○○○○● -Ⅱ-
花に名前はつけられない。
わたしは透明なナイフを手にして、わたしを閉じ込めているガラスの壁に近づいた。
奴はわたしを見ると微笑んだ。
その微笑みが真実のものでないことは分かっていた。
奴はわたしの精神的な部分を掴んで人質にしているのだ。
もう、止められない。止めたくないという思いが、ゆっくりとゆっくりとわたしを焦らせていった。
わたしは本当に異星の人なのだろうか。
違う。そうじゃない。全て、それは妄想の中の世界に過ぎないのだ。
わたしはただの普通の人。残念ながら、わたしはただの普通の人。
ふと、見つめていたら、昔の時の光景が蘇ってきた。
ガラスの壁が教室の壁になり、一輪の花が人になり、財宝が机や椅子となった。
やがて、みんなの声が聴こえ始めた。
声は麗らかな、晴れ晴れとしているものではなく、騒々しい荒れた獣の咆哮のようだった。
わたしはそれを聴く度に、いつも懊悩としていた。
耳の中に毒を入れられているような、そんな気分。唇を強引に引っ張られて冷たいナイフを当てられているような、そんな不快感。
今でもわたしの精神世界で渦巻いている。
誰かに認められたい、誰かに感謝されたい。それは誰でも願うことだ。わたしだってそれは同じだし、いつか努力していれば叶うものだと信じていた。
しかし、それは幻惑という名のうたかたでしかない。
鉛で出来た砂山に鉄の球を乗せる。積もった砂が徐々に沈んでいく。
わたしの存在自体もその球のように、砂の中へと消えていく。
誰もわたしのことを知らない。誰にも使われないのなら、わたしもわたしのことを知らなくていい。
この名前だって、忌まわしいものとして扱っていけばいい。
所詮はそんなもの。「産まれてきたことが奇跡」なんてそんなことは綺麗事。この世界には必ず、無駄な人間というものが存在するのだ。
わたしはその中の一人。間違ってこの地に来てしまった人。
だけど、消えるのはとても怖いの。だからこうして妄想の世界の中だけでも女神を気取って、豪華なドレスを着てここにいるの。
造花を植えて、見えないガラスを造って、来るはずもない誰かを待って。
「愚か者ほど現実に関する知識が不足しており、その一方で想像の世界での造詣には詳しい」
偉い人がそういっていた。そう、この人の言っていることは当たっている。悔しいほどに、わたしのことを言い当てている。
最近は何もかもがどうでも良く感じる。ヘドロのような暗闇に手を置いて、自分がこの時間の中で生きているという実感を知る。
そして、その実感を知って喜ぶのは自分だけだということも悟る。
ありがとう、そして……ごめんなさい。