探索開始・5
【八、五年生の教室】
「ひいっ!」
いきなり情けない声を出してしまった。意気揚々《いきようよう》と戸を開けた俺が見たのは、教室の真ん中に突っ立っている女性型のマネキン人形だったのだ。
「どしたの……うっひゃ、気持ち悪ーい」
俺の肩越しにのぞきこんだ祐紀が声をもらす。
「ほら、早く入って入って」
亜依に背中を押されて教室に入る。教卓に何か置いてあるようだ。向かう途中でチラッとマネキンの正面を見たら、ちゃんとリアルに目が描いてあるタイプで、さらにビビる。
それにしても、大人のマネキンが小学校の運動着姿なのはなぜなのか。しかも半袖半パンで。
教卓には、メモの他に二枚の紙。メモは「視線を合わせて」、それに出席簿と座席表だ。
「あ、これうちのクラスの名簿だ」
ほら、と祐紀が指さす。二十二までの通し番号と、八番の欄に俺、十五番の欄に祐紀の名前。座席表の方には、俺たち二人を含めて十人の下の名前だけが書き込まれている。
「なんだ、埋めろってのか? 出席番号なんて覚えてないだろ」
「え? 覚えてるよ?」
「うそ!?」
「六年間、一緒だったんだから分かるってー。相澤茉未、阿部錬太郎、天野航軌、五十嵐翔……」
詩でも暗唱しているかのように、祐紀はさらさらと空欄を埋めていく。ほんとにいつも、この記憶力には恐れ入る。
「さすがに座席表は無理だなー。これ、どんな意味があるんだろ?」
「出席簿とペアなんだから、出席番号がなんかのヒントなんじゃないか?」
「ねえねえ、ちょっと」
背中をパンパン叩かれて振り返ると、亜依が黒板の上の方を指さしていた。
「あれ、不自然じゃない?」
黒板のだいぶ上の方に、マグネットの壁掛けフックが張り付いている。新品っぽいし、たしかにちょっとあやしい。
「亜依、脱出ゲームは、あやしいところ見逃しちゃダメなんだよな?」
「うん、違和感あったら何度でも調べないと。何か見落としてると進めなくなるから」
「他には?」
「アイテムを片っ端から試してみる」
「じゃあ、やっぱりこれかもな」
俺はアイテム袋から鏡を取りだし、フックにかけた。鏡の背面とフックの色が同じなので、たぶんこれで正解のはずだ。
「けっこう高いね! あたしらじゃ顔映んないわー」
「だよな……うわあ!!?」
祐紀の方を何気なく振り返った俺は、今度こそ腰が抜けるのではないかと思った。目が合ったのだ。マネキンと。
「何よ、人の顔見て失礼な」
「ちが、祐紀じゃなくて、マネキンが、こっち見てる……!」
「え? うわーほんとだ! そっち見てる!」
さっきまで気づかなかったが、マネキンは正面ではなく斜めを向いていたのだ。正確には、体は正面向きだが首、というか視線がこっちにきている。
「なるほど……成、ちょっとそっちから鏡のぞいて」
なんだか亜依がしっかりして見える。指示されたとおり、正面から鏡をのぞく。
「マネキン映ってる?」
「いや」
「映るまで下がって。で、鏡越しに視線合わせて」
確認しながら数歩下がる。鏡越しのほうが、直接視線を合わせるより気持ち悪い。
「何か映らない?」
「何かって……後ろの掲示板くらいしか」
「どの辺?」
「あの角の黄色い貼り紙……あっ!」
俺は鏡に映った文字を確認するため、掲示板に走った。
「十二番の机、だって」
「祐紀、十二番って誰?」
「健太くん」
「祐紀、好きだったよねー」
「えっ」
そうだったのか!? 初耳だ。
「違うから! ちょっといいなって思っただけだから!」
座席表の健太の席を見に行ったが、アイテムもヒントも何もない。五十音順の出席番号は間違っていないようだし。それに背の高い健太が、こんないちばん前の席になったことなんてあったかな?
「あのマネキンのカッコだって、お姉ちゃんのせいでしょ!」
「えっ」
言われてみれば、亜依と体型が似てるような。
「ちょ、それ言う!?」
「片付けてたら小学校の運動着出てきたから着てみたー! とか自撮りして送ってきたくせに! ピチピチでおへそ見えてたし!」
「えっえっ」
何やってんだよ、亜依。
「背が伸びてんだから当たり前でしょ! でも入ったもん!」
姉妹の言い争いにつき合っている場合ではなかった。俺はもう一度、座席表を見る。そうか、この座席表は先生から見た図だ。俺は自分が席についている感じで見てたから、これでは逆さまだ。
俺はあらためて、いちばん後ろにある健太の席を調べた。メモ『六年生の教室へ』と一緒にカギが出てきた。
俺には兄二人しかいないが、女どうしのきょうだいとはこんな感じなのかな。
それにしてもなんだか、俺の中のいろいろな部分が傷ついた。