勇者の苛立ち
エルフの商人であるギードは、色々な事情があってドラゴンに会いに棲家のある迷宮までやって来た。
ドラゴンに会いに来たのだ。うん、確かに。
「で、何で釣り?」
妻のタミリアが横にしゃがみこんで、彼の釣りを見ている。
雪原の下の迷宮の底、ドラゴンの通り道らしい広い空間がある場所。そこからは左右どちらに向かってもドラゴンはいるらしい。
その道の脇の壁にある亀裂の中に入り込み、その洞窟を拠点としている。
その中には小さな泉があり、ギードはそこで念願だった釣りを実行している。
「時間がね、必要なんだー」
タミリアはコテンと首を傾げる。う、きゅんっとするからヤメテ。
「イヴォンさん達が迷宮に入ったそうだよ」
「あー」
顔をしかめるタミリアに苦笑する。
もうそろそろかなあ。ギードがそう思って顔を入り口に向ける。
「お待たせしましたか?」
いえいえ、とギードは微笑みながらその姿を見ている。
壁を壊すことなくすり抜け、入り口から大きな犬が降りて来た。
「墓守りさん、いらっしゃい」
「いえ、むしろこちらがお迎えした側なので」
ドラゴンの眷族であるクー・シーという、牛くらいの大きさの犬の姿をした妖精族である。
ギードは、彼から契約書を押し付けられた。
それは、ギードに何かあれば駆けつけるというモノ。つまり、クー・シーはいつでもどこでもギードの所に飛べる手段を持っているということだ。
ここにいればいずれ来るとは思っていた。
「お客様を迷宮にお連れしたのですが、余計なことをしたでしょうか」
そんな彼の言葉にギードはにやりとする。
「とんでもない。こちらの知り合いに便宜を図っていただき、ありがとうございます」
クー・シーが手を貸さなければ彼らはここには来られなかっただろう。
ギードは釣竿を横において、タミリアにお茶を入れて来て欲しいと頼む。
そして、タミリアがいない間に懐に持っていた酒の小瓶と小さなカップを出す。
「実は、あなたにお願いがあって」
酒を勧めると人族の姿に変化した。
「今日来た中のひとりを、ここに連れて来て欲しいんです」
出来れば脳筋剣士がいいと伝える。
「分かりました、すぐに」
クー・シーは一口で酒を飲み干すと、にやりと笑って姿を消す。
やはりお願い事をするにはこっちでよかったようだ。甘いモノと酒、どっちがいいか迷ったんだよなあ。
この迷宮は彼にとっては家と同じだ。どこへでも移転出来るのだろう。
タミリアがお茶を持って来たが、客がいないのできょろきょろしている。
「お客様はすぐに戻るよ。それより、ひとり分追加でお願い」
しばらくして、じたばたする剣士を口に銜えた犬が現れた。
「え?、ギドちゃん?」
「お久しぶりです。エグザスさん」
クー・シーは、エグザスをどさりと泉の前に落とすと、人族の姿になる。
「おー」
お茶を出すタミリアを珍しそうに見ている剣士にギードは微笑む。
「実はあなたにお願いがあって、墓守りさんに頼んで連れて来てもらいました」
エグザスはきょとんとした顔をした。
ふぅ、人選を誤っただろうか。
「何が驚いたって、ギドちゃんがまだヨメイア達と遭ってないってことだよ」
自分達より早く着いているのだから、どうして合流していないんだと聞いてくる。
ああ、そっちか。
「いえ、だって、必要ないでしょ。目的が違うし」
「あーそうか。お前の目的が分からんってイヴォンが言ってたな」
ギードは知らん顔でお茶を飲み、その話は聞かなかったことにする。
「それでお願いなんですが」
いつになく真剣な顔になった腹黒エルフに、エグザスは引いている。そんな顔は似合わないなとか思っているのだろう。彼には、ギードはどんな時でもにやにやしている印象がある。
「勇者様ご一行と交渉して、一日でいいので討伐を遅らせて欲しいんです」
「一日でいいのか?」
言外に止めないのか?、と聞いてくる。
「ええ、一日あれば何とかなるかなーと」
エグザスはギードなら悪知恵で止めてくれるのではないか、と期待している。
最終的にそうなるのなら、力を貸すことも厭わない。
「分かった」
では、と具体的な話に入る。こうしている間にも戦闘が始まるかも知れない。話し終わるとすぐに元の場所へエグザスを戻す。
イヴォン達と話し合ってもらわなければならない。
「さて、間に合うかな」
ギードはそれを心配している。
イヴォン達は勇者の墓の森で出会ったクー・シーに案内され、この迷宮に入った。
しかし、いきなりドラゴンに会わせる気はないようだ。
荒々しく削られた固い岩盤が天井や壁を形成し、所々水が滴り落ちている。大きな犬の姿のクー・シーは迷うことなくその中を進んで行く。
やがて広い場所に出る。
「ここにドラゴンが?」
犬の姿の墓守りは、くいっと顔を左右に向ける。
「この左右どちらに向かってもドラゴン様がいらっしゃいます」
どちらに行くかは自分達で決めてくれ、という。イヴォン達は迷い、一旦休憩となった
そのわずかな時間にエグザスの姿が見えなくなっていた。
「どこへ行ってたんだ?」
ギードの洞窟から戻ったエグザスは、ちょっと野暮用だと言って誤魔化す。イヴォン相手にそんなモノは通用しないのだが。
「聞いて欲しい。ヨメイアを取り戻す案だ」
そしてイヴォン達に話を切り出す。ギードの名前を出さずに何とか彼の案を伝える。
エグザスとしてはいまいち納得出来ない案だが、時間がないと言われては仕方ない。
「やってみよう」
イヴォンが頷き、スレヴィとハクレイも了承した。
普通に話し合ってヨメイアがこっちへ戻ってくるはずはない、力ずくで何とかするしかないだろう。イヴォンはそう思っていた。
エグザスの話が誰の発案かは予想がつく。
今はそれに賭けてみる。ダメなら最初の予定通り、力ずくだ。
すぐに勇者ご一行様の所へ向かう。クー・シーが案内してくれる。
一行は炎のドラゴンの存在が分かるぎりぎりの場所で天幕を張っていた。
数はおよそ十数人というところか。しかし勇者の家の私兵達だ。皆、鍛えられている。
「よぉ」
王都ではスレヴィ相手に一度は連携した相手だ。
「やぁ」
イヴォンとサンダナは一見和やかに挨拶をするが、空気が剣呑である。
他の兵士達は、自分達とギード達以外の者がいるとは思っておらず、驚いて身構える。
しかし相手を良く見ると、国では有名な実力者達だった。
相手の意図は分からないが、自分達が敵う相手ではない。
「ここまで来たんだ、俺達四人、討伐に手を貸してもいい」
一行の兵士達がざわめく。戦闘民族といわれるダークエルフ、実力者である魔術師、聖剣士。
ごくりと唾を飲む音が聞こえる。助っ人としては申し分ない。
「条件を聞こうか」
サンダナはもう微笑んでいない。イヴォン達が何かを企んでいることは確実だ。
「一日でいい。ヨメイアを説得する時間が欲しい」
兵士達が一斉に後ろの方に隠れていたヨメイアを見た。
むっとした顔でヨメイアが仕方なく前に出て来る。
「何か用?」
イヴォンは不機嫌な顔をしたヨメイアを手招きする。
サンダナがぴりぴりしているのが分かる。勝負は一瞬だ。隙を見せてはいけない。
「明日の午後には返す。今は手を出すな」
「信用出来ない」
サンダナが剣に手をかけている。その目は冷たいくらい静かに集中している。
スレヴィがサンダナの目の前に立つ。
「私が代わりに残るわ」
そう言ってサンダナの視線を遮った隙に、クー・シーが残りの三人を連れて姿を消す。
ガツンッ!
サンダナはスレヴィを殴り飛ばす。
「絶対に逃げられないようにしておけ」
兵士達が慌ててスレヴィを拘束する。
ゲホッとスレヴィが血を吐く。
「骨か内蔵、やられたな」
兵士達は、サンダナが女性に手をあげるとは思わなかった。特に女性兵士達はその冷酷な態度に恐怖を感じた。
サンダナの苛立ちがその場を包み、兵士達はドラゴンどころではなくなった。
「ギード!」
「こんにちは」
クー・シーによってヨメイアを連れたイヴォン達は、ギードがいる洞窟に連れてこられた。
その空間は水場があり、中央に焚き火があり、壁に部屋が作られているし、調理場やテーブルまである。
まるで家族で遊びに来ているかのようだった。
エグザスはさっきと同じ場所で釣りをしているギードの隣まで来てしゃがみこんだ。
「でさ、ホントにここって釣れるのか?」「分からん」
その光景にイヴォンは脱力する。
「師匠、ヨメイア、いらっしゃいー」
お茶を用意したタミリアが出て来る。その足元には双子が走り回っている。
「お、お前はー、こんなところにまで子供達をー」
ハクレイがギードに詰め寄ろうとすると、足で何かを踏んだ。
「あーぁ」
ユイリがハクレイを指差す。足元を見ると小さな蛇のような、目のない虫のような、小さな生き物が数匹動いていた。
「ああ、ハクレイさん。それユイリの友達なんで、気をつけて」
「ほぇ?」
ユイリが胸元に下げている笛を口にする。ぴーぴーと音がするだけだが、それでも虫には分かるのか、一斉に同じ行動をする。
ハクレイがぽかんとしていると、今度はミキリアが短い杖を取り出し、つぶれた虫をボウっと焼いている。
「面白いでしょー?。ここで魔法の練習をさせていたら、こうなったんです」
笑いながらギードが言うと、何故かイヴォンにげんこつを落とされた。
「お前らはほんっとに呆れたやつらだ」
師匠に対し、タミリアは少し胸を張って偉そうにした。
やっぱりげんこつを落とされていた。




