心のままに 2
「それだけじゃないわ」
突然、部屋の隅にダークエルフの女性が姿を現す。
「スレヴィ」
イヴォンがむっとした顔をする。
しかし彼女は優秀な諜報員でもある。仕事に関しては信頼出来る、部下というより同僚だ。
王太子の護衛はどうした、と聞くと、その王太子に頼まれたのだという。
「サンダナは実家から大量の人員を出してもらって北の森へ入ったようなの」
サンダナの様子を確認するため、王太子はスレヴィを派遣したのだ。勇者の血族が大量の人員を動かしたとなれば、それは国への謀反を疑われても仕方がない。
「そういえば、うさんくさい連中がたむろしていたなあ」
つい最近、エグザスは町の中で違和感を感じた時があった。
どこかの私兵だろうか。戦闘能力の高そうな者達が十数人もいたのだ。
冬の前の狩りにしては人数が多すぎると思った。
「どういう意味だ」
デザインが声を落としてすごむ。
「彼の標的はギードじゃないわ。ドラゴンよ」
その場の空気が凍った。しばらくの沈黙の後、デザインは重い口を開いた。
「勇者の家系のやつらは定期的に勇者の墓へ行かされるらしいからな」
ドラゴンの領域の中に、歴代勇者の墓がある。当たり前だが、それはすべてドラゴンに敗れた者達の墓だ。
その墓参をさせ、ドラゴンへの復讐の気概を生むのが狙いだそうだ。
そこは雪のドラゴンの棲家に近い。あわよくば、本物のドラゴンを倒して名を上げようとする者もいるのだ。
「この季節に雪ドラゴンをだと。正気か」
雪の無い季節ならまだしも、今の時期は人族には辿り着くのさえ難しい。
「あのエルフなら行けるでしょうね」
イヴォンが苦虫を噛み潰したような顔で言う。
王宮で三体の眷族精霊を出して見せた、あのトンデモエルフをサンダナも見ていた。
「ギード達が何故、本物のドラゴンの領域に行こうとしているのかは分かりません」
ハクレイはここにいる者の顔を見回す。
「しかし、それを利用して、ドラゴンを倒そうとしている者がいるのは確かだということです」
お互いに苦りきった顔を見合わせる。
それでも疑問は残る。
「でも何でヨメイアをだましてまで連れてったんだ?」
エグザスは自分なら足手まといになりそうだから連れて行かない。
「実力はあるかも知れないが、雪山など行ったことがない貴族のお嬢様だろう」
イヴォンはエグザスの素直な感想をうらやましいと思った。
きっともう自分は捻くれてしまっているので、正直、お嬢様だろうが何だろうが、ただの馬鹿としか思えない。
「サンダナという男は、女性がいると普段以上の力を発揮するんです」
「なんだと?、そのために連れ出したというのか」
そうとしか考えられない、とイヴォンは頷く。
「ほんっとに嫌な男よね」
その男をだまくらかしていたとは思えないスレヴィの言葉に、イヴォンは苦笑がもれる。
「ヨメイアはまだ若い。あの駄々漏れの殺気を見ても、戦闘の経験が浅いことが丸分かりだ」
デザインの言葉に全員が頷く。
「自分のため、という口車に乗って、ギードが酷いめに遭えばすっきりするとでも思ったか」
「ついでにドラゴンを倒す、という無謀な話も、脳筋娘なら頷くでしょう」
二度と戻れないかも知れないといわれても、屈辱の日々よりはマシと考えても可笑しくはない。
あー、嫌な話を聞いちまった、とデザインはため息をつく。
「エグザス、許可するからこいつらと一緒に行って来い」
「は、はい!」
うれしそうな聖剣士の顔に呆れながら、ハクレイは少し微笑んだ。
何日も前にそんな事があったとは知らずに時を過ごしているギード達一行は、今は雪の平原でドラゴンの棲家への道を探していた。
「ねー、雪をさー、こう、ばーーーって焼き払っちゃっていい?」
魔法剣士の妻のタミリアは脳筋魔術師でもある。
「タミちゃん、この季節にそれやると、たぶん後から大変になるよ」
溶けた雪をどうするんだ。湖の氷まですべて溶かしたら、この辺一帯が洪水だぞ。
「そしたらぼーーーんって全部蒸発させてー」
「タミちゃん。それ温度どれくらいだと思う?。まわり全部春になっちゃうよ?」
さすがにそんなに魔力はもたないと思うんだけどー。
ギードの足元には「どーん」だの「ぶーん」だの言いながら会話に入ろうとする双子の子供達がいる。
「せめて魔力が全快ならやれなくはないんだがなあ」と炎の精霊エンが言う。
「私は皆さんを上空に逃がして差し上げられますわ」と風の精霊リンが言う。
「ドラゴンもそれでおぼれ死んだりするかもですね」と土の精霊コンが言う。
眷族達の勝手な言い分に、ギードは頭が痛くなる。
「とにかく、却下」
地道に入り口を探そうと、クー・シーから貰った地図を手に歩き出す。
すると、拠点用に置いていた建物から誰かがやってくるのが見えた。
「パーン様から頼まれたのー」
ニュンペーのひとりが、寒そうな薄い服のまま、妖艶に身体をくねらせながらやって来た。
「あのねー、ドラゴン様の棲家の入り口に案内してあげろってー」
……ギードはもう何も言えなかった。
自分は一体、どこへ行こうとしているのだろう。何だかうまく行き過ぎて、誰かに操作されて動いている気がしてくる。
(妖精王には絶対ならないからなああああ)
ギードの心の叫びは誰にも届かなかった。
そんな葛藤をしている間にも、ニュンペーを先頭に一行は移動を始める。
(コン、悪いが先にあの拠点にしてた建物。壊して来て欲しい)
(承知した)
慎重過ぎるかな、とは思うが、ギードは最近嫌な気配を感じ過ぎた。
勇者の墓での大量の黒い怨念に晒されたせいで、自然の地形や妖精の気配をうまく感じとれないのだ。
(何だろう、この嫌な予感は)
ぶつぶつと呟きながら、籠に入れられた子供達の後ろを歩く。
周りの空気を暖めるエン、その空気を循環させ、自分達一行の周りの寒さを和らげるリン。
そして休憩地点では必ず簡易ながらも便利な建物を造るコン。
三体の眷族に守られ、助けられてギードとその家族は進む。
そして雪原の真っ只中で、ニュンペーが立ち止まる。
「ここでーす」
待っててくださいね、と言うとふらふらと身体を揺らし、踊りだす。
「むー、何だか調子が出ないです〜」
ふと、ニュンペーの動きに合わせて身体を揺らしている子供達を見る。
「あら〜、もしかしたらもしかするー?」
ニュンペーは、胸元から笛を取り出す。
薄い布切れを纏っているだけなのに、そんなモノ、どこに入ってたんだ。
そんなギードの疑問を無視して、ニュンペーはその笛をユイリに渡す。
「吹いてみて〜、適当でいいわよ〜」
あげるーと言われ、ギードは驚く。これはたぶんパーンの笛だろう。植物の葦を何本か横に並べて音階にしたものだ。
リンが籠から双子を降ろす。
ユイリがギードを見上げてくるので、それに頷いてやると、ぱあっと顔をほころばせる。
鹿の下半身を持つ妖精で、笛の名手でもあるフォーンが吹いているのを、ユイリはじっと見ていた。
(もしかしたら、ずっと吹きたかったのかな)
ギードはうれしそうな息子の姿に思い当った。
ユイリは見よう見まねで笛を口に当てる。
リンが彼の傍にしゃがみこんで、笛の吹き方を教えている。
やがて、たどたどしく、弱々しい、ユイリの笛の音が鳴り始める。
「うんうん、その調子です〜」
ニュンペーがうれしそうに踊りだす。
その様子を見ていたギードは、頭の中で文献をひっくり返す。
そういえば、ニュンペーが群れをなし、輪になって踊ると、その真ん中に異空間への扉が開くといわれていた。
この場合はもしかしたら、ドラゴンの棲家への入り口が開くのかも知れない。
もっとも、ここにいるのはニュンペーひとりだが。
雪の中で踊るニュンペーは、魔力を撒き散らしながら、ぐるりと円を描いている。
ユイリの、でたらめで、楽しそうな音に合わせ、彼女も楽しそうに踊っている。
「あ、あれ」
タミリアが円の中を指差す。
ニュンペーの描く円はそんなに大きいものではない。
人がふたりくらい入れるかどうかという大きさだ。
それでもその円の真ん中が黒く淀んでいく。
コンがギードの傍に戻って来た。
ニュンペーが「そろそろいいわよー」と、一行にその淀みの中に入るよう勧める。
「行きましょう」
コンがギードの背を押し、他の眷族もさっさとその中へ入って行く。
タミリアもミキリアも瞳を輝かせ、飛び込んで行く。ユイリは笛をしっかりと握り、ニュンペーに手を振ってタミリア達の後を追う。
(何かあったの?)
いつになく急がせるコンに、ギードはこっそり念話で聞く。
(まだ気配は遠いですが、人族の、あまり良くない気配がいたしました)
しかも、大勢だったと聞いて、黙って頷く。
「パーン様にありがとうと伝えて下さい」
ギードはニュンペーに礼を言い、気をつけてパーンの元へ帰るように言った。
最後に淀みの中に足を入れ、振り返る雪原は、ただ白く、まだ何も見えなかった。