〜認識と遭遇と〜
広々とした空間、おそらく東京ドームよりもデカいんじゃないかと思えるほどの大空洞。
それが今俺がいる場所だ。
先ほど自分の腹が鳴った時に確認したが、食べ物は何も持っていない。
服装は仕事帰りだった事もあって、黒いロングTシャツに黒のニッカズボン。
要は作業着だ。
舞台の黒子もその気になればこなせるので、黒が普段から多くなってしまっているのだ。
腰には携帯やらなんやらが入っているウエストポーチをカラビナでベルトに固定している。
去年、ウエストポーチのベルトが壊れてからそうしなければ使えなくなってしまった。
ちなみに中肉中背、筋肉質な男で髪型はオールバックに固めてある。
と、自分の状態を確認しながら改めて周りを見渡す。
広々とし、ツルツルした岩肌。
よく見ると溶けて固まったようにも見える、もしかしたらドラゴンが炎で空間を広げていたのかもしれないな。
と、考えながら歩きだす。
どこかに、外に通じる道がないか?もしくは割れ目がないかと思ったからだ。
もし、それらがなければこの溶けてツルツルした岩肌を、なんとかよじ登らなければならなくなる。
大空洞の天井にはおそらくドラゴンの出入り口と思われる縦穴がぽっかりと空いており、そのから太陽が顔を覗かせていた。
向こうの世界では夕方だったのに、こっちはちょうど正午くらいなのかもしれない。
なんにしても暗くなる前になんとかしないと、太陽が隠れればこの場所は真っ暗になってしまうだろう。
やっと頭の回転が再開しだした俺は急ぎ足で壁に向かって走り出した。
なんにしろ、あまりにも広い為の全速力で走ってもなかなか辿りつけないだろうと思ったからだ。
しかし、案外近いと感じてしまった、息も切れていない。
確かに体力には自信があったけど、全速力出したんだけどな。
と、不思議に思ったが気を取り直し、壁に目をやる。
とりあえず一周と、右回りで歩き始めた。
おそらく、30分くらいたったんじゃないだろうか?途中から走り出し、最終的には100メートル走並みの速度で走っていた。
周りに何もないから比べられないのが少し残念に思ってしまう。
大空洞を一周し、見つけた隙間は5箇所、そのうち空気の流れを感じられたのが、2箇所。
その2箇所には、すぐにわかるように崩れている石や岩を重ねておいた。
よく見ると、その位置関係は対角線上に位置している。
もしかしたらあの2つは元々1つの洞窟だった!と言う可能性を感じ、自分の感を信じてみることにして、近い方に向かった。
隙間は人が通れるかどうかと言うもの、やはり風を感じる。
ゴロッと音がして岩肌が崩れた。
無理に身体を押し込もうとしてみた途端だったので、ビックリしたが、この岩肌は以外と脆いものらしい。
次の瞬間、ビキビキっと音を立てて岩に亀裂が走る。
「まさか…」
とっさに飛び退いた、次の瞬間。
岩肌がこちらに向けて爆散した。
立ち込める砂煙り、狭い地下空間ではこう言う砂塵は粉塵爆発の危険があるのだが、この空間はあまりにも広いため、大丈夫かな?
と、思い自分を落ち着かせていると、声が聞こえてきた。
あのドラゴンのような頭に響く声ではなく、
普通に耳から聞こえてくる声だ。
「ちょっとーラッドッ!やるならやるっていいなさいよー!!」
「ふん。ゴチャゴチャうるさいのー。ほれ!さっさと風を出さんかい。こー狭いところでこの砂塵は危険なのはわかっとろーが!」
「あー、あったまくるー!わかってるわよ!」
粉塵の向こうでなにやら口喧嘩しているようだ。
とりあえず遭難はせずにすむと、俺が思った次の瞬間。
『風霊の暴風林』
風が吹いた、いや風と言うより暴風だ、まるで主人のイライラを吹き飛ばすように風が砂塵を吹き飛ばした。
一緒になって俺も吹き飛ばされてしまったが。
「あーー!ちょっとスッキリ!って、なにここ明るいわね!」
「ほほう、どうやら巣穴に出たようだの。奴はおるか?」
そう言った直後2人は途端に静かになり辺りを警戒したした。
大空洞全体を見渡したあと「どうやら留守のようじゃ」と小さいおじさんは警戒を解いた。
どうやら飛んできた岩に隠れて、こちらには気づいていないようだった。
小さいおじさんは、ぱっと見ドワーフかと思わせる容貌をしている、胸まで伸びている髭、頭には兜を乗せていて、重そうな金属鎧に身の丈以上の戦斧を肩に担いでいる。
もう1人に目をやった時、時間が止まったように感じてしまった。
もちろん比喩なのだが、あまりにも美しい為ため息が出るほどだ。
こちらは線の細い女剣士と言ったいでたち、
髪は金髪、目は緑、年の頃は18位だろうか。
耳はピンと立っており、エルフと言うのが一番ピンとくる姿をしていて、腰に細身の剣を指している姿はまるで1枚の絵画のように見える。
どちらかと言うと、出るとこ出ている女の子の方が好みの俺でも心奪われる美しさだった。
彼らは警戒を解くと、なにやら話合っているようだった。
1度戻るか、やら、このまま反対側がどーとか聞こえてくる。
俺はいつまでこうしていても仕方がないと、思いきって姿を出す事にした。
立ち上がった瞬間、2人はこちらに気付き武器をこちらに向けてきた。
どうやら警戒しているようにみえる。
それはそうだろうけど、正直怖い、斧やら剣はお話の中でならよく目にするが、実際を向けられることはそうはないからだ。
俺はすぐさま両手を上げて、敵意はないと主張する。
噛みそうになる舌を抑えながら
「すいまさん、お聞きしたいことがあるのですが、あ、俺はあなた方に敵意はないので大丈夫です!」
心の中で、何が大丈夫なのだろう?と思いながら自分の口下手に溜息がでる。
「貴方、こんな所で何をしてるの?」
と、聞かれましても。
そう言いそうになるのを、ぐっと堪えて俺はここであったことを正直に話すことを決めた。
でもその前に頼まなければならない事がある。
「はい。ちゃんと話ますので、武器を下ろしてはもらないでしょうか?怖いんで。」
その言葉を2人は1度目を合わせると頷き合い武器を下ろした。
「わかった。とりあえずここでは危険だからの、ついてこい。」
ドワーフはエルフに、後ろから見張っておれ、と言うと歩き出す。
すぐに動けないでいると、エルフが。
「 何してるの!早く来なさい!死にたいの?」
と、物騒なことを言ってきたので、慌てて小さいおじさんについて行くことにした。
洞窟の中は暗くジメジメしていて居心地のいい場所ではない、そのうえ剣呑な2人に挟まれて息苦しくてしかない。
しばらく無言で歩いていたが、ドワーフが前をから釘を刺してきた。
「わかっとると思うが、少しでも変な真似をしたら叩っ斬るからな」
小さく、はい、とだけ言い返した。
それでも一言喋れば少し楽になるもの、俺は聞きたかったことを聞くと決めた。
「あの、1つ質問してもいいですか?」
少し間を置いて返事が合った。
「なんじゃい?」
「貴方はドワーフで、後ろの方は、その、エルフなんでしょうか?」
今度はすぐに返事があった。
「あん?見てわからんか?」
と何かに気付いたように。
「ん?お前さん、ヒューマン以外を見たことないとでも?」
「はい」
正直に答えた、そりゃね、自分の世界ではエルフとかドワーフは物語の中でしか知らないからね。
「そうか」
それだけ言い、あとの道中には会話は生まれなくなり、後ろを歩くエルフは警戒もあってか一言も喋べってはこなかった。
洞窟からでるとそこは森林が続いているようだった、ドワーフが言うにはこの森の先にキャンプが張ってあり、本隊がそこで2人の帰りを待っている。
自分達は斥候だ、と言っていた。
「待って!」
エルフが初めて声を出した。
「静か過ぎる、多分近くに結構強い魔物がいるわね、森の動物達が逃げ出してる」
流石はエルフだけあって、森関係には強いようだ、口には出さないが、やっぱりエルフは森に住んでるのかな?と、思う。
「全く、奴がいるからこの一帯には魔物は来ないと踏んどったんだかな」
言うと、ドワーフは戦斧を構えた。
身構えてしばらくすると、ドッドッドと、地響きがこちらに近づいてきた。
メキメキッと言う破砕音と共に、身の丈3メートルはあるかという巨大イノシシが木々を押し倒して現れた。
「ワイルドボア!にしてもデカくない??」
エルフが叫ぶ。
「ああ、こりゃ魔素をたっぷり浴びた変異種じゃな、ジャイアントボアかのー?」
冷静にドワーフが答えた。
そんな話をしている間にも、ジャイアントボアはこちらに向けて走り出している。
2人は、直線的に突っ込んでくるジャイアントボアを横っ飛びでかわす。
一方は軽やかに、もう一方は力強く。
そして、俺は動けなかった、巨大イノシシが笑みを浮かべたように口の端を上げる。
足がガクガク言うばかりで、全然言う事を聞いてくれないのだ。
引かれる、そう思った、まるでトラックにぶつかるあの時のように時間が引き伸ばされる。
近づいてくるイノシシ、死んだ、と心の中で呟く、だが動けなかったはずの身体が何故かグワッと動いた、いや、動かされたと気付いた時にはイノシシが自分の横を駆け抜けて行っていた。
ドンッと何かの衝突音が響く、俺は引かれていない、ならば何が?
答えは宙に浮かんでいた。
あの女エルフだった、助けてくれたのだ、俺を、会ってまだ間もない俺を、お互い名前すら知らない仲なのに。
痛々しい受身も取れない着地音が鈍く耳に入る。
俺は彼女に向かって走り出した、足の震えは止まっていた。
抱き上げる彼女はとても軽く、余りにも儚げに俺の目には映る。
助けなければ、守らなければ、と強く思う。
反転してくるジャイアントボア、勢いは先ほどよりも強い。
間一髪、ボアと俺の間にドワーフが滑り込んできた。
けたたましい金属音が響く。
ジャイアントボアの牙とドワーフの戦斧がギチギチと力比べになった。
だが、やはりパワーはジャイアントボアに分があるらしくドワーフは電車道を作りながら後退してくる。
「おい!お前!そいつを連れて逃げろ!」
すぐには動けなかった。
「早く行け!!」
2度目の声でエルフの女の子を抱えて走り出す、どこかはわからないが、とにかくこの森の先にあると言うキャンプまで行かなければ彼女は助からないと理解する。
エルフは意識はあるようで、時より唸っている、こちらが大丈夫か?と聞く前に彼女が先に口を開く。
「貴方大丈夫?怪我はない?」
何よりも先に俺の心配をしてきたことに本当に驚き、もはや尊敬すらする。
「大丈夫だ!あんまり喋るな、どこの骨が折れてるかわからないから!」
最後に「絶対助ける、安心しろ!」と。
それを聞いてすぐエルフは意識を失ってしまった。