実力
「では、時間の都合で試合は3イニングのみで行います。礼!」
「「っしゃす!」」
礼の後、先発である瑞穂はロジン片手にブルペンへ向かっていく。
紅組の先輩は、言わずもがな高槻。黙々と投球練習を続けていた。
裕香の話によると、高槻は右の本格派。カーブ、スライダーを得意とした投手だと聞いていた。
「一番は……高田君ね」
「誰だ?」
「木堀中の人。結構バッティングはよかったような」
「うろ覚えかよ……」
「だってあまり目立たないし……」
「まぁ、いいや。他にも色々教えてくれ。一応、半年後はチームメイトだからな」
「うん。えっと、確かあの人が……」
ネットの外からの裕香の情報を聞きながら、肩を作っていく。グラウンドを見ると、一番打者は三振に終わったようだ。二番が打席に立っている。
「室井、そういや俺何番なんだ?」
「さっき三番って言っただろ」
「そうだったか」
悪びれることも無く、ヘルメットを被ってネクストバッターボックスに向かう。
二番も三振だった。あっという間にツーアウト。
「……あいつ左打者か」
軽く膝を曲げるだけのシンプルな構えは、190の長身を際立たせる。それは、良く言えば投げやすい、悪く言えばどこに投げても打たれそうな感じをバッテリーに与えるということだ。
これはキャッチャーの腕が試される場面だ。相手捕手が選択したのは……
「ストレートっ!」
ストレート。瑞穂は、それをフルスイングで完璧に捉えた。高く澄んだ金属音を響かせながら、ライト方向へ飛んでいく。
打球はバックスピンによってぐんぐん伸びていき、やがて高い外野フェンスを越えた。
ホームラン。
「す、すげえ。初球ホームラン……」
「めっちゃ飛んだぞ……!」
塁を一周して戻ってきた瑞穂は、チームメイトに称賛を受けながらベンチに戻った。
「…………」
室井が、信じられない、という顔で瑞穂を見ている。
「お前……将悟の球を……」
「あのキャッチャー、初球はストレートで入る癖があるみたいだな。いくらいい球だって、わかってりゃ打たれるもんなんだよ」
「…………」
室井は、唖然とする高槻を一瞥して、打席に入った。
聞いた通り、確かに初球はストレートだった。狙い球をフルスイング。
なんとか捉えた打球はレフトへいい角度で上がっていくが、差し込まれた。
(ダメだ……)
打球は伸びず、レフトが捕球し、チェンジ。
全く歯が立たなかった。
「さ、行こうぜ室井君。このままあいつが逃げきれば勝ちだ」
「……ああ」
自分が差し込まれた球を、瑞穂は軽々とホームランにして見せた。
野手として、投手に打撃で負けた悔しさは大きいが、そこは強豪チームのキャッチャー。
気持ちを切り替えて主審からボールを受け取った。
瑞穂がプレートの近くにロジンを置いて正面を向くと、室井がこちらに走って来るのに気づいた。
「忘れてた。浅村、お前球種は何がある?」
「ああ、フォーク、カーブだけだ」
「充分。コースだけはついていけば、ほとんど打たれないはずだ」
「それは買いかぶり過ぎだっつーの」
「じゃあ……立ち上がり、しっかりやれよ」
その言葉に深く頷くと、室井はマスクをつけてキャッチャーボックスに戻っていった。
瑞穂は深く息を吐き、一度空を見上げる。ほんの、ほんの一時間前に見上げたばかりなので、特に変わりはなかった。
もしかしたら、自分に純粋な投手の血が流れているなら、その色は違って見えたのかも知れない。
そんなことを考えながらサインを見る。アウトロー。ゆっくり振りかぶり、投げる。
「ストライク!」
ドスッ、と、いかにも重そうな速球が室井のミットに収まる。同時に、守備から称賛の声が上がった。
ナイスボール。ボールを投げ返す室井の更に後ろ、バックネット裏の神野は、スピードガンの数字を見て首を傾げた。
「131キロ……?」
そんな呟きは誰にも拾われず、試合は進む。
打者は荒羽シニアの左の切り込み隊長、一番小峠。
「……結構速いね。これが初戦敗退の球?」
「俺も結構驚いてる」
会話を交わしながらも、室井の頭は打者を打ち取ることを考えている。
(小峠はバットコントロールは良いが、パワーはさほど無い。よって……)
次はインハイの直球。目論見通り、完全に詰まった打球がファーストに転がる。問題なくさばいてワンナウト。
3イニングしかない中で、足の早い小峠を押さえたのはでかい。少なくとも、ちょこまかとかき回されることはなくなった。
「めっちゃ球重い。砲丸打ってるみたいだよ」
まだしびれるのか、手をぷらぷらさせながらベンチ戻る小峠を横目に、室井は再び配球を考え始めた。
二番打者もアウトローからのインハイでサードゴロに仕留め、ツーアウト……だが、次の打者は……
「将悟か……」
優秀な投手であると共に、優れた三番打者である高槻に、甘い球は禁物だ。
まずは様子見のアウトロー。
しかし、注文通りの球は完璧に捉えられ、一塁線に鋭いライナーが飛ぶ。
飛び付いたファーストのグラブの上を抜けるが、球威に助けられた。白線の外にボールが落ちる。
「……確かにこいつの球は重いが、この程度の速球では俺は押さえられないぞ」
「だよな……」
瑞穂には変化球もあると言うが、高槻は初見の球も易々とミートする打者だ。中学生の球威の無い変化球よりも、直球の方が打たれた時の被害は少ない筈。
そう考え、ストレートのサインを出そうとした時だった。
「浅村君、真面目にやりなさい。落とすわよ」
バックネット裏から、神野が浅村を睨んでいる。怒っているようだが、室井や高槻には意味がわからない。
誰もが口をポカンと開ける中、室井はバックネットへ駆け寄る。
「監督、真面目にってどういうことですか?」
「そのままの意味よ。浅村君のフォームが不自然すぎる。本来の投球ではないのは明らかよ。手を抜いた投球をする人を不真面目と言っては駄目かしら?」
「手を抜く……?」
いつの間にか隣にいた瑞穂は、視線を真っ直ぐに神野へ向けている。
「何を言っているんでしょうか?」
「とぼけるの? あなたの球はあんなものではないはずよ」
「……俺のこと、知ってるような口振りですね」
「…………」
「っ!」
神野が、瑞穂にしか聞こえないような声量でボソリとなにかを呟くと、瑞穂の顔が強張った。
「なんでそれを……」
「この話は本当なのね。今あなたは……」
神野はそこで口を閉じた。言わずとも、本人は痛いほど分かっているから。
「とにかく、交代よ。ベンチに下がりなさい」
「……はい」
「浅村、一体どういう……」
瑞穂は一度礼をすると、何か言いたげな高槻の横を通り抜ける。
「お、おい。どこいくんだ?」
大声で言った室井の答えに瑞穂は、交代だとよと短く答えた。
その歩みの先は、出口。
「あら、どこへ行くのかしら?」
「帰るんですが……不合格っすよね? 俺」
「そんなこと誰が言ったの?」
「いや、たった数球しか投げてないのに下ろされるし、監督の指示は聞いてねえしだから完璧に落ちたかと」
「聞いていないのかしら。このセレクションではほとんど落とされることはないのよ」
「…………」
「わかった? ベンチに戻りなさい」
「……うす」
「それと…………」
試合は、結果的には紅組の勝ちだった。瑞穂に次いでリリーフした白組の投手が荒れに荒れまくり、加えて荒羽シニアの打者に捕まって大量失点。攻撃では、高槻を前に二回以降パーフェクトを食らった。
終わってみれば、12-1で紅組の圧勝だった。
「…………」
試合終了後、それぞれ帰宅の準備を初める中、瑞穂は未だベンチに座って俯いていた。
「…………」
「瑞穂君、終わったよ? 帰ろうよ」
「ん……ああ、そうだな。帰るか」
「…………」
そこから、二人の間に会話はなかった。しかし裕香は、なにかを口に出そうとしては躊躇しているようだった。
「……瑞穂君」
「……ん?」
「さっきの質問なんだけどさ……」
「……? なんか言ったか?」
「ほら、その体格なら実力関係なく~ってやつ」
「……ああ、思い出した。それがどうかしたか」
「……もしかして、今の瑞穂君に関係あることかなって思ってさ。言いたくないなら、いいけど……」
「…………」
しばらく黙り込む瑞穂。裕香はただ返答を待つ。
一度、裕香をチラッと見て、俯いた。
「お前、選手に詳しいんだったよな」
「う、うん」
「……来栖シニアの櫻井 京太って捕手、知ってるか」
「……知らない」
「ま、だろうな……」
「あ……えと……ごめん」
瑞穂の顔から、言い知れぬ後悔の色を感じ取った裕香。気づけば、謝罪の言葉を残して歩き始めていた。
「……私が知らない3年で、何があったの……瑞穂君」