なんか、モテる(変な方向で)
暗い。目が覚めて初めに感じたのは安堵だった。
目覚ましが鳴った気配もない。この暗さならまだ日は昇っていないだろう。これなら二度寝ができる。幸せな時間。夢の世界に戻ろうとしたときに、違和感に気付く。
身体が動かない。
寝返りがうてないのだ。いろいろと身体を動かしてみるとどうやら手足をベッドの縁に括り付けられている様子。つまり大の字の状態である。俺が寝てる間に何が起きたんだ。まさかこのまま殺されるんじゃ。恐怖とともに目をあける。俺の部屋ではなかった。
薄暗くてよく見えないが、なんとなく牢屋を彷彿とさせる狭さだった。足のほうにドア。窓はない。壁と天井は見た目だけならコンクリートのようだった。触ったら意外と柔らかかったり……しないよな。問題は、誰が、何のために、俺をここに連れてきたのかということだ。別にうちは金持ちじゃないし身代金目的は考えにくい。俺に恨みを持つ人だろうか。でも監禁する必要がわからない。拷問が始まる? 自分の考えに身震いした。目的を考えるのはやめておこう……。
寝る直前に何をしていたか思い出そうとしても、覚えていない。歩いていたところを拉致? わからない。確かなことは、朝に家を出たということ。登校中に何かあったに違いない。
うんうん唸っていると、ドアノブを回す音がした。びくりと身体が跳ねる。ガチャガチャと何度か、回された後、少し静寂が訪れ、それから鍵が開く音がし、誰かが入ってくる。ドアの向こうも暗かったが、入ってきた人はランタンを持っていて、その明かりで顔がわかった。
「あれ?」
幼馴染の紗季だった。なぜこんなところに。え、もしかして、犯人?
「あ、おはよー。頭痛くない? 大丈夫?」
紗季は、ランタンを俺の枕元に置くと、のんびりとした口調でそう言った。他人の心配が第一に来るあたり、紗季らしい。……じゃなくて。
「ちょうどよかった。これ外してくれ。それと、ここどこだ?」
「それはできないなー。えっと、ここは私の秘密基地、かな」
いつも通りやわらかい笑みを浮かべながらの拒否。やっぱり犯人さんなんですかね。知らない人に拷問されるとかじゃなくてよかった。いや、知り合いにされるのも嫌だけど。紗季はそんなことする子じゃないし、大丈夫だろう。
「悠くん最近私とお話してくれないからちょっと実力行使に出ちゃった!」
無邪気にバールのようなものを両手で握りながら、握りながら?
「紗季、それ、何?」
「あっ、ちょっとね」
そして慌てて後ろ手に隠す。ちょっとねってなに! こわい!
「そんなことより、悠くん、最近委員長と仲良しだよね? 付き合ってるの?」
「あー、そういえばよく話しかけられるな……。別にそんなことないぞ。ってか話題を露骨に変えられた挙句に謎の恋バナなんですが?」
「なんだ、よかったー!」
はじけるような笑みで俺の抗議は無視された。
「委員長かわいいから私じゃかなわないかなって思って。じゃあ消さないといけないって思い詰めてたけど、悠くんがそんな感情抱いてないってわかって安心したよ。じゃあこの縄はずすね。ごめんね、こんなことして。私との約束忘れちゃってたら、うん、まあ、これはいっか。私だって不安になるし嫉妬もするんだよ? 悠くんは私だけ見てればいいんだから。他の人のところに行かないで。それだけは覚えておいてね。そうしないと、これだけじゃすまなくなっちゃう、気がするから。お願い」
どうしよう。細かいところ突っ込みたいけど突っ込めない。何か恐ろしいスイッチを入れてしまいそうだ。約束って何ですか……。これだけじゃすまないって何ですか……。消すって何ですか……。頑張って飲み込む。
てきぱきと縄を外す紗季。少しだけひりひりする。痕が残るかもしれない。長袖でなんとか隠れるかな。
「はい、飲み物。喉乾いたでしょ」
「ありがとう」
もらったペットボトルは半分ほどスポーツドリンクが入っていた。それを一気飲みする。意外に喉が渇いていたようだ。少しだけ紗季の顔が赤く見えるのはランタンのせいだろう。まさかこれ飲みかけだったりしないよな?
それから少しだけ最近のことについて話した。高校生になってから何となく気恥ずかしくなってあまり話しかけられなくなったこと。じゃんけんに負けて委員会に入っていること。それに伴って委員長と話すことが多くなったこと。世間話よりも弁明の意味合いが強いけれど。
そうこうするうちにものすごく眠くなってきた。眠すぎて頭痛がする。
「寝てもいいよ。私はここにいるから」
その言葉をすべて聞く前に俺の意識は闇へと落ちていった。
目が覚めると公園のベンチに寝ていた。変にリアルな夢を見たなぁと思った。手首についた赤い痕を見るまでは。
* * *
次の日の紗季はいつも通りだった。あちらから言わないということは触れないほうがいいだろう。そう判断して、いつもなら避けるところを話しかけた。もっと話したいって言われた気がするから。紗季は少し嬉しそうだった。
「相良くん、体調大丈夫?」
教室に入ると同時に委員長が話しかけてくる。
「体調? なんで?」
「昨日休んだじゃない」
「えっ、あっ、うん、平気」
そういえば昨日は一日監禁されていたんだった。両親にサボりがばれるかと思ったけど、特に何も言われなかった。無関心な親でよかったと思う。
「まだ本調子じゃないようね。あまり無理しないで」
「ありがとう」
視線を感じる。おそらく紗季だろう。またあんなことされないように誰かと話す時はほどほどにしなきゃな……。
自分の席に着くと何か手紙が入っていた。放課後、教室に残っていてくれという内容で、このやりとりはよくあるから、また委員長の仕事を手伝わされるんだろうなーと朝から疲れてしまった。文化祭も近いしそれ関係だろうな。直接言ってくれればいいのに、なんでこう、遠回りな手段をとるかなぁ。
「悠希」
ふと名前を呼ばれた。
「なんだ、秋良か。何?」
秋良。小学校時代からの親友。紗季と秋良とよく三人で遊んでいた。
「昨日のメール、なんだったんだ?」
「昨日?」
昨日は携帯をいじる暇なんか……と思ってメール履歴を見るととんでもないことになっていた。よくメールをする人に片っ端から「もう話しかけないでくれ」「迷惑なんだ」のような俺を孤立させようとする文面が送られていた。電話帳もいじられた形跡がある。どこでパスワードを……。
固まっていると秋良はため息を吐いた。
「やっぱお前じゃなかったか。妹の仕業か?」
犯人は紗季しかいないのだが、言葉を濁すしかなかった。
「電話帳のバックアップは取ってなさそうだな……。よし、これを機にスマホにしよう」
「ちょっと、いや、かなりショックでそこまで考えられない……」
男女関係なく、紗季と直接知り合いじゃない人たちはほとんど消されていた。しかし、秋良を含め、紗季の知り合いでも消された人もいる。何を基準にこんなことを。……契約した時に入った電話帳預かり的なサービスあった気がするから今日帰ったら調べて戻そう。あ、用事あるんだった。早めに終わらせないと。
放課後。
委員長の家に行くことになった。今日は誰もいないらしい。
いや違ういかがわしい話ではない! けっこう大掛かりな作業をやるということで委員長の家の庭を使わせてもらうという話になったんだ! 断じて! そういう話ではない!!
何一人で言い訳してるんだ。馬鹿か俺は。
浮かれて気持ちがなかったわけではない。幼馴染以外の女の人の家には入ったことなかったし。妹の部屋はノーカン。
出されたお茶を飲んで、眠くなって、気づいたら狭い部屋に閉じ込められていました。はい。学習しない悠希くんです。嘘だろおい。二日連続かよ。
「このメールは何? あたしのこと嫌いになっちゃった? あたしはこんなに好きなのに……」
そう言って委員長は服を脱ごうとする。待って! それやったらまずい! 待って!!
「既成事実があれば逃げられなくなるでしょう?」
「やめてください! お願いします! 無事に帰してください!」
「痛くないし、ほら、逆に」
「心には大きな傷を負うと思います!」
頑張って説得してみる。説得というか自分がギャーギャーわめいてるだけにしかなってないんだけど。
「大丈夫、あたし頑張るし、あたしなしでは生きていけない状態になってもらわないと。だってあたしは相良くんが好きだから、相良くんにも好きでいてほしいし、あたしのこと隅々まで知ってほしい。だいたいライバルが多すぎるのよ。知ってる? 相良くんは人気なの。みんな気になってるの。表面上には出さないけれど、こんなに素敵な人を放っておくわけがないものね。特にあなたの幼馴染のあの子。いつも意識してる。上手くカモフラージュしているけれど、あたしの目はごまかせないわ。相良くんを一番愛しているのはあたしなのに。だから先に、ね。そうすればあの子も諦めてくれるでしょう?」
笑顔がまぶしい。説得失敗。
「二人の同意がないとまずいから! 委員長、考え直して!」
「嫌なの?」
上目づかいで、ややうるんだ目でこちらを見る。軽く乱れた服が色っぽい。じゃなくて!
「こんなことしなくても俺は逃げないし、少しずつお互いを知ってからでも遅くないし、だいたい順序踏まないと祝福されないからね! 俺はそんなのやだよ!」
委員長は少し考えるそぶりを見せた後、納得がいったようで。
「そうね。確かに急ぎすぎたかもしれない」
ホッと一息、かと思いきや。
「じゃあ相良くん……、いえ、あなた。今日からあなたとは夫婦の関係に」
「なんでそうなったのかなぁ!」
「ダーリンでもいいわよ」
「違うっ!」
これから二時間ほど説得を続けて何とか友達から始めるということに落ち着きました。
* * *
「ただいまぁ」
「おっかえりー!!」
二日間の疲労でヘロヘロだ。妹が抱き着いてくるが適当に流す。妹は五つ下の小学生。最近ませてきて困る。大人ぶりたい年頃なんだろうけど、なんだかなぁ。
「お兄ちゃん、どこいってたの?」
「友達の家」
「女の人の匂いがする。二人。昨日と今日。違う人。お兄ちゃんもやるねー」
何この小学生こわい。最近の小学生ってこうなの?
「でも肝心のお兄ちゃんはヘタレだ。でもあたりまえだよね。わたしがいるもんね」
……なんか同じような展開を経験したぞ。
「紗季姉さんと、もう一人は誰だろう?」
くんくんと俺の脱いだ服を嗅ぐ妹。それをさっと回収し洗濯機を回す。これで臭いは消えるだろう。
「あー!」
「じゃあ、俺は寝るから。明日何もないし起こすなよ。洗濯頼んだ」
この場合、何か言われる前に逃げるに限る。戸締りを確認し、ベッドに入る。疲れからかすぐに夢の中へと旅立てた。
次の日は妹と買い物に行くことになった。約束通り誰にも邪魔されないで昼まで寝ていたら、家にいるのは俺と妹だけになっていた。両親は出かけたとか。仲良くていいことですね。そして妹が近々遠足があるとかで俺が引っ張り出されることに。面倒だけど仕方ないよな。あとで経費を母さんに請求するか。
そう、ただ買い物に出ただけなのに。
「悠くん!」
紗季。
「あらダーリン」
委員長。
まさかの同時エンカウント。最悪だ。
「ダーリン!?」
「あら、何か?」
視線が突き刺さる。頼む委員長。紗季を刺激しないでくれ……。
「悠くんに近づかないでください。悠くんは私と結婚するんです」
「あら、幼いころの約束かしら? そんなの有効なわけないでしょう。あなたも薄々感じているのではないの?」
「ぐっ……」
逃げていいかな、逃げていいよね。手をつないでいる妹と引っ張ろうとした瞬間、空気がおかしいのに気付いた。
「このにおい……。昨日のお兄ちゃんについていたやつだ……」
なんでわかるのこの子こわい。
「お兄ちゃんに近づかないでください!」
そして参戦した。もうやだこの空間。
「あら、妹さん? はじめまして。悠希さんの妻になる予定の、そうね、お義姉さんって読んでくれるかしら」
「妹ちゃん! 妹ちゃんは私の味方だよね! ね!」
「お兄ちゃんはわたしと結ばれるんです。口出ししないでもらえますか」
紗季と委員長は二人で目を合わせて笑う。
「血のつながった人とは結婚できないのよ」
「だから悠くんは私と結婚するの」
妹は無視していいか。紗季と委員長を説得しなければ。俺は今の状態ならどっちも選ばないし、友達でいることだって考える。もう少し大人しくしてくれなきゃそういう目で見られないから。よし、これで行こう。
「二人とも」
俺が口を開けた瞬間に妹が爆弾を落とした。
「わたしとお兄ちゃんは血がつながってないので」
待てー!
「それに若いってだけで大きなアドバンテージを持っていることになります。五歳も違うんだもの。あなたたちが三十路でも私はまだまだ二十代。ほら、勝負は決まっているようなものですよね。だいたいわたしが一番にお兄ちゃんのことを好きになったのに、あなたたちは何ですか。いきなりわいてきて。お兄ちゃんがそんなどこの馬の骨ともわからないものになびくと思ってるんですか? 本気で? もしそうならとんだお笑い草ですよ。わたしなら親も良い子だってよくわかっているし許してもらえます。あなたたちはわたしの親に気に入られるくらい接していますか? 紗季姉さんだって小学生のころは頻繁に出入りしていましたけれど、中学に上がってからは全然ですよね。この点もわたしが有利なんですよ」
こんな小学生は嫌だ。どこで育て方を間違えたのだろう。育てたの俺じゃないけど。
義理の兄妹って何。俺の知らない情報だぞ、それ。本当のことなのか、でまかせなのか。たぶん嘘だろうけれど。
「そんな未来の話をしても仕方ないわ。高校生にとって小学生なんか眼中にないのよ。今はただのおこちゃまなんですからね」
「妹ちゃんには悪いけど、恋愛対象になるのは無理だと思うよ」
「そう、ダーリンの隣にふさわしいのは、あたしよ」
「私!」
「あたし!」
「わたしだもん!」
かやのそとー。
いまにも手が出そうな三人。これ止めるべき? だって発端は俺、だよね? たぶん。どうしよう。
迷っていると後ろに引っ張られた。そっちを見ると秋良がいた。目で「逃げるぞ」と言われ、静かに、気づかれないように、その場を離れる。
「助かったよ、ありがとう」
「まさかお前があんなことになってるとはな」
「最近おかしいんだよ……」
「わからんでもない。悠希は人を引き付ける力がある」
「ん?」
雲行きが怪しいぞ。まさか。
「まあ悠希の魅力を最初に気付けたのは俺なんだけどな。だいたいあんなやつらにお前を渡せるかよ。だってお前の一番は俺だもんな。ああ、もちろん変な意味じゃなくて。さすがに恋愛感情なんか持ち合わせてないぞ? お前は俺だけを見ていればいいだなんておこがましいこと考えてないし、実力行使にも出ないし、嘘をついてまで縛りつけようとも思わない。お前に彼女ができても気にしないし、結婚しても祝福するよ。ただ、お前の一番は俺だっていう前提のもとな。大丈夫、大丈夫。俺はお前を裏切らないし、お前も俺を裏切らない。ずっとこのままの関係が続いていく。何も問題ないじゃないか。な?」
こ、こいつもかァー!!
俺の心の声は虚しくこだまし、人ごみへと消えていった。