探索開始・2
【四、職員室】
『ピンポンパンポーン』
中に入った途端、校内放送が鳴った。
「またか……」
『第一チェックポイントに到達しました。お疲れ様です。ここに謎はありませんので、どうぞ一息ついてください』
「どこで見てんだ?」
『謎がない代わり、皆さんには懐かしい卒業アルバムと文集を見ていただきます。応接テーブルにご用意してありますので、ごゆっくりご覧ください。お茶もご自由に。では、またのちほど。ピンポンパンポーン』
「おい、次どうすんだよ!? まったく、なんなんだよゲームマスターとか、なあ!」
……相づちも、ツッコミもこない。二人はどこに行ったのか。急に不安になってあたりを見回すと、とっくに応接ソファーに並んで座ってアルバムを見始めていた。ホッとするやら腹立たしいやら。
「なんだー、放送これだけー? 成ー、あったかいお茶あるよー」
のんびりした亜依に、怒る気も失せる。二人の向かいに腰かけ、祐紀がポットから紙コップに注いでくれたお茶を受け取った。
暖房の入っていない校舎は、三月末とはいえ冷える。腹は立つが、気のきくゲームマスターだ。
アルバムと文集には、しおりがわりに紙が挟まっていた。「三年生の教室へ」と、どこかの法律事務所の名刺。これもアイテムなのだろうか。
「あー、懐かしいなー……成がアンパンだった頃だー!」
祐紀が、しみじみとした口調でひどいことを言う。
「俺はずっと人間でした! アンパンだった頃などない!」
「だってほら見て! この顔、絶対あんこ入ってるって!」
「入ってませーん!」
太っていて顔が丸くてほっぺが赤かったことは認める。だが、あんこは入っていない。断じて。
「ところでさ」
隣でさんざん笑っていた亜依が、急に真面目な顔になった。
「この『おばけやしき』、変だよね?」
「変だよな」
「変だね」
俺たちは目を合わせ、少し声のトーンを落とした。どこかで誰かが聞いているのではないかと思ったからだ。
「成は、どこが気になる?」
「そもそも、おばけが出ないってこと。ゲームマスターの存在、どうやら俺たちのことをよく知ってるらしいこと。動きも把握されてる気がする」
「祐紀は?」
「成と同じ。何より、ほんとにあたしたちのことを調べてると思う」
祐紀は俺の肩からアイテム袋を外し、見取り図が挟んであるバインダーを取り出した。
「ご親切にメモ用の白紙もあったからさ、さっきの計算問題、写しておいたんだけど……見覚えない?」
四桁の数字が三つ。これを指示通りに足したり割ったりしていき、鍵の番号を出したようだ。じっと見ていると、一つ知っている並びがある。俺は慌ててスマホを取り出した。
「……俺の携帯の番号!? あと二つ、まさか」
「そう、あたしとお姉ちゃんの下四桁」
「なるほどね……」
今度は亜依が、バインダーから紙を一枚抜き取った。
「さっきのクロスワード。見て、これ」
タテのカギとヨコのカギ。一目見て分かった。うちにいた猫の名前、遊び場にしていた寺、姉妹が読んでいた雑誌。懐かしい記憶を呼び起こすものばかりだ。
「そういえば、あたし二年生の時に花瓶にぶつかって割っちゃって泣いたんだよね……」
「そういえば俺も、三年生の時に図工で、絵の具塗るとおばけが浮き上がる絵を描いて怒られたな……」
「成、『だっているよ! 見えるよ! 嘘じゃないもん!』って泣き叫んでたよね」
「ああ……」
芋づる式に記憶がよみがえる。背筋が寒い。気温のせいばかりではない。
こんなに、個人の過去を調べられるものなのだろうか。
ゲームマスターのサムとは、いったい何者なのだろうか。
「どうやら、おばけじゃない種類の恐怖を味あわせてくれるみたいだね」
亜依が立ち上がる。苦笑いとも、泣き顔ともとれる表情で。
「長居は無用! 早く脱出しよう」
「そうだね、負けらんないねこれは!」
元気な姉妹。でも、半分はカラ元気だ。俺には分かる。いちばん弱かった俺を励ましてくれた、子供の頃のままだ。
「よっし、さっさと終わらせてゲームマスターに文句言ってやろう!」
立ち上がると、姉妹が俺を見上げている。今は、俺がいちばん大きい。いちばん強くありたい。
俺はアイテム袋を肩にかけ、先頭に立って職員室を出た。