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ナイト・チルドレン  作者: けふまろ
杏梨達、東風谷家に泊まる。
10/40

上原家の家庭事情とお泊まりの計画。

 今回は金曜投稿の約束を間違えて、月曜投稿してしまいました。

 今週の金曜日の投稿はないものとしてご判断願います。

 運動会が終わって間もない頃。

 運動会の白組優勝に貢献できた、とはしゃいでいた杏梨のスマホに、一本の電話がかかってきた。

 電話主は友実。「友実ちゃん」と杏梨は登録しているが、友実自身は「あんちゃん」と登録している。


「もしもし?」

『もしもし~、あんちゃ……杏梨~?』

「あんちゃって何よ」


 早速舌打ちをする杏梨に、『それよりもさ』と友実は話題転換する。


『実はですね、おほん』

「勿体ぶってないで早く言ってよ」

『いや、今のはマジもんの咳だから』

「嘘つけ。おほんって何よ、おほんって。おっさんかよ」

 

 杏梨はすかさずツッコミを入れる。


『いえ。実は上原双子の家に特別に入れることになりましてね』

「おぉ。そりゃあ良かった。もちろん咲希ちゃんや里桜ちゃんも行くんだよね?」

『そりゃ行くでしょ。あいつら咲希と里桜が大好きだもん。だって二人から「友実ちゃんもどう?」って言われたんだから』

「それは行くこと確定だな」


 そこで杏梨は、少しだけ考えた。

 家庭環境に問題大アリの上原双子が、咲希や里桜を呼ぶとは、考えづらかった。好きな人の前ではカッコいいとこ見せたいのが男子だから、という考えも浮かんだ。

 だが、彼らは母親の命令で耳にピアスを付けて、髪も染めている。そんなことをのこのこと相談するのならば、二人を呼んで、親身になってくれた方が、有り難いのかもしれない。

 そう思うとすぐに納得できて、杏梨は誰に見せるでもなく頷いた。


『で、杏梨は行く?』

「じゃあ、私もお言葉に甘えて行こうかな」


 杏梨がそう言うと、電話越しに「おけ」と言う声が聞こえた。

 そこで電話は切れて、杏梨はガッツポーズを作った。


 ◆◇


「お邪魔します」

 杏梨は、恐る恐る、玄関に上がった。続いて、友実達も玄関に上がっていく。

 上原家は、木造二階建てだった。祖父の家を引き継いだのだという。

「今日は両親が外に出てるから。夜遅くまで帰ってこないんです」

 雅弥が言う。何故外に出ているかは、皆聞かない。


 上原双子の父親、上原直哉(うえはらなおや)は、酒乱のコンビニアルバイト店員だった。月収も少ないくせに、よく子供が作れるよなぁ、マジ死ねばいいのに、と母親が言っていたという。

 その母親の名前は、上原加南子(うえはらかなこ)。保険会社で稼いだお金は、パチンコやホストに消えていった。そして、教育費は、必要最低限しか払われていなかった。

 おかげで双子の服は、いつもボロボロだった。金髪の混じった豪華な髪の毛とは対照的に、化学繊維が使われた安い服が、彼らを包んでいる。

 給食費もまともに払われていないので、給食は全て咲希と里桜が分けている。今回の席替えで同じ班同士になったのが吉だったのだろう。

「……あぁ」

 東風谷も、雅弥の言葉に、頷く。上原家同様、複雑な家庭問題を抱えている東風谷は、二人に同情していた。


「狭いんですけどね。ゆっくりしていってください」

 雅樹の言うとおり、家の中はぐちゃぐちゃだった。

 机の上には、髪の毛を盛りに盛った女の人と、チャラそうな格好をした男が何人もいるプリクラが、山のように積まれていた。

 床には、女物の派手なワンピースや、下着が脱ぎ散らかされている。母親のものだろう。

 そして、台所には、ビールの缶や酒の瓶が、タワーのように積み重なっている。まるで一つのアートのような粗大ゴミタワーに、杏梨は「うへぇ……」と声を上げた。

(こんな状況下で、こうして友達を招待して、なおかつ学校では絶対に荒れない子供……。やば、すっげぇ強い子かも)

 杏梨は雅弥と雅樹を最大限にリスペクトした後、咲希と里桜の表情を見た。

 二人とも、興味深そうに辺りを見渡している。

 壁には、誰かが殴ったような跡が至る所に混在している。カーテンは外れ、洗面台には、ネイルグッズが散乱していた。

「……割れてる瓶があるから、踏まないように注意してください」

 雅弥がそう言った瞬間、「あいてっ」と東風谷が間抜けな声を上げた。

「東風谷さんも、気をつけてください」

 雅樹が苦笑する。その顔には、「今言ったばかりなのに……」の表情が張り付いている。

「大丈夫? 東風谷」

 杏梨はしゃがみ込んで、床を見やる。ガラスの破片が散乱していた。

「あちゃー、こりゃ、掃除した方が良いよ~?」

 友実は、ガラスの破片を指でそっとなぞった。


 今ここにいるのは、上原双子兄弟、杏梨、友実、咲希、里桜、東風谷だけだった。

 何故無関係な東風谷までいるのかと言うと、東風谷自身が「俺らも同じような家庭環境だから」と言い張ってついてきたからである。

「うん、ごめんね友実さん」

「大丈夫。私、厚手の靴下履いてるから。東風谷が裸足と同等の靴下履いてるだけよ」

「友実、ひどい……」

 さっきの痛みなのか、それとも友実になじられた悔しさからなのか、涙目になる東風谷を横に、杏梨は雅弥に声をかけた。

「ねぇ、何でこんな感じになっちゃったの?」

 雅弥に代わって、雅樹が答えた。

「僕の両親、結婚する前は普通だったんですけど、結婚、出産って、人生の大イベント終えちゃったら、あっという間に、破局の手前まで近付いて行ったんです……」

 雅樹が俯くと、またも代わって雅弥が言った。

「母親は、中学生のときとかに話題になったギャルに、なっちゃったから……。あとは、まぁ、父親が、同僚の女の人と付き合ってて……。会社をリストラされた後も、交際が続いちゃって……。結婚してるのに、オープンに付き合って、で、それで喧嘩している母親も、ホストクラブに入り浸ってるっていうのが、現状なんです……」

 

 あまりの壮絶さに、一同が無言になった。

「……驚きますよね?」

 クスッと雅樹が笑う。その笑みには、影があった。

「こんなドラマみたいな展開が、まさか、自分の学校にいる生徒の家庭に起こっているなんて、思いもしないでしょう? ……まぁ、東風谷さんは、元同じ学校ですけどね」

 雅弥は、東風谷にも呼び掛ける。双子とも揃って憂いのある表情をして、何かを悟ってほしいようだった。

「ねぇ、雅樹」

「何? 咲希さん」

 咲希が雅樹に尋ねた。

「こんなこと言うのも、何だけど……。その、何で、二人とも荒れないの?」

「「え?」」

 訳が分からないと言ったように、双子は一斉に首を捻った。

「だからその……。こんな、複雑で深刻で……。東風谷も、似たようなもんだって言ってるけど、でも、東風谷より深い、悩みなんでしょ? なら何で、東風谷以上に荒れないのかなって……」

 それだとまるで東風谷が荒れているかのような話し方だ。東風谷は眉を潜めた。

「……荒れてもしょうがないからです」

 答えたのは、雅弥だった。

「荒れたって、両親に更に大きな負担をかけるだけで。教育費もまともに払ってもらえなくて、教科書は隣の人に貸してもらう始末で……。友達なんて、仲良い人なんて、友実さん達ぐらいしか、いないから……」

 雅弥は、ぽつり、ぽつりと話し始める。

「里桜さんや咲希さんは、親身になって、相談に乗ってくれるけど、でもそれまでなんです。

 本当に、二人には感謝してるし、これからも頼っちゃうことだってあると思います。でも、本当に、皆のように幸せな生活を送ることなんて、全員の力合わせても、出来はしないと思うんです……」

 微かに震えるその声に、全員が、戸惑った。

(……まぁ、そりゃあそうだよね。上原家は深刻な問題を抱えているんだもん、この場にいる全員が力を合わせても、軽く吹き飛ばされてしまうに違いない……)

 それよりかは、母親はホストクラブと一致団結して、こっちをつぶしにかかるかもしれない。

 あらぬ方向に話を作り過ぎて、杏梨は思わず身震いした。

「……あぁ、ごめんね。咲希さん、里桜さん。こんなこと言ってしまって……。二人は、こんな僕らのために、時間を削って考えてくれてるのに……」

 雅樹が謝る。

「ううん。そんなことないよ。……ただ、その通りだよねって、思っただけ。……雅弥君達の事情を知ったって、何も出来ないんだもん」

 里桜が、自分の無力さをおしみ出すように言った。


「でも、私だって、助けてやることは出来るよ、友達だもん」

 咲希の言葉に、雅弥と雅樹は目を輝かせた。

「大好きだもん、私だって、家族は。だから、二人にも、「家族」っていうものが、「大好き」になってほしいの」

 里桜の正論に、杏梨は頷く。

「俺だって、母親が不倫して、父親も頑固なままで、今は男三人で暮らしてて。唯一まともなのは、兄ちゃんしかいないけどな、それだって幸せなんだぜ」

 東風谷は、自分のエピソードを交えて語る。東風谷からのこの手の話は、何故だか妙に説得感がある。

「……そうだよ。私だって、今の君達とは全然違うけど、でも、支えたいって、思ってるよ」

(友達じゃなくたって、雅弥君と雅樹君は、困っているんだもん、助けてあげたい……とは、言えないよねぇ)

 杏梨は、言いたかった言葉を少しだけ隠した。

「今度あたしのスマホ貸してあげるよ。一緒にゲームしようぜ」

 友実が、一番的外れなことを言う。ただその的外れな言葉が、どれだけ二人を救ったことか、杏梨には手に取るように分かった。


「「ありがとう……」」


 二人は、ぽろぽろと泣きだした。皆は二人を、達成感に満ち溢れた表情で見つめる。

「良かった良かった。……杏梨達も、ありがとう」

 咲希はお辞儀をした。杏梨は少しだけ照れたような心地になりながら、「いえいえ」と言った。


「じゃあ、今日は、どっかに泊まりますか!」


 東風谷が、思いもよらない一言を口にした。

「は?」

 杏梨達は一斉に首を捻った。泣き腫らしていた双子も、きょとんとしている。

「すみません、あまりに突然のことで理解できませんでした。もう一度説明してください」

 杏梨は無機質な声で東風谷に呼び掛ける。「あっ、そーだね」と東風谷は照れくさそうに笑う。何故笑ったのか、杏梨は理解が出来なかった。

「えーとね、今日は、双子と……、皆が……和解したから、と言いますか……、その記念に、誰かの家に……お泊まりに……行こうかなと、ご提案したまでです……はい」

 何も責めたわけではないのに、東風谷の口調はどんどん落ち込んでいく。

 ぶはっと友実が噴き出すと、続けて全員が笑い始めた。

「……駄目、だよね。うん、駄目だ」

 東風谷は自分で提案したくせに、自分で全てを片付けていく。その姿勢がまた面白くて、杏梨は更に笑いだした。


「良いんじゃない?」

 初めに言ったのは、咲希だった。

「雅弥達も、どっか泊まりたい所とかあるでしょ? 言わないだけで」

 里桜は、「あるんじゃないの? なんてね」と咲希に続いて言った。

「確かに、東風谷の提案も、良いよねぇ」

 友実が笑いながら同意した。

「うん、私も良いと思うよ」

 杏梨も笑いを抑え気味に言う。

「……え、良いの? 俺の提案。マジか、しゃーっ」

 東風谷は半ば興奮気味に言う。実際は東風谷も少しだけ楽しみにしていたのではないか、と杏梨は思った。

「なわけで、雅樹達、行こう?」

 咲希が、二人に手を差し伸べる。

「えっ、良いんですか?」

 嬉しそうに雅弥が声を上げる。里桜や咲希と泊まるのが楽しみのようだ。

「お言葉に甘えて良いなら……」

 なんだかんだ、雅樹が一番謙虚な気がする。杏梨はそう感じた。

「良いよ良いよ! ってか、二人の為なんだから!」と里桜は言う。


「で、誰の家に泊まりに行くわけ?」

「…………」

 友実が早速本題に入らせると、皆、シーンと黙ってしまった。

「里桜ちゃんの家?」

「ウチは弟と妹が騒いじゃうから無理」

 杏梨の言葉に、里桜はふるふると首を横に振る。葉桜家は、小さな男の子と女の子がいて、子育てに精一杯なのだという。里桜すら面倒はさほど見てもらえないというのに、友達が数人転がり込んできたら、葉桜家は激怒するに違いない。

「じゃあ、咲希ちゃんの家」

「狭いから無理」

 咲希の家は、学校の近くにある賃貸のマンション。家族三人が暮らすだけで一杯なのに、友達が寝泊まりするとなったら、望月家だけではなく賃貸マンションごと崩壊してしまうかもしれない。

「じゃあ、そう言う杏梨の家はどうなのよ?」

 友実が尋ねると、杏梨は即答した。

「お母さんがマジギレします」

 杏梨の母親の好きな言葉は「愛情」。嫌いな言葉は「責任」。子供達がもし怪我したら責任を負わなければならない。責任を取るのが嫌いな母親は来るとなったら頑なに追い払うに決まっている。

「友実ちゃんの家、お金持ちだから良いんじゃない?」

 里桜が頬笑みながら言う。

「あ~駄目駄目。私の両親神経質だからさ、知らない人が泊まるとマジで怖いの」

 友実の家は、三階建てで普通の住宅二戸分の面積を持つが、両親共々綺麗好きで几帳面で、尚且つ神経質なのだ。知らない人と一つ屋根の下で暮らすのは、耐えられないらしい。


「じゃあ、言い出しっぺの東風谷の家でどうだ!」

 びしっと咲希が東風谷を指差す。

「えっ、俺の家?」

「そりゃそうでしょ。言い出しっぺは可能性も考えて行動しなきゃ」

 咲希は意地の悪い笑みを浮かべる。

 東風谷の家は、離婚して男三人というところ以外何の問題もない。父親が神経質でもなければ、責任を負うのが苦手な人でもない。小さな子供もいないし、家だって狭くない。

「待ってよ、だって俺の家、母親がいないんだぜ……」

「母親がいようがいなかろうが関係ない! はい決定~」

 友実は東風谷の反論を受け入れようともせず、ビシッと人差し指を突き立てた。

「そ、そんな~」

 東風谷はしゅん、とうな垂れている。

「じゃあ、東風谷さんの家で決定で良いですか? 何か、持ち物とかありますか、杏梨さん」

 雅樹が、杏梨に尋ねる。

「何か話が勝手に進められてる……」

 そんな東風谷を無視して、杏梨は雅樹に答えた。

「う~んとね、着替えとかパジャマとか、後は歯ブラシとかかな」

「ありがとうございます、杏梨さん。でも僕達、パジャマがないんです」

 雅弥が先ほどの東風谷のようにしゅんとうな垂れる。

「マジかいな。じゃあ、東風谷、パジャマ貸してあげて。あんた背小さいんだから、二着ぐらい貸してあげても良いでしょ?」

 咲希が言うと、東風谷は「はぁ!?」と声を荒らげた。

「貸してあげて。うん良いよ。ありがとう」

 友実が一人芝居で東風谷の承諾を受けると、「良いってさ、東風谷」とニッコリ双子に笑いかけた。次の瞬間噴き出した雅弥の笑いが、皆にも伝染していった。

 取り残された東風谷は、ただ台所に積み上げられた壮大なビールの缶アートを眺めているしかなかった。

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