〜悪魔と聖女と結界と誘惑と〜
太陽が昇り、陽の光がほぼ真上から射し込む様になる時間帯、俺達4人は礼拝堂の前に並んで立っていた。
本来なら、団長と合流したかったのだが、昨日泊まった宿の主人から、ララ団長からの伝言を受け取っていたのだ。
その内容は「我、王に召還され王城へ向かう、王女の事はそちらに任せる、好きに動け」と言うもの。
それを受け取ってすぐに、つまりは昨日の内に、王女をダクトに任せ、1度俺とアリサは王城へ向かう事にしたのだ。
だが、王城には入る事すら出来なかった。
【結界】
それを感じた時、アリサはそう口にした。
一見何もないようだが、王城の門をくぐる事が出来ないのだ。
門をくぐろうとすると、いつの間にか入り口に戻ってきてしまう。
しかも、それが全く騒ぎに繋がっていない。
王城の門には門番もなく、誰も近付いてこないのだ。
「結界?…これは…団長の【陽炎の陣】…何故?一体何が?」
と、アリサが漏らす。
その後、アリサは念信鏡で団長に連絡を取ろうとするが、距離に関係なく届くはずの念話が団長に届く言葉になかった。
アリサによると、結界での空間の歪みが念話を遮るのだとか。
理由はわからないが、団長や王城からの助けは期待出来そうになかった。
時間は今に戻る。
「声が…しない」
ダクトが少し驚いた様に礼拝堂の前で呟く。
人の声はもちろん、大地や空からも声の聞こえるダクトが言うのだ、以上な事なのだろう。
この王都に来るまでにダクトが教えてくれたスキルの名。
【万物聴覚】
この世界のありとあらゆる物の声が聞こえると言う。
ただ、生きている人や動物は対象外で、毎回欲しい答えが返って来る訳ではないとも教えてくれた。
ならば、ゾンビは?と思ってしまった俺だが、そこは大人なので口には出さない。
なら、悪魔の声は?、と俺の代わりに聞いたのはマリアだった。
ダクトは静かに首を振った、昨晩のヘドロの悪魔の声は聞こえなかったらしい。
そんなやり取りを思い出してから、俺は礼拝堂に目を向ける。
辺りに薄く【竜燐】を発動させて周囲を伺うと、やはり人っ子1人いないのが確認出来た。
だが礼拝堂の壁の向こう側は、闇。今までの経験上、【竜燐】はあらゆる壁をすり抜けて感知が出来る筈なのだが、礼拝堂の向こう側はどうやっても何も感じて取れない。
仕方ないと、息を飲み込み、俺達4人は礼拝堂への扉を開いたのだった。
礼拝堂の中は、外の暑さとは無縁の涼しさと静けさを保っていた。
やはり中にも誰もいない、ただ木製の長いベンチが幾つも並んでいる風景が目に入る。
その向こう、礼拝堂の最奥には女性が模られた石像が鎮座しており、信仰の対象だと見受けられた。
俺は後ろを振り返り声をかけようとするが、そのかけるべき相手がいない事に身体を凍り付かせる。
その表情で2人、アリサとダクトも辺りを被り見る、が。
いない。そう、今の今までそこにいた筈のマリアが何処にも見当たらなかったのだ。
「なっ!」
俺は声を発すると今通ってきた礼拝堂の扉を開け放ち、外を視界に入れる。
だが、やはり何処にもいない、中にもいない、外にもいない。
「何処に?!」
何が起きた?!っと俺の思考はパニックに落ち入る。
だが、アリサの冷静な声が俺を引き戻す。
「これは、強制転移…もしくは時空転移?、どちらにせよマリア様はこの場にもう居られないと思います」
ダクトは静かに耳を澄ませているが、やはり何も聞こえない様で険しい表情を崩さない。
「ふぅぅぅ……転移?、魔法なのか?どうすればいい?」
俺は1度息を全て吐いてから、改めて吸いアリサに問いかけた。
今は慌てている場合ではないのだ。
「はい、おそらく魔法…悪魔の魔法だと思います。扉を通り抜ける時にマリア様だけを狙い発動した、もしくはマリア様のみに反応する様に細工があったか、どちらにせよ同じ事ですが…。もし、強制転移であった場合はどうする事も出来ません、この大陸にいるかもわからなくなります。が、時空転移であれば場所は移動しません、こことは少しズレた世界、狭間に身を移しただけです」
「つまり、その時空転移説に賭けるしかないって事か…」
俺が唸る様に声を絞り出す。
「はい、ですがその可能性は高い筈です。幾ら上位の悪魔と言えども、聖女の血を引くマリア様をそう簡単に強制転移させる事は出来ない筈。であれば、より確実な時空転移を選ぶと思われます」
普段なら、やけに悪魔に詳しいアリサに疑問を持つだろう。しかし今はそんな余裕は俺にはなかった。
「アリサ、その時空ってのはどう言う物なんだ?」
「…そうですね」
俺の質問に、アリサは呪印が刻まれた胸に手をやると。
「悪魔の中の世界…とでも言えばよいのでしょうか、閉ざされた空間に闇が詰まっている様な…」
その呪印から何か感じ取れるのか、彼女は祈る様に目を閉じて語ってくれた。
「悪魔の世界…悪魔の、中。……なら」
俺は大きく息を吸い込むと、ゆっくりと吐き出す。
その息に魔力を乗せて。
すると、辺りに青白い光の粒が俺の周囲で生まれ始める。
その光の粒は数を増やし、さらには少しずつ大きくなっていく、それはやがて礼拝堂全体に広がっていった。
礼拝堂が、まるで夜空に浮かぶ天の河の様に光輝き、瞬いている。
ダクトが目を見開き、アリサが小さく「綺麗…」と呟いた。
俺はさらに【竜燐】の密度を上げていく、あのヘドロの悪魔の時の様に。
やがて、俺はあの時と同じ様に意識を闇の中へと落としていくのだった。
マリアは1人、暗闇を歩いていた。
小さい時から、あの木漏れ日の下、優しかった白髪のおババ様がいなくなってからずっと。マリアは1人だったのだ。
王やお妃は自分達の初めての子供が、聖女とも、魔女とも言われる白髪だった事に初めは嘆いていたらしい。
確かに一族には稀に生まれてくる白髪の女性だが、王のおばあ様が白髪だった為、しばらくは生まれないだろうと思われていたからだ。
白髪の王女は魔を滅する。
つまり、白髪の王女が生まれし時代には必ずと言っていい程、悪魔が現れ、王国を危機に陥れるのだ。
おババ様の時代にも、それはあり、王国に大変な被害があったと伝えられている。
しかも、私は歴代で1番初代の片鱗があるらしく、髪だけではなく、目も肌も、その身体全てが白で覆われているのだ。
大司教に、王国に災いをもたらす、と言われても仕方がないとマリアは思ってしまっている。
どれだけ暗闇を歩いたのだろう?
いい加減疲れてきた、このまま蹲り消えてしまいたい衝動に駆られる。
『辛かったろう?苦しかったろう?ワタシがお前に安らぎを与えてやろう』
何処からともなく声が降ってきた。
その声は不思議な程優しく、マリアに全てを許してくれる寛大さを感じさせた。
「いいのかな?もう歩かなくて」
『もちろんだ、お前はよくやった、十分1人で傷ついた、もう無理はしなくてよい』
スゥッ、とマリアは肩の荷が降りた様に感じた。
それはとても大切な事だと思っていた筈なのだが、自分が背負うべき重荷なのだと思っていた筈なのだが。
不思議とどうでもいい事に思えてくる。
マリアの存在少しずつ薄れていく、その時。
光が現れた。
それは力強く、猛々しい青白い光。
マリアを覆う暗闇を、まるで流星が夜空の闇を斬り裂く様に振り払っていく。
気付けばそこには暗闇はなく、青白い光がマリアの周りをゆっくりと漂っていた。
『大丈夫か?』
その青白い光の1つが人の形を成して声をかけてくる。
その姿はやがてトシヤを、青白い半透明色で形どった。
「トシヤ…なの?一体ここは?」
マリアには今まで自分が何をしていたかすぐには思い出せない。
トシヤは、スッと右手を差し伸べる。
『行くぞ』
マリアがその手をとろうとした瞬間。
『いかん、行ってはいかん。その世界に戻ればお前に安らぎはやって来ないぞ、また苦しみを胸に生きていくつもりか?ここにいればお前は楽になれるのだ』
甘く優しい誘惑がマリアの背を掴む、その何処までも暗い闇が。
『黙れよ、悪魔。それを選ぶのはマリア本人だ。お前じゃない!』
その言葉を聞いたマリアは、大きく頷き青白く輝く手をとる。
その目には、今までにはなかった決意と柔らかい笑みを湛えていた。
トシヤは思わず口角を吊り上げる。
マリアの笑みがあまりにも魅力的で、トシヤに笑みが伝染してしまったのだ。
『貴様ぁ、あと少しの所を…よもやここまで入って来れるとは…タダでは帰さん。魂ごと消え去るがいい!』
マリアの背に隠れていた暗闇が一気に広がり、暗黒がトシヤとマリアの前方を埋める。
トシヤはマリアを自分の後ろに引き寄せると、空いている左手に力を込めた。
『事が上手くいかなくて駄々をこねるか、意外と子供だな!人の勇気と決意に、水差すんじゃねぇよぉ!』
言うと左腕が竜のそれに変化する。
いつもの腕の延長線に半透明の竜の腕が出現するのではなく、トシヤの左腕そのものが竜の腕と化していた。
トシヤはその半透明だが、確かに竜の腕となった左腕を襲いかかってくる暗黒に叩き付けた。
【竜拳】が暗黒と衝突する。
凄まじい光と闇のせめぎ合いが起こり、やがて光が爆発した。
それはまるで、星が終わりを迎える時の光、超新星爆発の様であった。
聖女編は長くなってますねー
まぁサブタイ変えればいいんですけどね。
変えたくないと言うか。
なんと言うか。
でもよろしくです!




