Henntaiの底力
俺はビニシオ・オールディス。
ルニシア大陸北部の国フィスラル国、その南部に位置する国境に近い街、ダルシアの郊外に住んでいる。
母は隣国リースの元貴族、貴族家の庭師だった父ガナン・オールディスと知り合い駆け落ち、迫り来る追っ手から命からがら逃げ延び、最終的にこの国に腰を落ち着けたそうだ。
丁度2年前に俺の前に現れた自称守護精霊のクロノスによって俺の人生は大きく変貌した。
そうだな、先ずは家の状態から、自分で言うのもおかしな気分だがひどいものだった。
土壁は長らく放置していたために脆くなり所々崩れていた。
壁が崩れているため内装が見えていたし、同じ理由から木材の部分は腐食していた。
白かった壁は茶色く変色、さらには植物の蔦が張り付いているのもお構いなしだった。
決して広くはないが母さんとの思い出の詰まった家だった。
それをあのような状態のまま放置していたのは当時の俺は気が狂っていたのではないかと思うくらいだ。
次に庭。
これも家程ではなかったがひどく荒れていた。
かなり前に起きた嵐の影響で土が捲れたが放置していたために捲れた部分には水溜まりができていた。
元々は庭師だった父さんが好きで植えた薔薇は大量の雑草にその魅力ごと覆い尽くされていた。
どこから来たかはわからないが巨大な石が幾つか参列していため、より一層庭の殺風景に磨きがかかっていた。
そしてゴミが参列していた。
そして辺りの耕作地。
いや耕作地の痕跡と言った方が正しいだろう。
長らく耕していなかった土は固くなり草が生え放題。
畝は跡形もなくなっていたし、水路も土や岩や石で塞がっていて使い物になるような状態ではなかった。
水車小屋は家よりも状態が酷く最早原型を止めておらず廃墟と化していたので、水なんて流れるはずもない。
次に俺。
何年も洗濯していないようなみすぼらしい服を着ていた。
服を着ているだけましかもしれないような感じだった。
髭も生え放題で地面に寝転がっている、それが当たり前の日常になっていた。
そんな生活を数年は続けていた。
そんな中で現れたのがクロノスだ。
彼の知識は凄かった。
いや、凄かったと言う表現ではまだ足りない、そう、例えば耕作だが今までの常識を一蹴し画期的な方法をいくつも教えてくれた。
凄かった、いや違う、異質だった。
まるで遠いどこか別の世界からやって来たようなそんな知識だった。
クロノスは自分で守護精霊だと言っていた。
しかし、古くから人形の精霊は天使と呼ばれている。
しかも人形の精霊は7体しか現存しておらずクロノスという名前の人形精霊は存在しないはずだった。
最初は怪しいとすら思っていた。
彼の口撃は凄まじいものばかりだった。
一度その大砲が火を吹けば俺の心は再起不能一歩手前まで破壊された、だが一歩手前までだ、彼はニヤニヤしながら心が砕ける一歩手前の俺を眺めていた。
(この恨みいつか必ず晴らしてやる………っ!)
毎度毎度そんなことを考えていた。
口が悪く、手癖も足癖も最悪で性格は腐って発酵して最早危険を通り越して安全かと思えば劇毒だし、人の喧嘩を見てニヤニヤしながら喜んで火に油どころか火薬という名の作り話をお見舞いする、それがクロノスだ。
そう。
最悪。
それこそが似合う男、それがクロノスなのである。
だが、いざというときには頼りになる男でもある。
凡そ6ヶ月前ほどにフィスラル国周辺で良く見られる大規模な竜巻が発生した。
その時この街も少なくない被害を受けた。
殆どの建物は倒壊し、何人もの人が建物の下敷きになった。
その時に最も人命救助に貢献したのがクロノスだった。
本が言うには循環法の実験だとかなんとか言っていたが、ご自慢の口撃は一切出てこず黙々と体に青い光を迸させながらひたすら瓦礫の撤去をしていた。
あぁ、今思えばそう言う人物だからこそ信用できたのかも知れない。
但し性格に二面性があるので片方のみにしか当てはまらないのだが。
片方は全くというほど信用できないのが玉に傷どころか玉を破壊してる。
まあ、いずれにせよクロノスという男は信頼はできるが信用はできない男だ。
上げて落とすのがヤツの手口だからな…………っ!!!
―――――さて、冗談はこの辺で切り上げるとしよう。
もうすぐフィルがやって来る時間だ。
「ビニシオ!」
遠くで俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。
そちらの方向を見てみるとブロンドヘアーの美女が手を振りながら少々駆け足でこちらに駆け寄ってきていた。
「フィル!」
「………済まない、隣の町で魔物の一斉討伐があってだな、事務処理で遅くなってしまった」
「そうだったのか」
フィルは遅くなった、と言ったが別に待ち合わせに遅れてきたのでは無いので特に言うことはない。
「お疲れ様」
「あぁ、ありがとう」
そう言えば、フィルから聞く最近の仕事の内容が魔物の討伐や大量発生、暴走などが大半を閉めている。
俺がまだ小さかった頃は魔物関連の事件は数年に一回位のものだったのだが。
ここ数年で魔物の活動が活発化してきた為に1ヶ月に数回はざらで、多いときには週8で事件が起きている。
世間では魔王が復活するだとか、この世の終わりだとか噂が耐えないような状態だ。
一度クロノスに相談してみた所「恣意的解釈は馬鹿のすることだ」と一蹴されたが。
「……シオ、ビニシオ?」
「あ、あぁ」
いかんいかん、今日は大切な日だというのに妄想の世界に入り込むところだった。
むう、クロノスも自分の世界に入り込むときがあるのだが、俺にはそんな習性はなかったはず、もしかしてクロノスに影響されたか?
「ビニシオ、今日はどこに行こうか?」
「そ、そうだな……」
今日のデートはどこに行くか予め皆で相談し、綿密に決めてあるのだ、計画通りに行こう。
今日は本当に大事な日なのだから。
――――――俺は、今日。フィルにプロポーズする。
◇◆◇◆◇
―クロノス視点―
数時間前にフィルとビニシオが待ち合わせでいつも使っている町の中心広場で二人が落ち合ったのを確認した後、俺はビニシオの作った耕作地で作業をしていた。
俺の腕には数ヵ月前にアシュリーから貰った腕輪がはめられていた。
木製で、翡翠のような色をした装飾に、中心部に赤とも茶色とも見分けが付かない石らしきものが嵌められている。
この腕輪の材料になっているのは全ての植物の原点である『世界樹』らしい。
最近作物の成長が遅いと愚痴をこぼした所、この腕輪をくれた。
因みにずっと付けていた為に『鑑定眼鏡』と同じく魂に定着し、外れなくなってしまっている。
この腕輪は世界樹の生命を司ると言われる能力を持っており、多少だが生物や植物の成長を早めたり、装備していることで自身の傷の回復ができる。
全く、アシュリーには色々なものを貰ってしまっている、が俺からは今のところ何も渡せるものがない。
やはり転生した後の働きで恩を返すしかあるまい。
「よし、こんなものか」
一通り作業が終わった為、限界時間を迎える前に聖域に帰ろうと思った。
―――――その時だ。
北の森に生息していたであろう動物が、鳥類は奇声を上げながら森から、いや、ダルシアの町から遠ざかっていく。
次の瞬間空が一瞬にして雲がかかったように辺りが薄暗くなった。
反射的に空を見上げる。
見上げた先には無数の―――数えきれないほどの何かが空を覆い尽くしていた。
目を細めるがここからでは“まだ”目視できない。
だがこちらに、ダルシアの町に向かって降下してきていることは判別できた。
(何なんだあれは?鳥か?いや、鳥にしてはサイズが大きい。
………もう少しで『鑑定眼鏡』の感知範囲内に来る。
それまでは他に何か変化が見られないか辺りを観察。)
因みに『鑑定眼鏡』の感知範囲は凡そ1キロメートルだ、但し1キロも離れた場所の鑑定は大雑把で詳しくは解らない、距離に比例して鑑定の内容は変わってくる。
(―――――ッ!?)
降下してきている何かが『鑑定眼鏡』の感知範囲内に入った。
――――――――――――――――――――――――――――
≪魔王軍≫
魔王とその配下の集団、彼らの通った後には草木一本残らないと伝えられている。
――――――――――――――――――――――――――――
(ビニシオ!おい!聞こえるか!?)
『鑑定眼鏡』で出た説明が全て読み終わる前に『伝心の琥珀』にマナを送ってビニシオに話しかける。
(………何だよ、知ってるだろ?今日は―――)
(――空を見ろ!魔王軍が来た!何の目的かは解らないがとにかく来たんだ!避難しろ!と言うか全力で逃げろ!できる限り時間は稼ぐが恐らく持って1時間だ!)
(………は?魔王?)
(いいか!?逃げろ!)
そこで会話を切った。
魔王軍との距離は凡そ600メートル、ダルシアの町へ向かっているらしい。
この距離ならば俺からの攻撃が届く。
「…………ん!」
循環法の発動には少し時間がかかるが、それほどではない、徐々に体内のマナが渦を巻き始め、足元から沸き上がる熱気。
魔王と言う位だ、恐ろしく強いのだろう、回転数を玄海まで上げる必要がある。
「ふぅぅぅぅぅぅ…………」
ローブが翻り、動くのに邪魔だ、仮面も同様。
脱ぎ捨てて腰についているポーチから小ビンを取り出し、中身を一気に飲み干す。
「ぷはぁ」
口から垂れた分を右手で拭き取る。
これはマナとオドを回復させる薬だ、恐ろしく高い割には不味いし少ししか回復できないが無いよりはましだ。
「うぉ…!おぉぉぉぉぉらぁぁぁぁぁ!」
近くにあった木を地面から引っこ抜いて全力で魔王に投げ付ける。
『鑑定眼鏡』で魔王が目視できた、ステータスをチェックする。
――――――――――――――――――――――――――――
クロス・ガナンアービー(274)
レベル684
OP658427/658427
MP999999999/9999999999
戦闘力7000000(攻4000000 防1000000 立2000000)
気力570
――――――――――――――――――――――――――――
化け物じゃないか!
それにステータスを見ただけで見ていた気配を悟られたらしい、恐らく見ただけだが、かなりのプレッシャーを感じる。
何体かの竜型の魔物が中心にいる魔王を守るようにして旋回していたが、魔王が急に向きを変えて此方に進路を向けた。
途中最初に投げつけた木が魔王に当たりそうになったがバリアーのようなものに弾かれてしまった。
「ちっ」
ポーチから回復薬を取り出し、飲み干した。
回復薬はそれなりの数はあるが無限という訳じゃあない、節約しながら戦える相手だといいのだが…………。
「………っつ!」
魔王がハッキリと目視できるまでに近付いてきた。
あれは…………椅子か?いや玉座のようなものだな。
魔王は玉座のようなものに足を組んで座っている。
かなりのスピードで降下してきているため爆風が辺りに巻き起こっている。
「くっ」
あまりの爆風、突風に目を開けていられず、顔を腕で覆った。
すると突然風が緩やかになった、そして目の前に感じる凄まじいプレッシャー。
「素手で木を投げ付けてくるから人間ではないかと思ったが………。
成る程循環法か、随分と古い戦闘技術だな、もうトックニ絶えたと思っていたぞ。
誰に習った?」
「………自力だ!」
先手必勝、循環法で強化した蹴りを叩き込むべく魔王クロスに向かうが木と同様に弾かれてしまう。
「ふむ?まだ使いなれてないようだな威力がヤツと離れすぎている」
「知ったことか!」
更に回転数を上げていく。
なるべく長引かせてダルシアにいる人間、特にビニシオとフィルの逃げる時間を稼がねばならない。
幸いにも大量にいた魔王軍の魔物たちは魔王に釣られて此方にやって来た。
「オウオウオウオウ!何テメーはクロス様に直接攻撃してんだよ!」
「あぁあああああぁぁ、ぁぁぁぁ!!」
まだだ、まだ、もっと、もっともっともっともっと!
この体なら壊れても再構築できる、つまりだ、捨て身の攻撃をしてもリスクは、ない!
「―――しっ!」
先ほど話しかけてきたクロスよりかなり若い人形の魔物目掛けて飛び膝蹴りをお見舞いする。
自分が放ったとは思えない程の速さで繰り出された蹴りは空中でまるで爆発音のような音を立てる。
「へぇ、いい蹴りじゃ――」
「―――っしぃ!」
若い魔物はこちらから視線を外し今俺が放った蹴りを観察するように眺める。
だが、隙が出来た、瞬間その緑色の髪を掴み顔面にまたもや膝蹴りをお見舞い、今度はクリーンヒットした。
「ぶっ!………て、テメェ!」
「よそ見か、余裕だなっ!」
よろけてまたもや視線を外した。
右手で地面を掴み、腹に蹴りを放つ、奴は数十メートル吹っ飛んだがガードされたようだ。
「ヨォシ!わかった!このランカース全力で相手を―――」
「遅ぇんだよ!」
全力で地面を蹴り、ランカースとの距離を詰めた。
地面が爆ぜる程の威力がランカースの顔面に集中する。
ランカースに拳が当たる瞬間『ゴパン』という鈍い音が鳴り響き、吹っ飛んだ。
「ほぅ」
クロスが感嘆の声を上げた。
次はお前の顔面に叩き混んでやる!
回復薬を飲み干し、口元を拭った。




