……? じゃあ、この後輩、ひかりの知り合いじゃないの? じゃあ、誰だよ?)

「……お前、誰だよ!」

 東風谷は叫び、少女の手を振り払う。

「ひっ?」

 少女が叫んだ瞬間、東風谷は自分のやってしまった行いを理解した。

 少女が服の袖をまくる。

 そこに、一本の赤い線があった。


 ◆◇


「っていうのが、俺と杏梨の出会い」

「うわっ、マジですか?」

「結構闇が深いですね。それで好きになる杏梨さんも杏梨さんというか……」


 東風谷と双子は、笑いながら男子会を続ける。

 東風谷の父親が、夕飯の出来上がりを知らせるまで、東風谷達の男子会は続いた。

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