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北の森の妖精族

 名もない世界の、名もない大陸。名はあるかも知れないが知らない国に、人族と、少数のエルフをはじめとする妖精族が住んでいた。

「あんまり遠くへ行くなよー」

エルフの商人であるギードは、人族である妻のタミリアと、双子でエルフ族の息子ユイリと人族の娘のミキリアを伴い、旅に出た。

今は、「魔法の塔の町」と呼ばれる、この国の最北端の町から出て、さらに北へ向かっている。

「あーぃ」「ぅあーいー」

ここは魔物の森と呼ばれる危険な場所。でも、もうすぐ二歳になる双子はのんびりと森の中で遊んでいる。

「お任せを」

ギードが心配そうに見ていると、すぐに彼の眷族達が動き出す。

黒い影から、半透明のエルフの姿をした精霊エンと、リンが現れ、子供達に寄り添う。

ギードの側には彼の守護精霊であるコンが、エルフの騎士の姿で立っている。

ドゴオォーーーン!

森の奥から盛大な音が響く。

「やれやれ、今日も大物をさばくことになりそうだ」

魔法剣士である彼の妻が、ひとりで森で狩りをしている。

ギードは食事の支度が担当だ。

寒い土地、冬に向かう季節であるにも関わらず、一家四人と三体の眷族は、この旅を始めたばかりだ。


ギードが倒された魔物の山から少量の肉片を切り取った後、タミリアが魔物の残りを一瞬にして焼き尽くす。 

魔術師として高い能力を持つ彼女は、何故か魔法よりも剣を振り回すことを好み、いつしか脳筋と呼ばれるようになった。それが高じて、ついに先日、魔法を剣にまとわせ高威力を出す『魔法剣士』となったのである。

森への延焼を防ぐため、結界で囲って作業していたので、焼いた跡には何も残っていない。

「そろそろ夕食にしようか」

旅の間、休憩の度に土の精霊コンが簡易な建物を造る。食事や宿泊はその中で、安全に過ごせる。

炎の精霊エンが温度を調整し、風の精霊リンが空気を循環させる。さらに結界や見張りも眷族任せである。

ギードと子供達にとっては何もかもが初めての旅。

こんなものかなーと思っている。

しかし、聖騎士団の遠征で各地を回った経験を持つタミリアは、こんな楽な旅は珍しいと思う。

(ま、便利だし、いいかー)

彼女自身は、大物をぶっ飛ばせればそれでよかったりする。




 子供達が眠ると、ギードは地図を取り出す。

魔法の塔でもらった地図を見る限り、方向は間違っていない、はず。しかし、森に入ってすでに10日以上が経過している。

「やっぱりそういう事なんだろうなあ」

仕切られた他の場所で身体を拭いてさっぱりしたタミリアが戻って来た。

彼女は考え込んでいるギードの姿に、思わずきゅんとなる。

恥ずかしがり屋のタミリアは、たとえ出会いから七年以上になる夫であろうと、まっすぐに相手を見るのは非常に照れる。

彼の丸まった背中は彼女にとって非常に庇護欲をそそるのだ。

その背中に思わずガバッと抱きついてしまう。

「おおっと、タミちゃん、危ないよー」

ここには危険なモノは無いが、ギードの危機に勝手に動きかねない眷族達がいる。相手の力量がはるかに弱ければ無視するが、タミリアは実力者である。

一瞬の判断で取り返しがつかない事にもなりかねないため、ギードの妻という判断より、危険性を優先するかも知れない。

「いいもん、それならそれでー」

闘うからー、という脳筋妻に呆れながら、隣の椅子に座らせる。

「今どこ?」

タミリアが地図を覗き込む。

ギードは森と周辺の山脈との境辺りを指差しながら、ため息をつく。

「どうも森から出してもらえないみたいだ」

森を抜けるだけならこんなに日数がかかるはずはない。

「何かが動いてる?」

タミリアがギードの顔を見る。

「だろうね」

困り顔でそれに答える。

まあ、ギードには想定内である。

(明日の朝、交渉に行くから、エンとリンは残って待機。コンは着いて来てもらうけど、手出しは無用だよ)

腹をくくってしまえばあとは実行だけである。


 いつものように朝日が昇る前に起き出し、ギードはひとり、森の中を歩く。

彼は森の民エルフだ。森の中であれば無敵である。自分の勘を信じ、慣れた足取りで異常な魔力を感じる場所へ向かう。

その日、ギードは古代エルフ族が正装と呼ぶ衣装を身につけている。

普段の彼は並のエルフ以下の魔力と容姿で偽装しているが、この衣装は彼の本来の魔力と容姿を開放する。今の彼はエルフ族としてはかなり高位の姿に見えるはずだ。

朝日が森に差し込み始め、幻想的な風景の中に、美しいエルフの姿が映える。

周りの気配が変わり、ギードは立ち止まる。

「この森のあるじにご挨拶したい。お取次ぎを」

低く、よく通る古代エルフ語で声をかける。

その言葉に木々がざわめく。やがて、彼が全く動いていないにも関わらず、風景がガラリと変わる。

森を切り開いた広場に、粗末な家が並ぶ。生き物の気配はあるが、姿は見えない。

「エルフ殿、何か御用かな?」

やがて姿を見せたのは壮年の、獣人だろうか。人族の姿に、おそらく猫族と思われる耳と尾が見える。しかし、魔力が高いところをみると、獣人ではないだろう。

「ケット・シー族……」

「ほぉ」

よく分かったな、と相手がニタリと笑う。

その後ろにいつの間にか数体の、こちらは魔力が少ない獣人が出てきた。猫族が多いようだ。

「私は森の民ギード。母なる木の森からドラゴンを尋ねる旅をしている」

驚きの声が上がると同時に、疑問の声も上がる。

「こ、こいつは人族の戦士を連れている。信用出来ない」

あー、戦士ねぇ。タミリアのことだろうな。

おそらくこの森も、先の大戦で逃げて来た者が多いのだろう。

この北の果ての土地で、人族が狩りをするこの森の奥で、怯えながら隠れ住んでいる者達。

「信用していただかなくて結構ですよ。すぐ出て行きますので」

だから、この森にかけられている迷いの魔法を解除して欲しいと頼みに来たのだ。

「嘘をいうな!。そんな魔法などー」

「ワシが招待したのじゃ」

ようやく本当の交渉相手が出て来たようだ。

ギードはうやうやしく頭を下げ、敬意を示す。




 それは衣服を着た、二本足で歩く、人族より少し小さめの猫の姿であった。

黒い毛並みに、胸のあたりと尾の先だけが白い。

正統なケット・シー族の姿である。

先ほどの獣人に近い姿は、長い年月の間の獣人族との交流の結果なのだろう。

「面白い魔力を感じたのでな。一度会って話がしたいと思ったのじゃ」

普段は魔力を封印しているギードは、眷族かタミリアの魔力だろうと思った。

「誰かが、あの森の迷宮を攻略したのかな?」

ギードはギクリとする。

遺跡の迷宮を知っている者がこんな所にいるとは思わなかった。

となれば、感知されたのは子供達の魔力という事になる。

慎重に話を進める必要が出て来た。

 大きめの家に入り、テーブルにつくとお茶が運ばれてくる。

「長老様、私どもに何か御用でしょうか?」

あまり長居は出来ない。自分の帰りが遅いと例の戦士が動き出してしまう恐れがある。

手短にお願いします、というと、長老猫はホッホッホと笑いながらお茶を飲む。

「ドラゴン殿に会いに行かれるとか。それはまさか討伐が目的ではないでしょうな」

ちらりと剣呑な視線が見える。ギードは一口お茶を飲み、にっこりと微笑む。

「とんでもない。少々ドラゴン殿にお願い事をしに行くだけです」

長老猫が笑い出す。

「それは面白い」

ドラゴンに挑む無謀な者は後を絶たない。しかし、願い事をしに行くというのは聞いたことがない。

それはもっと無謀な気がするがなあと、小さな声が聞えた。

大いに笑った後、長老猫は身近にいた者に何やら伝えた。

伝言がさざなみのように伝わった後、神職のような衣装を着た女性の獣人が、何かを載せた盆を持ってやって来た。

長老猫は盆に載った大人のこぶし大の大きさの石を、ギードに差し出す。

「これは卵じゃ」

それはギードにも分かった。石の中に鼓動があるからだ。

「これを無事にかえしてやりたい。一緒に連れてってやってもらえないだろうか」

もし旅の邪魔だというならば、せめてドラゴン殿に孵し方を聞いてきて欲しい。長老猫はそう頼んできた。

「あのー、これはこの状態のまま産まれたのですか?」

長老猫は黙って頷く。

ギードは驚いていた。魔力はうまく感知出来ないが、これが普通の鳥や獣でないことは分かる。

きっと産んだ母親が一番驚いたに違いない。

しかも何百年以上も前の話で、親族ももういないのだという。

「生きていることは間違いないのでな。捨てることも処分することも出来なんだ」

もうワシも長くない、コレだけが気がかりなのだと長老猫は寂しそうに笑った。




 ギードは考える。石の卵ひとつくらいなら持って行くのは容易い。

どうせドラゴンに会いに行くのだから、頼み事がひとつ増えたとしても問題はない。

しかし、彼らの願い事を叶えたところで自分達に利益はない。

「報酬は何が良いかな?」

危険な旅に同行させるのだから、何なりと。そうは言ってくれるが、正直、この森の集落の状況を見るに期待出来そうにない。

魔道具だの、宝だの、もらう品にコレが釣り合うモノなのかも不明だ。

「私は商人です。いつ商機があるか分からないので、常に懐に契約書を持ち歩いています」

ギードは紙とペンを取り出す。

「しかもこれは、魔王や国王でも契約を破るとタダでは済まないという、魔法契約書です」

エルフの商人はその紙にすらすらと何かを書き始める。周りが息を呑んで見つめているのが分かる。

書き終わるとそれを長老猫に、ペンと共に差し出す。

「この条件でよろしければ、お受けいたしましょう」

腹黒エルフは全開の笑みを浮かべる。

 多少引きつった笑みを浮かべていたが、ケット・シーの一族としては悪い条件ではなかったらしく、案外あっさりと了承された。

彼らの名前の文字を読むことは出来なかったが、魔力を込めてもらえれば問題ないとして受け取る。

ギードは一族の目の前でその紙に向かって何かを唱える。魔力がゆっくりと染み込んでいく。

「契約は成立しました。では失礼します」


 ギード達はその日の内に森を抜け、山道に入った。

その夜、子供達もタミリアも寝静まった簡易な建物の中で、ギードは翌日の行程を考えていた。

すべてを見ていた守護精霊は、あるじに念話でこっそりたずねる。

(あれはどういう契約であったのだ?)

ギードは懐から石の卵と契約書を取り出す。

「いやー、たいした内容じゃないよ」

要求したのは、分かる範囲内のドラゴンの棲家への地図。そしてこの石の卵の権利である。

たとえ無事に生まれ、それが何だったとしても、その所有権はギードにあり、一族には渡さない。

つまり、二度とその集落にこの卵を持ち込むことは無いということだ。

(地図は分かるがその卵は何故ー)

「生まれない自由もあっていいと思ってね」

この卵が産まれた頃、何があったかは知らないが、孵る前から嫌がるような何かがあったのだろう。

それなのにあの長老猫は自分が心残りだからとコレを孵そうとしていた。

一族にとって大切なモノならば、こんな取引に応じるはずはない。つまり長老猫の個人的な問題でしかなかったわけだ。

「彼らはこれを厄介払いしたかっただけさ」

ギードは「そんなの気に入らないよなあ」とその卵を撫でる。

「それに魔法契約書なんて嘘だしね〜」

この紙は急に覚書が必要な時に使う物で、魔力を通すのは水や雨に対するにじみを防ぐためのものだ。

証拠隠滅、と笑いながら契約書を破り捨てる腹黒エルフを、眷族である精霊は呆れながら見ていた。



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