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ハンググライダーについては『ハンググライディング教本 (A級練習生技能課程)』を参考にしました。
ですが、ハンググライダーと物語中に登場するAGグライダーは基本的には異なるものです。そのため、この知識を鵜呑みにして実際にハンググライダーを操縦することは大変危険です。専門の正しい知識をもって操縦を行うようにしてください。
僕が力説すると、友人は顔をしかめてこう言った。
「つまり……おまえは何が言いたいんだ? あの『空飛ぶヤツ』に乗って、一儲けしようってことなのか?」
「一儲け、いや……」僕は思わず口ごもった。心の中で大きな二つの意味が踊っている気がした。友人の言っていることは百パーセント間違いではない。しかし同時に、百パーセント当たっている、というわけでもないのだ。
僕は唾を飲み込むと、彼の誤解を解こうとした。
「確かに『あれ』に乗るというのは、一儲けする、ということになるのかもしれない。これまで多くの人たちがあれに挑戦をし、失敗しているからね。その行為を、みんなは『儲け』というのかもしれない。ゴールにあるのは数多の財宝だし、それを目指してみんな飛ぶのだから。でも、僕はこの行為を『儲け』とは考えていないんだ。僕は他の奴らと違って、得た富を彼女のために使うんだ」
「彼女って誰だよ」友人は顎を一瞬こちらに向けて言った。その仕草には嘲りの感情も含まれていると僕は思った。
「この話で彼女って言えば一人しかいないだろ。女神のことだよ。ゴール地点で財宝を守っている、美しい女神のことだ」悔しい気持ちを表情に出さないようにしながら僕は述べた。
「あいつか……」爪ぎわのささくれを親指と人差し指で取り除きながら、彼は言った。会ったことのない女神の存在を、想像で頭に描いているのだろう。僕でさえ遭逢したことのないその姿を、どうして頭に描けるのか、僕は不思議でたまらなかった。
友人はしばらく思案した後に、僕に向かって口を開いた。「お前が言っていることは矛盾な点がある。それは、財宝を目指すと言っておきながら、その財宝を女神のために使うというとこだ」
「どこが、矛盾なんだい?」
「矛盾だね。よく考えてみろ、お前に得は何一つないんだぞ。せっかく財宝を手にいれたのに、それを自分の富にはしない。それじゃあ骨折り損だ」
「違うね」僕は否定した。「女神を助けることは、僕にとってプラスにもなるんだ。最終的には」
「お前のそういう回りくどい言い方が嫌いだよ」彼は言った。「俺はな、こう見えてもお前のことを心配しているんだ。お前も知ってると思うが、一度あれに乗っちまったら、もう引き返すことは出来ないんだぞ。後は自分の腕と、気まぐれな運を信じるだけだ。あれはただの乗り物じゃない。『AGグライダー』なんだ。何が起きるか分かったもんじゃない」
「大丈夫。成功するためのプロセスはちゃんと組んである」僕はこめかみの辺りを人差し指で叩いた。
「大丈夫に見えないから、こうやって教室でお前を説得しているんだよ。いいか。失敗することを考えろ。失敗したら自分がどうなってしまうのか。墜落した後には憂鬱と、長く厳しい時間が待っているんだぞ」
「分かってるよ、そんなこと。十分すぎるくらい分かってる」僕は左手で団扇のように扇いで制した。
教室の壁にかかった時計は午前七時を示していた。そろそろ行かなければならない。他の同級生が来る前に。なるべくばれてしまわないように。
僕は友人の目を凝視して、覚悟の意を彼に伝えようと試みた。彼は、なんだよ、とでも言いたがっているように後ろにのけ反った。
左手に握りこぶしを作り、木造の机を勢いよく叩いた。
「僕は……どうしても彼女を救いたい。そう、『AGグライダー』を操縦することは僕が自分に課した使命なんだ。もちろん、君が言うような危険が沢山あることは分かっているし、心配する君の気持ちもよく分かっているつもりだ。でも、僕は決して生半可な気持ちで言っているわけじゃない。この思いだけはどうか、分かってほしい」
僕は訴えた。冬の乾燥で口の中がからからになるくらいに。
出発を反対する友人は、僕のこの言葉で心の変動を示したようだった。僕が生半可な気持ちで愚かな行為をしようとしているのではないということを彼は分かってくれたようだった。
そして、この予測は彼のこの一言で証明に達することとなる。
「責任は自分でとれよ。俺は止めたんだからな。間違っても失敗を人のせいにはするな。それが守れるんなら、行くのを許してもいい」
僕は表情を輝かせた。「ありがとう。必ず成功させてみせるよ」
友人はにんまりと笑った。