探索開始・6
【九、六年生の教室】
なんだか俺だけがダメージを受けた感じのまま、すぐ隣の六年生の教室に移動する。今度は入り口の戸にメモが貼ってあった。
「耳をすませて、か。音がヒントってことだろうな」
戸を開けて、おお……とため息が出た。教室一面、天井も壁も黒板も万国旗で埋め尽くされている。オリンピックみたいだ。
「いやあ、派手だねー」
「ラスト三つ、になってから手がこんでるよね」
さすがの亜依と祐紀も、目の前の異様さに圧倒されている。耳が重要になる場面で、色も量も処理しきれないほどの視覚情報。妨害しにきているとしか思えない。
耳がいい亜依の提案で、教室の真ん中に移動する。もしも音が壁際や隅で鳴っても、中心にいれば聞こえる可能性が高い。
「『耳をすませて』ってくらいだから、そんなに大きな音ではないと思う。何か聞こえても、明らかにこれだ! って判断できるまで動かないで。声も出さないでね。一回集中切っちゃうと、やり直しになったら感度下がるから」
久しぶりに見る真剣な亜依の表情に頷き、目を閉じる。あふれる視覚情報を遮断し、意識を耳の方へもっていく。ときおり、亜依と祐紀の呼吸音が聞こえる。静かだ。
――チッ チッ チッ
かすかに人工的な音が聞こえた気がした。亜依なら俺より聞こえているはずだが、まだ動かない。確信をもてるまで慎重に、だな。俺はさらに、耳に意識を集中する。
――チッ チッ チッ チッ
さっきより、はっきり聞こえる。これは時計の秒針? まさか、時限爆弾なんてことはないだろうな……。音も、少しずつ大きくなってきている気がするが……。
――チッ チッ チッ チッ チッ
「方角確定!」
目を開けたちょうどその時、亜依が叫んで走り出すのが見えた。音はもう、意識しなくても聞こえるくらい大きくなっている。
亜依は給食の配膳台から、菓子折りのような箱を取り出した。中にはICレコーダーが再生モードで入っていた。
「うるさいからストップ、っと……メモはなし。うーん、どうすんのかな?」
亜依の表情は、いつもの天然モードに戻っている。
「他にも音があるとか?」
「いや、音源はたぶんこれだけ」
「教卓にも何もないねー」
姉妹が配膳台のまわりを調べ始めた。俺は亜依から受け取ったICレコーダーの再生ボタンを押す。残りを聞き続けていると、秒針の音がプツリと途切れ、突然音楽が鳴り始めた。
「あっ、亜依の十八番じゃん!」
亜依が好きな女性歌手の曲だ。カラオケに行くたび聞かされるので、キーさえ合わせれば俺も歌える。でも、この曲に何のヒントがあるんだろう。
「なあ、亜依……って、な、何!?」
俺が肩に掛けているアイテム袋に飛びつき、懐中電灯を取り出して後ろのロッカーに向かう亜依。なんだか顔が赤かったような。
「成、この次の歌詞」
祐紀がニヤニヤしながら言う。俺はカラオケの風景を思い出しながら、歌詞を聴く。
「ほんとの気持ちは
ロッカーのすみに隠したんだ
想いがあふれて
誰かを傷つけないように」
「ほんとに隠してたのかもね……お姉ちゃーん、何かあったー?」
「……Do you hear the people sing?」
「え?」
予想外の英語。亜依は立ち上がり、歌いだした。
「Do you hear the people sing?
Singing the song of angry men……」
「レ・ミゼラブルか!」
「フランス革命!」
「フランスの国旗だ!」
高校の英語の授業で、何本かミュージカル映画を観た。有名な曲は、英語で歌う練習もした。そういえば亜依は特に、この曲がお気に入りだった。
フランス国旗を見つけてはめくり、ようやく壁に貼ってあった旗の裏からカギを見つけた。メモは『図書室へ』。
その間、亜依はずっと同じ場所で歌っていた。ICレコーダーの曲も鳴り続ける中で、それでも最後まで。
「きみになら言えるかな
届くといいな
Do you hear my voice?
聞こえますか?」
「Do you hear my voice?」は架空の歌です。