最後の罠
二階の図書室からいちばん近い非常口は、二階西非常階段に出るドアだ。さっさとここから出てしまおう。そう思って歩き出した俺の腕を、亜依が強く引っ張った。
「ちょっと待って、ヘルプ使うから」
「え!? なんで?」
「このまま出たら、負けるかもしれない。祐紀、いい?」
「もちろん」
俺には、いったい何がもちろんなのか分からない。亜依は携帯電話を開き、一番のボタンを押した。スピーカーにして、みんなで聞けるようにする。
「ヘルプですか、ギブアップですか」
「ヘルプで」
「ヘルプはあと三回使用できます。どうぞ」
「脱出は、どの時点でクリアと見なされるか」
「具体的にどうぞ」
「カギを開けた時、ドアを開いた時、一人目が外に出た時、最後の人が外に出た時」
「一人目が出た時点で脱出と見なします」
「分かりました」
パシッ、と小気味良い音をたてて亜依が携帯を閉じた。
「どういうことだ?」
「クリア条件が『全員揃って脱出すること』だったでしょ?」
祐紀に言われ、そんな条件があったことを思い出した。
「一人目が出た時点で判定されるなら、二人はまだ中に残ってる。『全員揃って脱出』できてない、クリア失敗」
「その可能性は高いね」
亜依が頷く。
「マジか」
「三人揃って出るためには、横に並んで出られる幅がないと」
見取り図を見直す。非常口の表示は三ヶ所。今立っている二階西の外階段に出るドアは、細身の姉妹なら並んで出られそうだが俺までは無理だ。
一階東の体育館連絡通路は少し広いが、やっぱり二人で限界だ。すると残るは、一階視聴覚教室の非常扉しかない。荷物搬入にも使うため、かなり広い間口になっていたはずだ。
「あそこなら、両扉を開けば余裕で出られるでしょ」
「そ、ガタイのいい成でもねー」
そう言うなり、二人が交互に体当たりしてきた。昔はよろめいて倒されたりしたが、今はちょっと踏ん張れば十分に耐えられる。その意外な軽さに、みんな大きくなったんだなと、親戚のおじさんみたいなことを思った。
視聴覚教室前の掲示板全面に「おばけやしき」の看板がかかっていることに、俺たちは初めて気がついた。廊下を挟んで職員室の斜め向かいにあるのに、全然目にしたおぼえがない。二回も通ったし、こんなに大きな看板なら目に入っていたはずなんだけど。
「いやいや、さっきまでなかったでしょ、これ」
亜依が言うと、祐紀が掲示板の端を引っ張った。なんと、看板ごとパカパカと動く。
「軽い発泡ボードで作って、マグネットシートでつけられるようにしてあったみたい。あたしたちが図書室にいる間に、入ってきてつけたんだろうね」
ゲームマスターは俺たちの動きを、とことん把握している。でも、とりあえずここまでは来た。あとは脱出するだけだ。待ってろよ、ゲームマスター!
入り口の表示があるドアを引く。室内は照明がついて明るかった。午後から一般参加の人たちが楽しむであろう、子供たちの手作り感あふれるおばけやしきの中に、俺たちは進んでいった。