再会
「次! 82番!」
「はい!」
学校のグラウンドを、純白のユニフォームを纏った選手達が駆ける。
その帽子に描かれたマークは様々で、一目でそれぞれの選手が別のチームだと分かる。
それも当然。
ここは去年全国制覇を果たした名門、西豪高校のセレクション。
全国から甲子園を目指す球児達が集まるのだから。
「…………」
そんな輝かしい選手たちをネット越しに眺める、文字通り蚊帳の外のユニフォーム姿の少年。
その手には、くしゃくしゃになったセレクションの日程が握られている。
「ちくしょう……」
近くに転がる石を蹴飛ばし、少年は歯噛みした。
彼はこのセレクションを受けるつもりだった。受かるとも思っていた。
しかし、彼は落とされた。いや、その表現は間違っているだろう。
彼は、セレクションを受けさせてすらもらえなかったのだ。
「分かってるよ、理由は分かってる……」
でも……。呟きながら、少年は歩き出した。
気分は最悪。でも、天気は絶好の野球日和。
──野球がしたい。
心底、そう思った。
「あれ? あの人……ちょっと、君!」
不意に背後から声がかかる。聞き覚えのあるような声に首を傾げながら、少年は視線を背後に向ける。
「やっぱり! 君、浅村 瑞穂君でしょ!?」
そこには、美少女といっていい容貌の少女が、ライトブラウンの髪を揺らしながら手を振っていた。
相手はこちらの名前を知っているようだが、こちらは相手に見覚えがない。
「誰だ?」
「もう、忘れたの? 松井 裕香! 小学校一緒だったでしょ!」
松井裕香。
自分のあまり出来の良くない頭にリサーチをかけてみると、あった。
隣町に引っ越す前の小学校の頃、同じソフトボールチームに入っていて、確か3番ショートをやっていたボーイッシュな少女だった。
「……松井か!」
「やっと思い出した?」
「ああ、お前変わったな」
「ふふ、良く言われる。瑞穂君だって、背伸びたね。昔は私の方が大きかったのに」
「そりゃ、成長期だしな」
「だね。野球、上手くなった?」
「ああ。今じゃ、一応エースピッチャーだな」
「そうなんだぁ。でも、隣町にも名前は轟いてませんよ?」
「…………」
裕香の言葉は、瑞穂の心に突き刺さった。
彼女は別に蔑んでいる訳ではない。言葉の裏に『だから頑張れよ』があることは分かっている。
でも、今の自分に、いや、今までの自分にその言葉は当てはまり過ぎて……
「……瑞穂君?」
「ん、ああ、わり。ちょっと考え事」
「そう……あ、瑞穂君はどこの高校行くの? やっぱり近場?」
「……西豪に行くつもりだったんだけどな。さっきセレクション落ちちまった」
「あ、だからユニフォーム……じゃあ、野球強い所に行きたいってこと?」
「できればな。でも、県外とか行こうとしてもほとんどセレクション終わっちまったし、二期で行けるほど頭の出来良くねえ。結局その辺の公立になるな」
「なら、私が行こうとしてる高校に来ない? 浅見高校」
「浅見高校……」
その名前には覚えがある。
確か、20年前に甲子園初出場。同年初優勝を果たして一躍有名校となったが、それ以降は音沙汰もなくなった、古豪と言って良いのかわからない私立高校だ。
裕香の住んでいる隣町にあるので通学にさほど苦労は無いだろうが……
「そこ、今年の夏の予選どうだったんだ?」
「二回戦負け。しかも一回戦は不戦勝」
「いや、それだったら近場の湯河原高校行くぞ」
「私も、最初はそこでマネージャーやろうとは思わなかったんだけど……あ、私高校ではマネージャーやることにしたんだ。で、先週お父さんから面白い話を聞いたの」
「なんだ?」
それには興味を引かれた。
なにせ裕香の父は、全国屈指の強豪、荒羽シニアの監督だ。そんな人物の言う面白い話とは、何なのだろう。
「なんでも、荒羽シニアのエースとクリンナップが浅見のセレクション受けるらしいよ」
「それ、本当か?……というかあの高校セレクションあったのか」
「うん。でも、落とされることはほとんど無いって聞いたよ。あくまで実力をみる為だって」
「へぇ……」
入る気が起きた。というより、そこしか入る場所が無い。その荒羽シニアの中軸を見てみたいとも思ったが。
それに……
「で、そのセレクションはいつなんだ?」
「行く気になったんだ。確か、締め切りは一時間後だったような……」
「は? 今すぐチャリ飛ばさねえと間に合わねえじゃねえか!」
「間に合うなら良いじゃない。あ、私も一緒に行くね」
「分かったから早くしろ! 現地近くのコンビニに来い!」
「うん」