〜運命と契約と〜
私は、私になりたかった、他の誰でもない私が誇れる私に。
父親の人形なんてもっての他、政治の道具として静かに王城で暮らし続けるのは息が詰まる。
父親が私を大切にしてくれているのはわかる、でもそれは王女としての私、ただの1人の娘としては見てくれてはいない。
行きたい、どこまでも遠くへ。
生きたい、自由気ままにどこまでも。
私は、私になりたい。
アリサを見送ってから2週間程経っている、俺はあれからダンジョンに潜り続けているがまだ最初のBOSSがいる13層に辿りつけていなかった。
モンスターからの魔石で日々の食費などをまかなっている為、目的の100万Excelにはまだまだ届いていない。
13層のBOSSである、《土塊の魔王》と呼ばれるジャイアントゴーレムから手に入る魔石は80万から100万Excelで買取しているらしく、ぶっちゃけそれ目当てである。
今は11層の入り組んだダンジョンで絶賛迷子中だ、BOSSの階層が近づくと、ダンジョン自体が蠢いて、道を少しつづ造り変えてしまうのだ。
11層から毎回変わるダンジョン内で迷子になりここ数日先に進めていない。
一応、ダンジョンのマップがなかなかの値段で売られているのだが、道が毎日変わるので、この階層らのマップは存在しない。
ただ、今の俺には買えない高さの道具に『導光』と、言う物が存在する。
それはダンジョンの奥へ奥へと指し示すように光を放ち続けて、冒険者を導いてくれるらしい、ただ値段の割に使える時間が短いので、何個も持っていかなければならない。
まぁ先も言ったが、俺は買えないのだが。
ダンジョンの深層へアタックする冒険者達が使っているのをたまに見るくらいだ。
10層からはそれまでと違い洞窟の幅がかなり広くなっていて、大型のモンスターが増えてきている。
今俺は、白い草木の生えた広間でオークと戦っている最中だ。
オークは二足歩行の太った豚で、身長は俺より頭二つ分くらいデカい。
ひとつひとつ攻撃はとても重いが動きは緩慢であり、例え囲まれても問題ない。
打撃はほとんど効果がない為、俺は【竜爪】を使い切り刻んでいた。
数瞬にして、5体のオークが細切れになり、ダンジョン内なので血痕は飛び散らず、すぐさま灰となって消え失せる。
モンスターはそれほど問題ではない、ダンジョン自体が問題なのだった。
俺は今日も何時間かこの11階層を行ったり来たりしながらモンスターを倒し続けている。
そんな時だった、この広間の向こうから悲鳴が響いてきたのは。
俺はとっさに走り出す、少し入り組んだ道を抜けると多数のモンスターに囲まれた1人の女性が目に飛びこんできた。
その女性は空中に光る玉を纏わせているのが見える。
導光だ、俺は「1人?」と驚きを隠さずに言う。
あれにはモンスターを引き寄せてしまう副作用があり、普通は値段の事もあり、パーティでなければ使ったりはしない…と道具屋の店員が言っていたのを思い出す。
軽く舌打ちをしながら俺はモンスターと女性の間に身体を滑り込ませた。
後ろの女性を一瞬視界に入れる、どうやら怪我はないように見え…とそこで女性の目線に気がつく、オーク達を見ていない、女性の目線を追うとそこには何もない地面……いや、いる。
そこには地を這う百の足、テカる甲殻、巨大大百足、キリングセンドピーが地面を蠢いていた。
俺が気づいたのを察したようにキリングセンドピーはその身を起こす、その高さはオークよりも更に高い、ウニャウニャと動く百の足が気持ち悪く、見ているだけで吐き気を催すほどだ。
どうやら女性はこいつを見て戦意を失くしてしまったらしい。
そりゃそうだ、と思いながら気を張った。
俺だってこんな百足は見ていたいものではない、一撃で終わらせると心に決める。
両腕を前方に牙のように突き出し、俺は力を込めた。
【竜の顎】と言葉にする、イメージが両腕に伝わっていく、すると一瞬にして青白く光る半透明のドラゴンが出現した。
俺が両腕を横に開くとドラゴンも顔を横にして口を縦に開く、次の瞬間、俺は両腕を閉じ力強く打ち鳴らした。
ドォォン!と言う地響きに似た音と共に青い白いドラゴンの口が、前方にいたオークやこちらに襲いかかろうとしたキリングセンドピー諸共噛み砕く。
噛み砕かれバラバラになるオークや大百足は、その破片が地面に着く前に灰と化してしまう。
周りにモンスターの気配が消えたのを確認した俺は、女性に振り返る。
そして俺は、この世界に来てから何度目かとなる驚きに包まれる事になった。
運命の出会いがあるとするならば、おそらく今がそうなのではないか?
そう思わずにはいられないほどの衝撃、胸を撃つ振動、頭から足先までを駆け抜ける電流、久しく感じなかった頬から耳までを朱に染める体温、そのどれもが物語っていた、この人だ、と。
俺は声を出せずにただ立っていた、薄暗い洞窟内でも美しく艶やかに映るどこまでも白い髪、髪同様透き通るような白い肌、身長は俺より少し低いようだが、毅然とした雰囲気は実際よりも彼女を大きく見せている。
と、言うのも俺が喋らずにいる間に、彼女は恐慌から抜けたらしく、立ち上がりこちらに歩いてきているのだ。
身に付けている白銀の鎧は彼女同様美しく、その姿はまるで戦乙女のようでもあった。
彼女は俺の目の前までくると、こちらの目を真っ直ぐ見ながら口を開いた。
「危ないところを助けていただき感謝いたします、オークは大丈夫なんですが、あの…その…ムカデは、少し苦手で、貴方が来なければ一体どうなっていたか…本当に感謝します」
丁寧に、それと少し恥ずかしそうに彼女は礼を述べた。
「ん?どした…の?…まさか今ので怪我を?」
俺が返事が出来ずにいると、彼女が怪我なら見せてみろと言わんばかりに近づいてくる、そのおかげで俺はやっと喋る事に成功する。
「やや!大丈夫!!怪我とかしてないから、元気いっぱいだから!…ね!俺より君は大丈夫?さっきは倒れてたけど」
身振り手振りが大きくなってしまったが、やっと出すべき言葉を出すことが出来た。
彼女は少し可笑しそうに笑うと、その可愛らしい声で俺の問いに答えてくれる。
「私なら大丈夫、少し驚いただけで怪我はしてないです、貴方は……いえ」
そこで彼女は一旦言葉を切ると、改めて俺を見上げてから話し出す。
「私はマリア・シンクルール・ホワイト、危ない所を救っていただき感謝したします」
育ちの良さが伺える立ち振る舞いだ、と俺は思う、それに答える為に俺も出来る限り丁寧に言葉を返す。
「どういたしまして、俺はトシヤ、瀬田敏也と言います、マリアさんに怪我がなくて本当に良かったです」
マリアが綺麗すぎて舞い上がっていたのか、俺はつい気になった事をそのまま聞いてしまった。
「マリアさんの白い髪は、名前のホワイトと何か関係があるんですか?」
聞いてから、ぶしつけで失礼な質問だと後悔する、しかしマリアは気にした風もなく答えてくれた。
「はい、私の一族の始まりにこの様に白い髪の方がいらっしゃいまして、稀に私のように先祖還りする女性がいると聞いています」
「そうなんですね、すいません、いきなり変な事を聞いちゃって」
と俺が謝ると、マリアは「ふっふっ」と笑ってから俺にこう聞いてきた。
「では、私からも質問です、先ほど魔物達を一瞬で屠ったあの技は一体?」
「あ、竜魔法って言います、ちょっと変わった魔法になるらしいんですが、知ってます?」
すると、マリアは目をパチクリさせてズイっと一歩前に出てきた。
「知っています!すると貴方はドラゴンさんなのですか?」
どうやら竜魔法を使えるのは本来ドラゴンだけと言うアリサと同じ知識を持っているようだ。
「いやいや、俺は人間ですっ、ちょっと訳あって竜魔法が使えるただの人間ですから!」
それを聞いたマリアは少し考えるような仕草を見せると「わかりました」と返してくれた。
「何か事情がお有りなのですね、私の事情だけ話してトシヤさんが教えてくれないのはズルい気がしますが、納得しておきます」
少し意地悪に、しかし可愛く言葉を紡ぐ。
「トシヤさん!」
マリアが再び改まってこちらを見上げてきたので。俺も何かと思いキチンと向き直る。
「トシヤさんは冒険者さんですよね?」
俺はとっさに頷く。
「では、クエストをお願いしたいのです」
「どんなクエストだい?」
こんなダンジョンでクエストなんて、と思っが、その分興味が湧いてくる。
「私をこのダンジョンの最深部のBOSSまで連れていってください!」
なっ、と俺が固まっているとマリアはズイズイと迫ってきた。
「私、強くなりたいんです、今よりもっと、それで色んな自分を縛っているものを振り解きたいんです!自由になりたいんです!」
マリアの声が洞窟内にこだまし、響き渡る。
次に、静まり返る洞窟内、なにも喋らない俺にマリアは困ったように首を傾げた。
「………ぷっ、はっはっぶはっはっ!」
気付けば俺は笑っていた、いきなり笑っては失礼だと思いつつも笑い声は止まらない、こんなに笑ったのはいつ以来だろか?
別にマリアが言った事が可笑しかった訳ではない、なんと言うか、『スカッ』としたのだ、単純で分かりやすい気持ちに。
それを見ていたマリアは傾げた首をもどし、俺を真っ直ぐ見上げている、自分の気持ちを笑われたはずなのにその表情にはなんの曇りもない。
俺はまず「すまない」と詫びてから返事を返した。
「うん!そのクエスト請け負った!ちょうど俺もここの最深部のBOSSに用があったんだよ」
と言って右手を差し出す、マリアもそれに習う。
こうして俺は、この世界に来て始めてのパーティを組む事になったのだった。
マリアの剣の腕前は相当なもので、俺は正直舌を巻いた。
剣を構えただけで周りの空気がリンっと冴え渡る、剣気と言うやつなのかも知れないが、今まででそんなもの見た事がないのだから分からない。
少なくとも、今日までダンジョンに潜っていて、こんな雰囲気を作る冒険者は存在していなかった。
マリアの持つ武器は、細剣の分類に入ると思われる、鎧同様美しく飾り立ててあり、いかにも宝飾品の様だが斬れ味といい耐久性といい、相当な名剣だと解る。
突く事が基本のようだが、その細い両刃で斬る事も容易なようだ。
実際、ゴブリンやオークなどは彼女が通り過ぎる度に細切れになっていく。
「俺、要るかな?」
と、ついついボヤいてしまう。
事実、先ほどからほとんど彼女しか戦っていないのだ。
たまに出るキリングセンドピーを俺が竜爪でぶった斬るくらいで、あまり仕事をしていない。
少なくとも「そういえば、またクエストの報酬の話をしていないなー」と呟きながら頭をかけるくらいには暇だったわけだ。
とは言え、もうすぐ13層のBOSSに辿り着く、あっと言う間にここまで来れたのは、マリアが持っていた『導光』を彼女自分がどんどん使ってくれたおかげと、彼女の剣技によるものが大きい、だが流石にBOSS相手では協力し合わないと返り討ちにあってしまうだろう。
俺は彼女と息を合わせ易くする為に、彼女の戦いの癖を見つけておく事にした。
いわゆる、見稽古と言うやつだ。
俺の元の世界の仕事では、これは相当大事な稽古だったので、俺は他人より観察眼は鋭いと自負している。
舞台は1人では動かない、相手がいてこそ面白くなるのだ、と、まぁこれは俺の考えなのだが。
マリアを見ていて気付いた事があった、戦いの癖よりもその表情、一言で言えば、必死、になるだろうか。
先ほどまでの俺と会話、笑顔を見せていた時とはまるで違う、余裕のない張り詰めた顔。
彼女自身で言っていたが、本当に何かを振り払おうとしているようだった。
その時、上空から羽音が微かに聞こえた。
顔を上げると、いつの間にか霧がかかっている事に気付く。
俺は自分の冒険者としての未熟さに舌打ちをすると、マリアに向けて走り出す、どうやら彼女には今の羽音は聞こえなかったらしく目の前のオークに意識を集中しているようだ。
俺がマリアの背に自分の背を預けようとする、まさにその瞬間。
霧と空気を切り裂いて、赤茶の羽根が降り注いできた。
俺が羽音に気付けたのは事前に調べていたからだ、もちろんこの相手がどういう攻撃をしてくるかも。
すでに軽く吸っていた息を気合と共に撃ち放つ【竜吼】と心の中で強く念じる。
ダァン!!と言う空気を打ち付ける音と共に、目に見えぬ衝撃波が降り注ぐ羽根と霧を吹き飛ばした。
やはりこいつらか、と俺は上空を睨み付ける。
そこにいるのは有翼種、ハーピー。
顔は目が釣りあがった能面よう、女性の人間の胴体をもち、手足は鳥の化け物だ。
このBOSSがいる13階層は横も広いが縦も広い、とても洞窟内とは思えないほどに。
上空にいるハーピーは3体、マリアの前方にはオーク2体とゴブリン5匹、オークとゴブリンなら何体いようがマリアの敵ではないだろうが、そこに上空から縦の攻撃が混じると対応しきれない、そう俺は判断した。
「ハーピーは俺に任せて、下の奴らを」
マリアにそう告げると返事を待たずに飛び上がる。
普通ならハーピーがいる高さまで飛べはしない、実際問題、俺はまだ空をドラゴンのように飛ぶ事は出来ない。
ドラゴンの翼は創れるのだが、いくら羽ばたいても空へ飛び立つ事はできなかったのだ。
だから、今は飛ぶと言っても跳ねているのと変わらない、ただドラゴンの加護のおかげで跳躍力が凄まじいのだ。
あっと言う間にハーピーが眼前に迫る、竜爪を振るうがバサッと羽ばたくと、こちらと距離を取られてしまう。
着地、上空を振り被ると幸いにもハーピー達は俺の方を獲物と定めたらしく、マリアを見てはいない。
再び跳躍、と観せるとハーピー達は「キャキャキャキャ」と奇声を鳴らした、多分笑ったんだろうな、と俺は思ってほくそ笑む。
「油断したな…」
俺は跳躍する前に【竜吼】を1匹のハーピーに集約させて放つ。
衝撃波を食らったハーピーは一瞬身体を硬直させる、硬直が解ける頃にはすでに勝負は決まっていた。
目の前に迫った俺に慌て、飛びすがろうとするハーピー。
「遅い!」
と、俺は【竜爪】を叩きつける、バンジージャンプも真っ青な速度でハーピーは地面に墜落していく。
地面に叩きつけられたハーピーが、灰になる前に「ギャギャ」と近くにいた一体がその鋭い爪で遅いかかってくる。
俺は身体を捻ってきりもみに回転して爪を躱す、躱したついでにハーピーの足を掴んでその勢いのまま投げ飛ばした。
狙い通りに3匹目にぶち当たる。
2匹が重なった瞬間を狙い、俺は【竜砲】を放つ。
ダンジョンの入り口で放った程の規模のものではなく、ずっと集約させた直結30センチ程のものだ。
あの時は多分、直結5メートルはあったように思う。
胴体を貫通されたハーピー達は墜落しながら灰となっていく。
タッ!と膝を思い切り曲げて衝撃を吸収させて地面に着地する。
着地をミスるとカッコ悪い上に結構痛いのだ。
マリアに振り返ると、すでにモンスターの姿はなく無事に戦闘が終わった事が伺える。
俺が歩いていくと、パチパチと手を打って迎えてくれた。
「凄いね!人間離れしてる、本当にドラゴンみたいな戦い方!」
どうやら一応褒めてくれているようだ。
「そっかな?まぁ確かにね、でもマリアの剣技も凄いよ!剣筋がほとんど見えないし」
俺が照れ隠しに褒め返すと、マリアはパッと微笑んで語る。
「そぉ?他にも色々教わったけど、これが1番しっくりくるんだぁ、お師匠にも筋がいいって昔褒めらた事があるんだから!」
この数時間でマリアとはかなり仲良くなっている、少し前からお互い丁寧語は使っていない。
俺とマリアは周りに気を張りながらも会話を楽しんで先に進む。
やがて、巨大な岩が崩れたようなゴツゴツしたバカでかい空間にでた、13階層のBOSSの部屋だ。
2人共、いつの間にか口を閉ざして息を飲むと、今までにない緊張感をお互いから感じとる。
俺とマリアは顔を見合わせ頷くと、その岩場の中へ足を踏み入れた。




