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化け物

難産です。

「では、試合を始めます」

『しゃす!』



来る歓迎試合の日。

主審の三年生に挨拶を返しながら、三年生18人、二年生22人、一年生8人の総勢48人は、グラウンドを駆けた。


先攻は新垣を四番に置く2、3年チーム。



「ふっ!」

「ナイスボール。いいぞ将悟」



1年生チームの先発の高槻は絶好調のようで、小気味良い音を響かせている。








ここで、両チームの先発オーダーを発表しよう。


2、3年チーム


1小原巧(三)

2上野孝(遊)

3夏井正栄(中)

4新垣ノア(左)

5山内太陽(一)

6玉城純一(二)

7佐藤知之(投)

8赤城陽介(右)

9石井雄大(捕)




1年チーム



1小峠千里(遊)

2大河健(二)

3高槻将悟(投)

4浅村瑞穂(左)

5室井慶太(捕)

6佐々木由太郎(三)

7五十嵐荒海(右)

8鏑木隆之(中)

9遠藤智也(一)



瑞穂はリリーフ投手だが、長打力と強肩を買われて四番レフトとなっている。



「……っす」



上級生チームの先頭打者は、2年生、左打者の小原巧。



(確か、この人はインローが苦手だったな……)



数週間共に練習をしてきた為、室井の頭にはほとんどの打者の力量が頭に入っていた。


力はさほど込めなくていい。コントロール重視でインローに。


サイン通りの一球は、小原のバットを詰まらせた。



「サード!」



佐々木が軽快にさばいて、ワンナウト。

高槻にナイスボールと声をかけようとした時、室井の耳に凄まじいスイング音が届いた。


新垣だった。室井が視線を向けると、新垣は首を横に振った。


本気で、完膚なきまでやってくれ。


そう言っているようだった。


見ると、高槻は元よりそのつもりだったようで、頷きながら口元を吊り上げていた。


ならばと2番の上野に対し、室井は全力のストレートを要求した。


きれいなオーバースローから放たれる140キロの球が、右打者の胸元に抉り込む。



「うおっ!」

「ストライク!」



案の定、上野は尻餅をついて倒れた。内心にやけながら室井はボールを返す。


このバッターはもちろん、高槻は次の三番も三振に切って取り、この回を三者凡退に押さえた。

1年生チームの攻撃。



「いけ、チー(千里)!」



3年生、エースの佐藤は、変則サイドのサウスポーだ。いかにも癖がありそうな球がミットに吸い込まれていく。

コントロールも悪くない。良い投手だ。並の打者では、完璧に捉えるのは難しいだろう。


そう、並なら。



「りゃっ!」



小峠の初球からのヒッティングの結果はセンター前。しかし、ここで終わらないのが小峠の足。

センターが処理をもたついている間に迷いなく一塁を蹴り、2塁を陥れた。2番の上野が確実にバントを決め、ワンナウト3塁で3番の高槻に繋いだ。

当然、



「打ったぁ!」

「回れ回れ!」



外角を捉え、右中間に落ちた打球を見て、三塁ランナーはホームイン。ボールがホームに帰ってくる間に高槻は2塁まで進んだ。


未だワンナウトで、回ってきたのは四番の瑞穂。

一応神野へ目を向け、ヒッティングのサインを受けて打席を立つ。


内角球に瞬時に反応。腕を畳み、体の回転を使って振り抜いた。


ぐんぐん伸びていく打球は、当然だと言わんばかりに外野フェンスを越えた。



「いったーーー! 浅村選手、止めのツーラン!」



実況者風に叫ぶ佐々木を瑞穂呆れた顔で一瞥し、ホームイン。


4-0。怒涛の攻めで早々に突き放した。


その後室井がスリーベースを放つが、後続が繋がらず点にはならなかった。



「将悟」

「分かってる。全力だ」

「OK。相手はあの新垣さんだ。気は抜くなよ」

「当たり前だろ」



室井は守備に一声かけ、キャッチャーボックスに戻っていった。

右バッターボックスで足元を均す新垣を見ながら、高槻は息を吐く。



(手加減なんてしない。全力でねじ伏せる……!)



自らを一括し、両腕を振り上げる。サインはインハイ。新垣のスポーツサングラスにぶつける気持ちでボールをリリースすると、パチッと小気味良い音と共にボールが離れた。


ボールは狙い通りインハイギリギリに吸い込まれていく。が、途中でガクッと折れるように曲がる。


高槻の決め球『高速スライダー』。


この球を使い、1試合15三振を記録したこともある自信の球。


──さすがにあんたでも無理だろ!


そう室井が空振りを確信した時、聞こえる筈の無い金属音が聞こえた。耳を疑った室井だが、やはりそれは紛れもなくスライダーを捉えた証だった。


レフトに打球が飛ぶ。瑞穂は打球が飛んできた瞬間、背走していた。打球のスピードが並ではない。


瑞穂はフェンスの5メートル手前で立ち止まった。

決して追い付いた訳ではない。諦めたのだ。



(おいおい、どこまで行く気だよ)



とうの昔にフェンスは越えている。その3秒後、校舎の屋根に直撃して、ようやく着弾した。

その瞬間、瑞穂は耳と背中にビリビリとした振動が伝わるのを感じていた。後ろで歓声が起きていると、振り返らずとも分かった。


この大音量。叫んでいるのは1年だけでは無い。2、3年も同様の筈。

多少なりともやる気が出たみたいだな、や、一年間を共に過ごしているのになぜ驚くのだろう、など、いろいろな感情が巡っていたが、一番強かったのは、自分への失望だった。



(いつからだ……? 強打者を見ても、何も感じなくなったのは)



いや。と小さく呟きながら首を横に振った。

答えなんて分かっている。あの時から、片時も忘れたことは無い。


──自分はもうピッチャーとしてやっていけないのでは。


そんな思いが頭によぎった瞬間、視界に一人の男が入り込んできた。

出入口で此方を睨み付けるような視線を向けるその男は、見覚えがある。初日の入学式以来一度も学校に来ていなかった。

名前は……



「迥藤優希……?」



瑞穂はその時、心の奥の奥にある、食指に近い何かが揺さぶられたような気がした。

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