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女性騎士の危機

 エルフの商人であるギードとその家族達一行が、ケット・シーの森を抜けた頃の「始まりの町」での話。

「エグザスさんは魔法の塔に仕官なさったそうです」

この地方の領主であるシャルネは、新しく文官見習いになった貴族の青年の報告を聞いていた。

「そうですか」

おしい人材だったらしく残念そうにつぶやく。

まだ十代の若い女性領主、その側にはエルフの剣士がいた。

まだ新任らしく、慣れない煌びやかな私兵の軍服に着られてしまっている。

「でも仕方ないですね、これもギードさんの助言らしいですし」

エルフの剣士は何か言いたげに顔をぽりぽり掻きながら立っている。

領主の前でそれはどうなんだろう、と文官はコホンと咳をする。

いそいで背筋をぴっと伸ばすエルフの青年剣士は、国軍から引き抜かれてきた。

エルフの多いこの町で、人族とエルフの両方と交渉できる戦力として。

(なんで俺がこんな目にー)

エルフの剣士ファルは、先輩エルフのギードに推薦され、領主の護衛となった。

それは実力者である女性騎士の進退が関係している。

 入室を問う声がして、黒い軍服の男性に連れられて女性騎士が入って来た。

「シャルネ様、失礼いたします。準備が整いましたので、ご挨拶にまいりました」

うやうやしく黒い騎士が頭を下げる。不満そうに隣に立っている女性騎士の頭を掴み、一緒に頭を下げさせる。

「痛い、痛い、タンタン!」

「名前を呼ぶなっ!」

自分の名前が嫌いな黒騎士にさらに頭をぐりぐりやられる残念な女性騎士に、領主は苦笑いを浮かべる。



 国の兵士隊のひとつである黒騎士隊の隊長は、親戚にあたる女性騎士に呆れるしかなかった。

12歳という、この国で最年少での実力者認定を受けた少女。

脳筋騎士を多く輩出している、下流だが貴族の家柄である。

その例に漏れず、脳筋丸出しの少女を家族は何とか教育しようとしたが、父親が早世そうせいしたこともあり、押さえつけることが出来ない。

そのため、親戚筋で一番の出世頭である彼に相談が持ち込まれた。

しかし、その頃にはすでに彼でもその少女を矯正することは難しかった。

この国の風潮でもある「力がすべて」な脳筋どもを彼は恨んだ。つまり誰も彼女に勝てなかったのである。

いや、本気を出せば勝てるのだろうが、相手は少女である。

あのダークエルフのイヴォンでさえ、闘うことを拒否した。

そして彼が思いついたのが、王宮内で孤立している少女の護衛だった。

すぐに国王に話を通してもらい、無事に脳筋少女は王宮という教育の場と同時に職場を得た。

「王宮で貴族らしい身のこなしや、礼儀を学び、近衛兵の見習いとして剣術も学んでこい」

黒騎士の言葉に12歳の少女はぶすっとした顔のまま頷いた。それしか自分の道がないことは理解していた。

少女の実家はすでに傾きかけており、彼女の収入が必要だったのだ。

それから約7年間、女性騎士は多少の問題は起こしながらも、国王の愛娘の護衛として、また最も親しい友人として過ごしてきた。

だが先日、この町主催で行われたドラゴンの分身体討伐で、身勝手な行動をした。

(だってー、ドラゴン見たかったしー)

女性騎士は殺気を抑える術を学んでおらず、平時から駄々漏れである。

それがドラゴンに影響することを危惧し、討伐に参加させないように計画されていた。

それなのに、上司である隊長を出陣直前に拉致し、自分の護衛の仕事も放棄し、討伐に参加した。

彼女の罪はかなり重いものだった。



「では、これが紹介状です」

文官から女性騎士へ、ひとつの蝋封された手紙が渡される。

それは彼女を『剣王』の下へ修行に出すための依頼書である。『剣王』と呼ばれる老剣士は領主シャルネの祖父で、孫の依頼では断ることはない。ジジ馬鹿なのである。

「きっとまだ納得なさっていないと思いますが、それでも貴女には必要なことだと思います」

黒騎士も大きく頷いている。

「……わかってます」

解雇の話まで出たが、それを止めたのは、あの腹黒エルフだった。

「彼女の単独行動は私が依頼し、王宮内の不正や危険の排除に働いてもらっていたのです」

そんなでっちあげの手紙を国王に出し、派手に王宮内で動いてくれた腹黒エルフは、その後すぐに姿を消した。

誰も真偽を確かめることも出来ず、あやふやなまま女性騎士の進退は結局、領主シャルネに丸投げされたのである。

そして、シャルネの手にはそのエルフからの手紙があった。

「騎士ヨメイアは殺気を隠す修行をすべし」

それを老剣士に依頼するようにと書かれていたのだ。

はあ、と騎士ヨメイアはため息をつく。

結局またあの腹黒エルフの思うまま動かされるのか。まだ若い彼女は面白くない。

自分が救われたにもかかわらず、そんな不満を持ち続けている。 

だからその駄々漏れの不平不満が、あれを呼び寄せてしまうのに。


 数日後、遠い山の中腹にある剣王の邸宅の庭で、騎士ヨメイアは今、じっと座って殺気を抑えるという修行中である。

そこにふいにある男性が現れた。

腹黒エルフと魔法剣士の夫婦が以前所属してたグループのリーダーで、勇者の血を引く男性である。

彼は常に女性の味方を自負する。女性の不幸に敏感に反応し、女性の為なら何でもする。

そう、何でもだ。

その男性にヨメイアは最近ずっと付き纏われていた。こんな山奥に追いやられたのは、こいつのせいもあるのではないか、と思っている。

「やっ、ヨーメちゃん。こんなとこにいたんだー」

彼は王都や始まりの町でもさんざん彼女を追い回していたのだ。

「こ、これは、サンダナ殿」

意外にも老剣士はその男性を知っていた。

「その名は呼ばないで。女みたいで嫌いなんだよねー」

ヨメイアの周りの男性は何故か自分の名前が嫌いなやつが多い。

「サンちゃんって呼んでいいよー」とヨメイアに向かってにっこり微笑む。

勇者の血を引く正統な家柄、剣王とてそんな者に逆らうわけにはいかない。しかもまだ若いその男に、老剣士は力ではおそらく勝つことは難しいだろうと思われた。

つまり、彼のすることに口を出す事が出来ない。

「何しに来た」

せっかくの修行の甲斐も無く、ヨメイアから殺気が漏れる。

「一緒に修行しようと思ってー」

そういいながら女性騎士に近づいた男性は、隣に座り込む。そして満面の笑みを浮かべ、誰にも聞かれないように囁いた。

「あのエルフを見返してやりたくね?」

驚いてサンダナを見る。さらに言葉が続く。

「やつは今、雪のドラゴンの本体に会いに行ってる」

やつより先にそのドラゴンに会いたくない?、と甘い言葉を彼女に囁くのだ。

「そ、そんなこと無理だろう」

「んー?、勇者ってなんで勇者っていわれるか知ってる?」

勇者とはドラゴンなどの脅威を倒したもの、またはそれが出来る力を有していると認められた者を指すのだ。

「あぁ」

ヨメイアは納得して頷く。あと一息だとサンダナはほくそ笑む。

「うちにはね、定期的に雪のドラゴンの棲家の近くにある、勇者の墓へ行く習慣があってね」

血筋の若者が力試しとして行かされるのだという。

そして決定的な一言を放つ。

「ドラゴン、倒しに行かない?。もちろん本物」

ヨメイアはごくりとつばを飲み込む。



 

 遠い場所でそんな事が行われていたとは知らぬまま時は流れ、ギード達は今、ようやく勇者の墓がある谷を抜けようとしている。

「地図によると川があるんだけど」

クー・シーにもらった地図はかなり細かいことまで書いてある。しかし今は冬で、雪が覆い隠している地形もあった。

風の精霊リンが上空から地形を確認している。

「ありましたわ。雪で隠れていますけど、確かに小川のようです」

「よし、行こう」

暗くなる前に谷を抜けることが出来た一行は、その日は水辺で休むことにした。

今日は悪霊の気配の濃い谷を抜けようと、早足の移動だった。いくら脳筋とはいえ、妻のタミリアは人族である。かなり足が疲れているだろう。それに実はタミリアは、剣で切っても切っても、切れない悪霊の姿に嫌気がさしていた。最後はもうきゃーきゃー叫んで逃げていた。

「ねー、風呂って造れない?」

剣王の家で入った大きな風呂にギードは憧れていた。まあ、こんな場所で言い出すのもおかしいのだが。

「ああ、あれですね。やってみましょう」

多少の雪はどけて、土の精霊コンがしっかりとした建物を造る。

この一行には水の魔法を扱える者がいない。でも今は目の前に小川がある。

コンは川から水を引き、地面に窪みを造り、水がしみこまないよう表面を固める。

「お、いいねえ」

炎の精霊エンが水を温めてお湯にする。回りは結界で囲み、周りの風景は見えるようしている。

そうしてその一家は、ドラゴンの領域である雪原を目の前にして、風呂に入っている。

場違いにもほどがある。

知り合いが見たらきっと呆れ果て、罵倒するに違いない光景だ。

「ふぅ、気持ちいいねー」「いーねー」

子供達も大喜びである。


「そういえば、ギドちゃん。あの石の卵、どうしたの?」

ギードの脱いだ服を畳みながら、タミリアが聞く。

タミリアの肌を見ないようにしながら、ギードが答える。

「あー、あれ?。クーにあげたー」

ドラゴンに聞くまでもなく、彼がかえすことが出来るというので任せたのである。

「そしたら、こんなものくれたよ」

笑いながらギードがコンに出してもらったものは、クーが書いた誓約書である。

「我、ドラゴンの眷族たるクー・シーは、エルフの商人であるギードに不測の事態があれば、必ず駆けつけ、それを助ける」

「うわぁ……それ大丈夫なの?」

三体のいにしえの精霊の眷族がいる身でありながら、さらにドラゴンの眷族の助力も得られるなど、普通じゃない。

「いや、だって、それ押し付けられたし」

長く同族を見た事がなかったクー・シーは、その卵を託されたことにかなり感激していた。

そして別れ際になって、ギードにその紙を押し付けてきたのだ。

失礼、と言ってコンがその紙をじっくりとみている。

「これは、魔法契約書ですな」

「え?」

コンの言葉にギードは唖然とする。そんなに重いモノだとは思ってもいなかった。

こちらには何も制約はないが、一方的に相手がすべてを負うという契約になっているそうだ。

ギードは風呂の中なのに、冷や汗が流れるのが分かった。


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