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○●●○○

 私は唖然とした。

「グライダー…… だと?」

 思わず口をついた言葉がそのままスクリーンにぶち当たってかき消された。だが、この驚嘆と感歎の想いまでは消えることがない。

 グライダー。この言葉が意味することは分かっている。この霧の多い山脈の上を飛翔し続けられるのは「AGグライダー」を置いて他にない。だが、私はどうしてもその考えを信じることができなかった。なぜなら、あの不安定な機体がここまで来たという資料は今まで見たことがないからだ。一体、どんな精神力を持った挑戦者なのだろう。好奇心と恐怖心が異様に揺らいで止まらなくなった。

 スクリーンが外の景色を映しだす。常に霞んでいたはずの空が、今日に限って晴れ晴れとした青に変わっている気がした。間違いない、やはりこれはグライダーのせいだ。

 私は目を深く閉じた。闇と包まれた世界が徐々に澄んでいき、淡い光を放つようになった。じわじわと忍び寄ってくる覚悟と緊張が、私の精神を焦らせた。

 運命の時が、とうとうやってくるのだ。

 手が震え、足の感覚が無くなり、宙に浮いているような気持ちになった。

 スクリーンが再び緑色になった。

 赤い点は…… 私が助けるべき人は、すぐそこまで迫っていた。

 

 

 太陽の光がそれに反射して、僕の眼を一瞬だけ貫いた。

 あまりの眩しさに、僕は思わず体勢を崩しそうになった。パニックが起こる寸前までいったが、何とか僕は持ちこたえることができた。ここまで来て、堕ちるわけにはいかない。だが、先ほどの光のせいで視界に大きな黒いゾーンが出来てしまった。ゾーンが消えてゆくのを待つ間、僕は先の景色が見たくて仕方がなかった。

 もやもやが段々と姿を消していく……。代わりに出現した物体を見て、僕は大げさに感嘆の声をあげた。

 僕がその時見たのは、恍惚を感じるほど美しい、真っ白な建物だった。

 それはまるでUFOのような見た目をしていた。よく言うアダムスキー型という名の奴だ。そのアダムスキー型に、上部と下部からそれぞれ細い柱のようなものが付いている。上部の柱はここからでは長さが分からないが(上まで覗きこめないのだ)確認できないほど高い柱だということは分かる。

 中心の膨らんだUFO部分はとても巨大だ。横一列に並べられた窓を見る限り、廃墟になっていないことは分かる。磨き上げられた窓の透明感が、この位置にいても確認できるからだ。僕は当然の如く胸が躍った。感激のあまり嗚咽が漏れそうになった。あそこに人が住んでいるならば、それは女神であることに間違いはないだろう。想像と違って意外にも現代的な建物だが、そんなこと今は関係ない。ゴールが視界にあるというその事実だけで、僕はもう万年まで喜ぶことが出来るのだ。

 ただでさえ大きいストラクチャーが、僕が近づくことによって、さらに壮大さを増してゆく。叩きつける冷たい風も心地よく感じてきた頃、僕はある疑問にぶち当たった。一体このUFOはどこから入るのだろう、と。建物の後ろ側に入り口があるのだろうか。だとしたら少し面倒くさい。グライダーの知識に関しては素人の僕に、そんな繊細な行動が出来るわけがないのだ。

 僕は模索した。「模索」というのは答えを求めて様々な方法を試みることだが、僕の場合の模索は何もせずに、ただ冷や汗をかいているだけの状況を表していることである。入り口が無ければ、AGグライダーが入る余地はもちろんない。最悪、着陸出来ずにこのまま墜落を待つことだってあり得る。

 その時だった。グライダーの上の方から、不意に誰かの声が響く気配がした。それがただの気配ではなく、実際に流れている音だと気づくのに数秒かかった。声は僕の小さな耳を刺激し、新たな世界へと誘おうとした。僕は最初こそは身の危険を感じ(模索中に突然そうなったのだから仕方がない)意識を声から逸らそうとしていたが、やがてその声の成分の一つ一つが美しさを纏ったものであることを知り、僕は耳を傾けるようになった。グライダーに乗ったまま、僕は侵入者に身を委ねたのである。僕は寡黙になり、山脈の空には美しい声だけが音を奏でていた。

 声の主は女性のものであるようだった。どうやら歌を唄っているらしい。伴奏は聞こえてこないが、歓喜を覚えるその歌唱力が全てを補っていた。綺麗で穏やかな旋律。これほどまでに完成されたソプラノを僕はこれまで聴いたことがなかった。だから、僕の身体が新世界に飛ぶのは至極当然なことと言えた。

 歌の詞は似ているような言葉をリフレインしていた。それは次のようなものだった。

 

 ひめやかに流るる

 花の美しさは……

 ゆるやかに過ぎゆく

 時間の儚さは……

 わたしはあなたになりたくて……


 僕はその詞の意味を深くまで理解することが出来なかった。だが僕はいつしか、彼女の唄を口ずさむようになっていた。何度も何度も喉の奥で唱歌をし、歌詞を覚えていくにつれて、僕は自分がグライダーに乗っていることも徐々に忘れていってしまった。チューブを握る手も、秒針が動くにつれて弱まっていった。

 力が抜けていく…… 名前も知らない彼女が生みだす、最高のASMR。耳の奥がこそばゆくなって、僕は思わず微笑んだ。どうして笑いが出たのか、それは僕自身にも分からない。ただ今までの緊張感が崩れ、幸福な気持ちになったのは事実だった。

 良いことなのか、悪いことなのか…… 僕はそのまま、意識を失ってしまった。

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