閉幕
「わっ、見て見て! このお墓、リアル!」
「蛍光塗料か。だから今のうちに光当ててんだな」
「うーん、やっぱりコンニャクはないかなあ……」
言ってはなんだが、かなりレベルが高いできばえだ。今は明るいが、照明を消したら蛍光塗料で書かれた文字や絵が浮かび、設置した物が動き、おばけが飛び出してくるのだろう。天井からぶら下がっている紐の先につけられた何かも、何かが飛び交うように見えるのではないかと思われる。
明るいおばけやしきが楽しい。これは新しい発見だ。
迷路のようなコースを進んでいくと、突然ポッカリとあいたスペースに出た。同時に照明が消え、校内放送が鳴る。
『ピンポンパンポーン。最終チェックポイントに到達しました。クリアまで、もう一息です』
「まだ残ってたのか!」
何も見えない。真っ暗闇だ。
『脱出の前に、皆様に本日の特典映像をご覧に入れましょう。時間は七分間。終了すると照明がつきます。どうか最後までお付きあいください。本日はご来場、大変にありがとうございました。ピンポンパンポーン』
「成!」
「成! 懐中電灯!」
目が慣れて、うっすらとまわりが見えてきた。俺は昔から、暗さには強いんだ。猫目って言われたくらいだからな!
固まっている亜依と祐紀を見つけて近寄ろうとしたその時、ぼんやりとした青っぽい光が俺たちを照らした。スクリーンに映し出されたのは……あの夜の記憶。
『なんかヤバい気配感じるんだけど』
『うん、なんかヤバい声聞こえる』
『……見なきゃダメ?』
「うわあああ!? ふざけんなよ!!」
このシーンは三人一緒に体験した中で、いちばん怖かった思い出だ。俺と祐紀が五年、亜依が六年のときの合同合宿。ナイトウォークで夜の森を歩いている最中に、強い負の感情をもつ霊と遭遇してしまったときだ。
「え!? これって、あの合宿の?」
「再現、したの……? そんな、どうやって……」
祐紀が、そして亜依が気づいた。と言うより、思い出したのだろう。二人は左右から俺の腕をガッチリつかんで身を寄せてきた。
映像の視界は、俺のようだ。音というか、記憶にはないうめき声のようなものも聞こえる。これは亜依が聞いていたのかもしれない。
まさか……あれを再現するのか? 画面が、ゆっくりと右に回っていく。俺が振り向くところだ。やめろ、あれを亜依と祐紀に見せないでくれ!
「二人とも見るなあっ!!」
『ぐおおおおーっ!!』
獣のような、禍々しい咆哮が響く。画面には、あの夜に俺が見た、霊という名の、人間の地獄が再現されていた。
「成、あんなの見てたんだ……そりゃ走って逃げるよね」
最初に口を開いたのは亜依だった。でも亜依だって、俺には聞こえない、あんな恐ろしい声を聞いていたんじゃないか。それなのに、怖いだなんて一言も言わなかったじゃないか。
「気配がヤバいとは思ってたけど、こんなにすごかったんだ……ごめんね、成。お姉ちゃんも。あたし、見えないし聞こえないから」
何を言ってるんだよ祐紀。見えないし聞こえないって、すごく怖いことじゃないか。ただただ気配だけが漂ってきて得体がしれないなんて、俺だったら気がおかしくなりそうだよ。
それに、もしかしたら、俺と亜依が気づかない何かだって、祐紀は気づいてたかもしれないんだろう?
画面の俺の視界は、全力で走っているところだ。合宿所の入り口までたどり着く。あの頃の亜依と祐紀が、しゃがみこんで肩で息をする俺を見下ろして、揺れる画面の中で息を切らしている。
ああ、あの日の俺は自分の恐怖心でパニックになって、二人のことなんか考えもせず「逃げた」んだ。
「成……泣いてるの?」
祐紀に声をかけられ、我に返った。俺は突っ立ってスクリーンをにらんだまま、ただ涙を流していた。
「ごめん……俺、弱くて……」
「そんなことないよ」
亜依が俺の腕を離して、肩を回しながら言った。
「あんなの見えたら、あたしだって逃げるわ」
「そうそう! あたしだって逃げるよ、誰よりも先に逃げるね!」
祐紀はまだ、俺の左腕につかまっている。「見える」「聞こえる」を同時に初体験したのだから、きっとかなり怖かっただろう。
「……それに、今の成なら、きっと逃げないと思うし。ね、お姉ちゃん」
「そーだねー。今日の成は頼もしかったよ! 三人一緒に来てよかったー、ね?」
「……ありがとう、亜依、祐紀……」
俺は右手で涙をぬぐった。亜依に背中をバンバンたたかれて、せいいっぱい笑ってみせた。
三人で腕を組んで無事に脱出したあとのことは、なんだか記憶がはっきりしない。たぶん、その日の分の精神力をほとんど使いきったんだろう。
脱出成功の記念撮影をして記念品をもらったこと、思ってたより美味しい昼食を食べたこと、夜は同級会があったこと……そんなもんだ。
ただ、ゲームマスターからの伝言だけは、思い出しては腹が立つ。
『最後まで使わなかったアイテムは、現実世界で〈特殊な悩み〉に出会ったときにお役にたちます。いつか、またお会いしましょう』
いつか必ず会って、問いただしてやる。
法律事務所の名刺を、俺は財布に突っ込んだ。