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新垣ノア

「ついに……この日が来たか」



『私立浅見高校』と刻まれた無機質な校門に、『入学式』と華々しい文字が飾られるこの日が、ついに訪れた。


周りはまだ少年の面影を残した新入生で溢れていて、桁外れにがたいの良い瑞穂は、とんでもない注目を浴びていた。


居心地の悪さからそそくさと教室に向かうと、自分の席の後ろに、見たことがあるような無いような、というか無い男が居た。



「誰だっけ?」

「佐々木だ佐々木! 荒羽シニアの五番!」

「黙れ小僧」

「お前が聞いたんだろ!」


教室の中だと言うのにかなりの声量で突っ込みを入れるのは、実は荒羽シニアの五番である佐々木。


実力は確か。強肩強打で、室井に次ぐ長打力と高槻に次ぐミートセンスを持つという微妙な位置取りなせいなのか、影が薄いのは。



「ったくよぉ。将悟みてぇにブスッとしてる奴だと思ったらなんだこれ。さてはそのキャラ、作ってんだろ」

「作ってねえ。五厘にすんぞ」

「止めて」



サッ、と卓球選手も裸足で逃げ出す反射神経で頭を隠す。瑞穂は呆れたようにため息をつきながら席に座った。



「ねえ、君たち」



ちょうどそのタイミングで、視界に何かが入り込んできた。甘い洗剤の香りが鼻に届く。


その人物は、中性的な顔をした少女だった。人懐っこそうな笑顔を浮かべながら、瑞穂と佐々木に視線を向けている。

ネームプレートには、二宮千夏と書かれていた。



(そういや、松井は別のグラスなのか)



などと考えながらカバンを探る。



「ん?」

「さっき荒羽シニアとかなんとか言ってたけど、もしかして……」

「あ、そうそう! そうなんだよー」

「やっぱり! 僕、良く試合見に行ってたんだよ! どこ守ってた?」

「サードだったなー」

「へー……君は?」

「…………」



二人が仲睦まじく話している間、前を向いて、何故か机の中に手を突っ込んでいた瑞穂は、気だるそうに少女の方を向いた。



「俺は荒羽シニアじゃねえ」

「あ、そうなんだ。どこ中なの?」

「横手」

「あ、隣町の学校! あそこなんだー」

「ああ」

「……おい浅村、お前何か隠してんだろ。見せろ」

「は? ちょ、おい」



話題が自分から離れたからか、若干ムスッとした佐々木が瑞穂の右手を机の中から引っこ抜いた。


瑞穂の右手に握られていたのは、握力を鍛える為の器具、いわゆるハンドグリップだった。



「わ、ハンドグリップだ」

「なに、君知ってんの?」

「うん。僕、中学まで野球部だったから」

「マジ? スゲーな」

「ありがと。えと……あさむら君? で良いのかな? それちょっとやらせてくれない?」

「お前には無理だ」

「むっ。じゃあやらせてよー」



少女は瑞穂から無理矢理ハンドグリップを引ったくると、深く息を吸い込んで握りこんだ。

軋む音もならない。



「ほら、無理だっつったろ」

「はぁ……これ固いね。何キロあるんだろ」

「これは……」

「君、ちょっと貸してみろ」



再び会話からハブられた佐々木が、やけにキザったらしく少女からハンドグリップを受けとると、余裕な顔で力を込めた。


しかし、びくともしない。



「あ、意外と固いな。ふっ!」



今度はかなり力を込めて。


びくともしない。



「くっ、ふっ、ああああああっ!」



もう外見など気にしていない。顔は真っ赤、マジだ。


やはり、びくともしない。



「はぁ、はぁ、はぁ……なんだよこれ」

「このハンドグリップは80キロだからな。女には無理だと思ってたが、お前もか。もっと精進しろ」

「は、はちじゅっきろ?」

「はぁ、はぁ……お前握力だけは化け物だな。ピッチングは大したことないのに」

「うるせえ」

「って!」



瑞穂に拳骨を落とされ、悶絶する佐々木に軽蔑の視線を向けながら、瑞穂は返してもらったハンドグリップをカバンにしまった。



「はは……あ、忘れてた。僕は二宮(にのみや) 千夏(ちなつ)。君は?」

「……浅村瑞穂」

「俺は佐々木由太郎……あー、痛て。お前加減しろよ。野球部期待の星だぞ、俺は」

「誰も期待してねえよ。少なくとも俺は期待してねえ」

「泣くぞ俺」

「あはは……」



あまりに辛辣な瑞穂の言葉にいじけ始めた佐々木に、千夏はひたすら乾いた笑いを浮かべていた。









入学式を終えた後、瑞穂達1-3では自己紹介が始まっていた。


出席番号は五十音順。そして瑞穂の名字は浅村。つまり一番最初だった。



「あーっと、浅村瑞穂です。好きなものは野球と鶏肉でっす。どうぞよろしく」



担任の指示のもと普通に自己紹介をした瑞穂だったが、当然ながら周りはビビる。


なんだこのフランケンは。


とあるクラスメイトの心の声だった。


その後は特に問題無く進み、千夏の番となる。



「僕は二宮千夏、野球が好きです。よろしくお願いします!」



千夏の言葉に、野球部希望であろう男達(佐々木含む)が興奮している。


ちなみに、その野球部希望であろう人物達の名前は裕香に教えてもらっているのだが、瑞穂の頭からは既に削除(佐々木含む)されているようだ。



「……迥藤(はるとう) 優希(ゆうき)です」



自己紹介の言葉を発しながら静かに席を立ったのは、スラッとした長身を持つ長髪の少年だった。

色も白く、顔も整っているのでスポーツとは程遠い人物、というのが千夏の第一印象だったが、瑞穂は気づいていた。


チラリと見えた、迥藤という少年の手のひら。

おびただしい数のマメが、彼が野球人だと教えてくれた。



(迥藤、か)



この人物だけは頭に入れておこうと、瑞穂は名前を復唱した。










「あれ、お前誰だっけ?」

「佐々木だ! 荒羽シニアの五番ってこれ二回目!」



時は放課後。部活に行くためにグラウンドに向かう途中、見たことがあるような無いようなというか無い人が居たため瑞穂が声をかけると、なんと一度会った人物だと言うではないか。



「こんな、ジャイ○ンとし○かちゃんのバイオリンを足して2をかけたような雑音発する奴知らん」

「かけちゃうの!?」



なかなか面白い奴だと、瑞穂は佐々木の評価を若干上げる。その後も適度にいじりつつグラウンドに到着すると、そこには既に、大勢の野球部員がベンチに集まっていた。


とはいえ、別に瑞穂達が遅れた訳ではないようで、特に先輩方からの怒りは感じない。



「!……おいおい、マジかよ」

「ん? どうした?」



まるで、見るはずのないものを見たような様子の佐々木。その視線を辿ってみると、部員の中で文字通り異彩を放つ、スポーツサングラスをかけた金髪の人物が居た。

背は170半ばほどと普通だが、しっかりと引き締まった体を持っている。



「あの金髪の人がどうかしたのか?」

「バカ、新垣(あらがき) ノアさんを知らねえのか。あの人は小学校時代、全国優勝チームの四番だったんだ。バッティングが半端なくて、既に高校から目をつけられていたくらいな。中学はアメリカに行って、戻って来てたのは知ってたが……」



まさかここに来るなんて。言葉に出さずとも聞こえてくるようだった。

ここは全国屈指のがっかり校。過去に全国優勝したものの、今は弱小と言っても過言ではないはずなのに、そんな人物がなぜ。それは瑞穂も思った。



「あれ? でも、去年出てたか?」

「いや……出てねぇ」

「んー……なんか訳ありっぽいな」



少し顔をしかめながら瑞穂が新垣に視線を向けると、たまたまこちらを見ていた新垣とかち合った。


ニッと爽やかに笑いながらこちらに近づいてくる。



「よう。入部希望者か?」

「はい」

「そ、そそそそうです」

「そうか。オレは新垣だ。よろしくな」

「は、はい!」



見た目に反し、意外にも流用な日本語だった。



「知っての通り、うちは選手層が薄いからな。戦力になる荒羽シニアの4人には期待しているよ」

「え、知ってるんですか!? 俺たちのこと」

「もちろん。あっち(アメリカ)の野球が終わった後、すぐに日本に来たからね。荒羽シニアはスポーツ新聞で良く見ているよ。なかでも高槻君。あの球は是非とも打ってみたい」



1学年上にも名が通っているとは。さすが荒羽シニアと瑞穂は純粋に驚いた。



「それと、浅村瑞穂君。キミも標的にさせてもらってるよ」

「へ? お、俺ですか?」


無名の自分がなぜ? というかなんで名前を知っている? 自問を繰り返す。



「オレが日本に来たのは中3からだから、キミが中3になった頃も知ってる。わかるだろ?」

「…………はい」



すぐに思い当たった。いや、思い当たるどころか、一時たりとも忘れたことはなかった。



「……キミの剛球とオレのパワー。勝負といこうじゃないか」



そう言って、新垣はサングラスの奥の瞳をギラリと光らせた。

あまりの気迫に、瑞穂は一瞬身動ぐ。


ピッチャーとしての勘が、目の前の男の力量を教えてくれる。

どの場所、どの高校でも4番を張れる打者だと。



「……機会があれば、ですね」

「なに、すぐに来るよ。来週、歓迎試合があるんだ。そこで対決しよう。……勿論、高槻君も一緒にね」

「……うす」



いつの間にか背後に居た高槻は、真っ直ぐに新垣を睨んでいる。既にスイッチが入っているようだ。



「……俺って、いつまでもこういう扱いなのかな……」



1人蚊帳の外の佐々木は、1人呟いた。

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