森の中の追跡者
エルフの商人であるはずのギードは、今、ドラゴンの棲家のある迷宮の中にいる。
「どうだった?」
いつものようにまだ家族が寝ている時間に起き出す。
(はい、あちらでご報告を)
眷族の念話に軽く頷いて答える。
背中に張り付いている妻のタミリアの腕をはずす。
腕の中で眠っている双子の子供達の頭をそっと撫でる。
ギードはいよいよドラゴンとの邂逅が近付いている事を感じている。
ここは森ではないので、早く起きてもやることはない。地上は雪が積もっているが、地中はそれほど寒くはない。
炎の精霊エンが洞窟を明るくし、暖めてくれる。
ギードはお茶を入れる。ついでに眷族の精霊達のために用意した酒も少し温める。
土の精霊コンが作ってくれた小さなテーブルに、三つのカップを置き、その前に座る。
「じゃ、頼むよ」
「はい」
風の精霊リンが偵察で見て来た事を報告をする。
「そうか、やはり来たのか」
ギード達より二日遅れでヨメイア達の一行がこの迷宮に入ったようだ。
「予想されていたのですか?、主様」
「いやー」
誰か来るとは思っていた。勇者様ご一行とは思わなかったが。
しかも思ったより早い。まあ、こっちが子供連れで遅いせいだ。仕方ない。
「こうしてはおられません。さあ、早くドラゴンの所へ行きませんと」
ギードはゆっくりとお茶を飲む。そして顔を上げ、三体の精霊を見る。
「どうして?」
その言葉に眷族達が驚く。
「は?、ドラゴンに会いに来たのでは??」
「もちろん」
と言いながらギードからは焦る様子は見えない。
「話をするだけなんだから、彼らがドラゴンに会ってからでも遅くはないでしょ?」
彼らがドラゴンに勝てると思う?、とにやりと笑う彼らの主は、そういえば腹黒であった。
「さて、本題に入ろうか」
ギードはお茶を飲み干し、改めて熱いお茶を入れる。
「リン、報告の続きを頼むよ。で、ドラゴンは二体いるんだね?」
「は、はい」
動揺を隠せないまま、リンは返事をする。
ギード達が通って来た広いドラゴンの通路は、実はどっちに向かってもドラゴンがいるというのだ。
また面倒なー、とため息をつく。
「このまま進行方向に向かいますと、雪のドラゴンが、反対方向へ向かいますと」
リンはひとくち酒を飲み、嫌そうな顔になった。
「炎のドラゴンです。まだ若いようで、体は小さめでしたわ」
リンが嫌な顔をしたのは、タミリアが炎と風を得意としているからだ。
つまりは、炎のドラゴンとの相性がいまいち良くない。それどころか、炎のドラゴンにタミリアが得意の爆炎系の魔法を使ったら、相乗効果で地上の雪さえ溶けるんじゃないかなあ。
まあそれはやってみないと分からないし、出来れば魔法剣にしてもらえれば何とかなるかな。
(あ、違うわ。闘う前提じゃん、だめだ)
ギードは自分で自分の考えに苦笑する。
「どちらに向かわれますか?」
三体は真剣な表情で主の言葉を待つ。
「へ?、どっちも行かないよ」
そう言ったじゃないか。勇者様ご一行を先に行かせるんだよ。
主の言葉に眷族達はいまいち納得していないようである。
「では、残った方のドラゴンにむかー」
「行かないよ」
ギードは三体の眷族に向かって、はっきりと言う。
「勇者一行がいなくなるまで、ここで待機しようと思う」
タミリアと子供達の安全。それがギードには第一なのだ。
イヴォンを隊長とするギード家捜索隊は、ヨメイア捜索隊と名前を変え、勇者の墓へ向かっていた。
「楽ちんだねえ」
スレヴィは便利な魔法に歓喜している。
全員がハクレイの魔術により宙に浮いた状態で、すべる様に雪の上を移動しているのである。
イヴォン、スレヴィのダークエルフに加え、魔術師ハクレイと聖剣士エグザス、の捜索隊一行は四人という少数精鋭で向かっている。
「俺の魔法でもこの人数が限界だがな」
魔力回復薬をがぶ飲みしながらの飛行魔法である。ハクレイの顔には玉のような汗がずっと浮かんだままだ。
「大丈夫か?。たまには休憩していいんだぞ」
エグザスはハクレイを気遣うが、急いでいるのもまた事実だ。
「いや、まだ大丈夫だ。それより魔法の範囲から出るなよ」
ギード達に追いつくにはこの方法しかなかったのである。
それでもすぐに追いつけるはずはない。捜索隊は何日か野営をしながら山を越える。
やがて、谷間に黒ずんだ森が見えて来た。
「あれが勇者の墓だ。あの中に休憩させてもらえる小屋があるはず」
イヴォンは国の力で作成させた地図を見て、ハクレイに指示を出す。
ハクレイの飛行魔術は雪の上は快適だが、森の中は危ないので谷を降りた所で地に足を着ける。
周りはすでに闇が取り囲んでいた。
明るいカンテラを下げたイヴォンが地図を見ながら先頭を歩き、疲れきっているハクレイに肩を貸したエグザスが後に続く。
スレヴィは勝手気ままに動き回り、どこにいるのか分からない。
たまに遠くで何やら戦っている音はしていた。たぶんアレがソレなのだろう。
森の中の道は一本しかなく、すぐに一軒家が目に入る。
「こんばんは、すいませんが一晩泊めていただけませんか」
出て来た暗緑色の服の男性は微笑んで受け入れた。
そして、客は三人連れだと思ったら、いつの間にかひとり増えていたのには驚いていた。
「ありがとうございます」
簡単に食事を取ると、すぐにハクレイを休ませる。
スレヴィが外へ出たがった。
「夜の魔物は悪霊が多い。倒しても倒してもキリがないんですよ」
手ごたえもないので、夜の狩りはお勧めしないと言われ断念した。
エグザスが荷物から酒を取り出すと、イヴォンに呆れられる。
「いやあ、寒い時はコレが一番だって」
笑いながらそれぞれのカップに注いでいく。
墓守りはありがたくそれを受け取る。
「それで、やはり来たのは二組でしたか」
「ええ」
夜は長い。墓守りと客はだらだらとしているようで、妙な緊張感のある会話をしている。
「団体さんはドラゴン討伐目的ってはっきり分かるけど、あのエルフの家族の目的はなんだろう」
スレヴィは、誰に聞くでもなく問いかける。
「特に聞いてはおりませんが、討伐ではないということは、はっきりおっしゃってました」
嘘ではない。クー・シーはギードの本当の理由を聞く前にドラゴンへの道を許可している。
さて、この者達はどうだろうか。
「分身体討伐の時に何かあったのかも知れん」
あの時、ドラゴンの餌にエルフを使った事が世に知れてしまった。もしかしたらこれから先、ドラゴン狩りにエルフを囮に使う者が増えるかも知れない。
「それを危惧して、ドラゴンに確認に行くと?。自分の身が危ないのに子供まで連れて?」
イヴォンの予測にスレヴィが疑問を投げる。
「それこそ、あの腹黒エルフの事だから、何か策があるんだろう」
なかなか結論は出そうにない。
クー・シーが口を開く。
「では、あなた方の目的は何でしょう?」
女性騎士を捜索するというが、彼女は勝手に危ない場所に行くのだ。
それこそ、亡くなったとしても、それはそれで仕方がないのではないだろうか。
連れ戻すより、戻るのを待った方が安全ではないか?。
「それとも、やはりついでにドラゴンと闘うおつもりなのでしょうか」
休んでいる魔術師も、この目の前の者達も、実力はかなりのものだろう。おそらく、先に通って行った団体よりも彼らの方が主のドラゴンには脅威だろうと思う。
「いや、それはないな」
エグザスは酒に飲まれる性質なので、あまり多くは飲まない。コップを置いて墓守りの男性を見る。
「私はドラゴンは神聖な生き物だと教会で教わった。分身体はドラゴンが我々を試すためのモノであると」
概ね正しい理解にドラゴンの眷族であるクー・シーはうれしそうに頷く。
「我々が彼女を追っているのは、仲間だからだ」
「仲間?」
そうです、とエグザスは胸を張る。
そんなに長い期間ではないが、共に戦い、泣いたり笑ったりした。
その中で分かったことは、あいつはまだ若い。まだまだこれからなのだという事だった。
「ここで怪我なんぞして騎士を辞めるには勿体無い人材なんですよ」
エグザスの慈愛のこもった言葉に、なるほど、とクー・シーは何度も頷く。
やはり人族は面白い。たったそれだけの理由で、危険なドラゴンの棲家に向かうという。
「では、彼女を捕まえたら、その後は?」
「逃げます」
即答した三者に、墓守りの笑みは深くなる。
二日酔いにならぬように、と早めにお開きとなった。
真夜中過ぎ、クー・シーは不穏な気配を察知し、外へ出ると擬態を解く。
牛ほどの大きさがある、暗緑色の長い毛をした犬の姿ではあるが、機敏で戦闘能力も高い。
墓守りだけあって悪霊に強く、見かけとは違い低級だが神聖魔法も使う。
昼間は薄暗い森の中をうろついているだけである不死族や魔物は、夜になると活動が活発になる。この森に眠る強者の魂に惹かれ、それを取り込もうとするのだ。
そして時には、そんな者達の中に周りの悪霊を取り込み、より凶暴化するモノが出る。
がるるる。
唸り声を上げ、クー・シーはゆっくりと森の奥へと入って行く。
そして、その夜の闇より黒いソレと対峙した時、後ろから彼らが現れた。
「ほぉ、いい具合に黒いな」
「さっさとやっちゃおうよ」
「じゃ、やりますか」
ダークエルフと聖剣士が墓守りの横をすり抜けて行く。驚きで一瞬動きの止まったクー・シーは、慌てて追いかけ、参戦する。
気がついたら戦闘は終わっていた。
「はぁはぁはぁ。思ったよりキツイね、こりゃ」
聖剣士はそういうが、クー・シーはこんな短時間で終わったことは今まで経験がない。
先日、あのエルフの祈りでかなりの数が弾き飛ばされた。あの時以来の衝撃だった。
(何てでたらめな力だ)
クー・シーは目を丸くして驚いていた。
夜明けまでにはまだ時間はあるので、家の中へ戻る。
「助かりました」
犬の姿から人族の姿へ変化すると、三者に頭を下げる。
「ああ、やっぱりあなただったんですねー」
ぽりぽりと頬を掻きながらエグザスがクー・シーの姿をじろじろ見ている。
ふふっと笑いながら、暖かいお茶を入れ、菓子を出す。
「あ、これ、ギドちゃんのでしょ」
エグザスがうれしそうに手を出す。
「はい、人族でも妖精族でも気力を回復してくれるそうです」
これからドラゴンの棲家に向かう一行は、少しでも身体を休め、気力を戻す必要があった。
思わぬ手助けをしてくれたこの者達をクー・シーも手助けしたくなった。
「あなた方は、我が主であるドラゴン様の敵ではないのですね?」
念押しのようにクー・シーが言うと、目の前の四人は揃って頷く。
彼らが急いでいることは知っている。
しかし、彼らの手持ちの地図ではドラゴンの迷宮への入り口は簡単には見つけられないだろう。
先の団体がすでに迷宮に入ったことは感知済みだ。
間に合うだろうか。
朝食を終え、家を出ようとする彼らに、クー・シーは昨夜のお礼がしたいと申し出た。
「ドラゴン様の棲家へ私がご案内いたしましょう」
彼らは顔を見合わせる。半信半疑というところか。墓守りはただ微笑んでいる。
さあ、と手を出され、四人は恐る恐るその手に触れる。
……目の前が歪んだ気がして、気分が悪くなった。気がつくとそこは周りがすべて土だ。
「ここがドラゴンの棲家か」
イヴォンの呟きに、暗緑色の服の男性がにこやかに頷いた。




