蟷螂村
以前、某雑誌で東京介という主人公が妻の郷里に行き、その地の風習に驚くという話を八百字で書くと言うコンテストがあり、それに応募したのがこれです。
東 京介が妻の郷里『蟷螂村』を訪れるのは結婚以来一年ぶりの事である。前回来た時は、山奥のごく普通の村としか感じなかった。
村人が女ばかりだというのを妙だとは思ったが、特に気にはしなかった。ましてや、こんな風習があるなど、知る由も無かったのである。もし、知っていたら……
「やめてくれえぇ! 楓さん!!」
京介は、体中をロープで縛られ身動きを取れない状態のまま、あらん限りの声を張り上げた。だが、夫の必死の懇願に対して妻の楓は少し済まなそうな表情を浮かべただけでこう答える。
「ごめんなさいね。あなた。私の村の女は、身ごもったらこういう事をするのが風習なの」 楓は妊娠二ケ月目の子供が入っている腹をそっと撫でると、出刃包丁を持って立ち上がった。その背後で火に掛けられた大鍋がぐつぐつと煮え滾っている。彼女の親族数名が、鍋をかき回していた。それを使ってナニが料理されるのか想像した京介の顔は恐怖に歪む。
「やめてくれえ! 僕の事を愛していないのか!? 僕と風習とどっちが大事なんだ!?」
楓は、出刃包丁の腹を一なめしてから言う。
「いいえ。私はあなたの事が大好きよ。愛しているわ。世界中の誰よりもあなたが好き」
「だったら……助けてくれ……」
「風習なんかよりも、もちろんあなたの事が大好きよ」
京介の中でほんの少し希望の火がともった。
「誰よりもあなたが好き」
恍惚とした表情で言う楓を、京介は引きつった笑みを浮かべて見つめた。だが、次の瞬間、楓は包丁を構え直した。
「誰よりもあなたが好き。だから……食べてしまいたい」
希望の火は瞬く間に消え失せた。
日本のどこかの山奥にある女だけが住む蟷螂村。そこには男は一人もいない。
なぜなら……
ホラーともコメディともつかぬ作品になってしまいました。