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○○●○○ -Ⅰ-

 研究所の壁は純白に包まれている。

 私は飲んでいたプラスチックのカップをテーブルに置き、椅子の背にもたれかかった。研究の疲れが一気にのしかかってきたような気がした。テーブルも、壁と同じように純白だった。白のエリアに黒いコーヒーが位置する。それだけで私には趣あるものとして目の前のものを感じることが出来た。

 獣の臭いが辺りに漂っている。別にくさいとは思わない。むしろ、私にとっては好印象を感じる匂いだ。これを嫌いになってしまったら自分自身を否定することになってしまう。人間たちは自らの体臭を嫌う傾向にあるが、それが私には不思議でたまらない。

 私は再びカップを手に取り、最後に残ったコーヒーをすすった。カップを持ったまま、私はゆっくりと腰を上げた。そのままテーブルのある部屋を出て、キッチンの方へと向かう。

 私の研究所は広間を中心として、細い通路が枝分かれのように伸びている。通路の先には小部屋が必ずあって、それぞれが異なる役割を担っている。私が先ほどいたのは休憩所だ。あそこにはテーブルと椅子、そして冷蔵庫が置かれているだけで、他には何もない。そもそも、部屋自体が狭いので余計なものを置くスペースがないのだ。

 自動扉が開き、私は中心部に足を踏み入れた。獣の脚が直に奮いたつのが感じられる。ここにくる度に私は少々の緊張を覚えるのだ。

 広間も休憩所と同じ白の壁で出来ていた。このカラーは私が決めた。何物にも染まらない色。研究者としての私の生き方にぴったりである。加えて、客人を迎えるのにも白は大変都合がいい。私のことを知らなければ、客人は勝手に私を「清潔な人」と勘違いしてくれるからだ。

 そんな純白の広間には、枝分かれした通路の入り口と、横幅五メートルはあるかというキーボードのパネル。そして、その前にある百インチ越えのスクリーンの三つが存在している。天井はとても高い。どれくらい高いかと言うと…… いや、恐らくどんなに上手く説明しても言葉足らずになってしまうだろう。一応数値では二十メートルと出ている。

 私はカップを掴んでいる左手の指を右手の方に持ち直した。特に意味のない行動だ。私は改めて広間を見渡した後、キッチンへと続く通路の方を目指そうとした。

 しかし、それは結局「目指そうとした」のまま終わってしまうことになる。

 遠くのパネルから突如ビープ音が鳴ったのである。

 私は急速に呼吸をして、パネルの方を振り返った。不快なビープ音はemergency(緊急事態)を意味する。考えられることは一つしかない。何者かが、私の研究所に近づいてくるのだ。

 カップを放り投げ、私はパネルに向かって走った。部屋の広さがこれほど面倒に感じた日はなかった。

 沈黙を守る研究所に、久々の騒音が響き、私は呼吸を乱す。なるほど、足が遅いというのはこういうときに困るのだな。今までそんなことは、気にしたこともなかった……。

 頓狂な獣にさらなるアニマル的要素が加わる。息を荒く吐き、遠のいた意識に追いつこうとした。ビープ音の轟きも徐々に乱れをみせていった。耳も正常な機能を果たそうとしない。

 (パスワードを入力してください)

 機械的な女性の声が私の壊れた耳に入ってくる。そう、このパネルとスクリーンはパスワードを打ち込まないと動作しないようになっているのだ。

 運動不足からくる自己嫌悪を横にやり、私はパネルに並べられた数多のキーを打ちこんだ。

 (パスワード ******)

 (システムの動作を許可します)

 音声とともに、スクリーンがパスワード入力画面から、レーダー表示画面へと切り替わった。

 レーダーは単調な音を刻みながら、今起こっている事実を、無情のままに映しだしていた。全体が緑色のレーダーに私の研究所を示す白。その点を中心として、山脈の方から赤い点が中心へと近づいてくる。

 これは客人などではない。今日は誰もここに来ないはずなのだ。

 ミサイルか、テロリズムか。縁起でもないことを考えながら、私は赤い点の正体を突き止めるため、パネルを操作した。もしミサイルであれば、直ちに研究所に装備された防御システムで、撃墜を試みるのだ。

 私は唾を飲み込みながら、必死に指を動かした。腹の中が急に落ち込んでいくような気がした。

 じっと緊張に耐え、衛星の解析を待つ。

 一秒、また一秒…… この一瞬を待つだけで気が狂ってしまいそうだった。

 (侵入物の解析が出来ました)

 流れるメッセージに心が跳躍する。無論、嬉しさからくるものではない。

 赤い点の正体がスクリーンに表れる。私は恐る恐る画面を見上げた。

 映っていたのは、僅か五文字の言葉だった。

 (グライダー)

 グライダー?

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