第42話「作戦前夜」
リーン・サンドライトと作戦指揮官、そして西城 真治、サポート要員を含めて100人近い人間が、S国のS市街に入り込んでいた。。この街の山間部にジョーの邸宅はある。ジョーの邸宅は昔貴族が使っていた物で、城のように大きい。正門と裏門があり、庭もかなり広い。作戦はミハエルが予測したように、正門と裏門からの二面突破である。作戦の決行は明後日の0100(ゼロイチマルマル)。午前1時ジャストである。
西城は覆面を被った作戦指揮官の横で、あらぬ事を考えていた。西条の今回の仕事はこの誰だか分からない作戦指揮官の護衛である。いや、西城にはその正体は分かっていた。だが、その事は作戦が始まるまで喋る事ではない。それは重々承知していた。西城の憂鬱はそんな所にはない。
作戦本部のキャンピングカーの中に次々と入電が入る。煩わしい音だ。その、電子音に近い入電が、西城の神経を更に苛立たせ、この期に及んであらぬ事を考えている自分を、一層不愉快な気分にさせていた。
リーンも紫炎もジョー・アルシュを暗殺する事にあまり意味はないと言っていた。本当にこの作戦が人類の命運を分ける作戦なのだろうかという気がする。確かに戦争としての破滅は避けれるのかもしれない。だが、人類が抱えた破滅への様々な問題、それを解決する事にはならないのではないだろうか?個々の努力によって破綻を少しずつ避けていく。そういう地味ではあるが、とても有効な方法が必要な時期ではないかと思われるのだ。
確かに、すぐさまの世界の破綻と再構築を、自らの手を汚さぬ戦争によって目指すジョー・アルシュを倒す事に一定の意義はあるだろう。だが、世界中に散らばったβ能力者が消える訳ではない。そして、人類が目覚めず、地球自体に壊滅的打撃を与え、人の住めぬ環境にしてしまう可能性も消えてはいない。にも拘らず、西城自身もこの戦いが世界の命運を決める戦いである事をひしひしと感じるのだ。
アレクシーナやリーン、そして紫炎はこの感覚をもっと鋭く捉えているはずだ。一体何が始まるというのだろうか?それをもう少しハッキリと知りたいと思った。だが、同時に知らないままの方がいいような気もしていた。
「サイジョーさん、気を落ち着けてください。」
次々に入る入電の処理をしながら、リーン・サンドライトが言った。
「落ち着かないように見えるかい?」
西城はこのリーン・サンドライトという女がどうも苦手だった。
「ええ。いろいろ思われる事もあるでしょうが・・・・・・・・・・」
西城はフッと自嘲した笑みをみせた。
「今は目の前の任務をこなす事が重要・・・・・・って事だな。」
「そうだ。迷っている時間はないぞ。恐らく当座の最後の決戦だ。」
覆面の指揮官がボイスチェンジャーをつけた声で告げる。
「タバコを吸ってきます。」
西城はそう言って、キャンピングカーのドアを開け、雨の降る繁華街に足を降ろした。
借り受けられたホテルの一室に、リューヤと小夜子がいた。リューヤは綺麗に整えられたベットの上の、白い布団の上に座り、床に視線を落とし、小夜子は窓から雨の降る街並みを見詰めていた。
「怖いのか?」
小夜子が外を見詰めたまま問った。リューヤは床から小夜子に視線を移し、「いや、大丈夫だ。」と答えた。
「そうか・・・・・・・強いな・・・・・・・私は強がりを言う余裕もない・・・・・・・」
小夜子の視線はあくまで街並みに向けられたままだった。
「そうか・・・・・・・正直言えば、俺も少し怖い・・・・・・・・・・」
小夜子が振り向き、笑みを見せる。
「恐らくこの戦いの結末で、世界は変わる。β能力者でない私にもそれくらいの予感はある。そして、お前は生き残る・・・・・・・・それも分かる。」
自分は生きていられない・・・・そういう確かな予感があった。だが、それは口には出せる事ではなかった。
「俺が生き残るかどうかなんてどうでもいい・・・・・・・俺の願いが叶った時どうせ俺は・・・・・・」
小夜子が少し悲しげな表情をした。
紫炎を通した「眺める者」との契約の中で、リューヤは自分の存在と引き換えに力を得た。事が終わればこの世界から自分は消える。そういう契約だった。小夜子が何を賭けたのかは知らない。だが、小夜子もまた何かを失うのであろう・・・・・・・・一方通行の「神」の恩恵・・・・・・奇跡・・・・・を受けれる程、自分は強くも優しくもなかった気がする。小夜子が自らの生に対し、実直に生きてきたのに比べ、自分の生き方は弱く、甘えた物だった気もする。
自分の存在を賭け、自分の命を賭ける。それは一見格好のいい物に見える。だが、それが本当に正しいのかどうか今の自分にはよく分からなくなっていた。自分がリーンを思ったように、リーンもまた自分を思っていた。自分が小夜子を思うように、小夜子もまた自分を思ってくれている。その中で、何があろうと自分の存在や命を軽々しく賭けてはならないのかもしれないとも思える。例え、世界の破滅が懸かっていようと、例え、大切な誰かの命が懸かっていようと、自分を差し出してはならなかったのではないかと、今は少し思う。
自分の存在を賭け、世界の命運を救い、自分が消える。世界の破滅の回避という望みを叶える代わりに自分が消える。自分はいいかもしれない。だが、残された者の思いはやはり簡単には消えない。それも時が解決する。それは間違えようの無い事だ。それでも、自分の身勝手な賭けにより自分が損なわれる事を悲しむ人間がいる。それを思えば、自分の差し出した物は正しくはなかったのかもしれないとも思える。
「リューヤ。お前は何があっても生き残るんだ。お前は世界にとって「特別」なんだから・・・・・・」
小夜子が言った。リューヤは顔を背ける。
「小夜子、お前も生き残るんだ。お前は「特別」な俺にとって「特別」なんだから・・・・・・・」
「特別」な人間などいはしない。いや、いるとするならば、常に誰かにとって誰かはいつも「特別」なのだ。
「もちろん、お前を残してむざむざ死ぬ気はない。だけど、私は死ぬかもしれない。それを覚悟しておいて欲しい。何があっても、前に進むと・・・・・・・そう、決めておいて欲しいんだ・・・・・・・」
リューヤは一瞬躊躇い、目を瞑り、開けてから
「分かった。」
と告げた。
「小夜子、お前も俺が死んでも絶対に生き延びると約束してくれ。」
それが精一杯の返答だった。小夜子がゆっくりとリューヤに近づきキスをする。
「私は必ず生き延びる・・・・・・・お前の為にな・・・・・・・・・・」
小夜子はそう言って再びキスをした。