第39話「リーンの涙」
「なんだ?」
リューヤはアルテイル公国の空港で、言いようのない悪寒を感じた。今までに感じたどんな気配よりも禍々しく決定的だった。
「私も感じる・・・・・・この気配・・・・・・なんなんだ?」
小夜子は奇妙で真っ暗な、空から来る圧倒的な気配を背中で受け止めながら返した。
「間に合わなかったのか?」
リューヤが絶望的な言葉を口に出す。
「分からない・・・・・・」
小夜子も動揺していた。初めてにして、決定的で圧倒的な気配。それが、小夜子の心も動揺させていた。何もかもが壊れていく、そんな気配だった。
「空が・・・・・・・落ちてくる・・・・・・そんな気配だ・・・・・・・・」
「そうだな。そう表現するのが一番適切なような気がする。」
小夜子は落ちてくる空を見上げながら、静かに言った。
「なんですと!」
アレクシーナが電話口で声を荒げた。側で聞いていた西城とリーン、そしてリッターがビクリとする。今までアレクシーナがここまで声を荒げた事は殆どない。
「それは、確かなのですか?・・・・・・ええ・・・・・・・ええ・・・・・・・ですが、私は今この状況で打てる手を持ちません・・・・・・・それは・・・・・確かに、そうなのですが・・・・・・・ええ・・・・・仕方ありませんね・・・・・・事は特殊能力者達が関わる事、確かに普通の軍隊では難しいかもしれません・・・・・・簡単に動かせない?・・・・それは理解できます。下手に動かれれば、世界中を巻き込んだ泥沼の抗争になりかねませんから・・・・・ええ・・・・・・・・・ええ・・・・・・・我が国に出来る事があるでしょうか?・・・・・ええ・・・・・・そのように計らいます・・・・・・・いえ、過分な御期待と思われます・・・・・・我が国も全力を尽くします・・・・・・綿密な作戦はそちらの部隊がついてからで・・・・・・・下手な動きはβ能力者に気取られますから・・・・・・・では、失礼します。」
アレクシーナは電話の受話器を置き、フウと溜め息をついて顔を引き締めて西城達の方を向いた。
「やっぱり、何かあったんで?」
西城が聞いた。
「西方連合の一国が平和連合の一国に核を投下した。」
「・・・!」
「!」
「やはり・・・・」
驚いている西条とリッターを横目にリーンが静かに呟いた。
「平和連合も発足したばかりだ。そのうちの一つ、軍隊も小さく国力も低いR国が狙われた。」
「やはり、ジョー・アルシュの仕業なのでしょうか?」
リッターは動揺する自分を限界まで抑えて尋ねた。
「そう・・・・・なのだろうな。」
アレクシーナが少し悲しげな表情をする。
「彼らも焦っています。万端ではない準備で、決行を早めたようです。彼らに何が起こったのかはわかりませんが・・・・・・」
リーンがどこか寂しげな意口調で語り、アレクシーナが頷く。
「こうなった場合、どうすべきかは伝えておいた通りだ。・・・・・オプションΖΖ(ダブルゼータ)を発動する。ただし、アメリカからα能力者の特務部隊が到着するのを待ってからだ・・・・・・。」
アレクシーナには既に動揺の気配はない。予測はしておいた事だ。その時期があまりに早かった。それだけの事だった。
「アメリカにもα能力者の部隊があるんで?」
西城がアレクシーナに尋ねた。
「軍事超能力の研究はかなり昔に打ち切ったと聞いていたが、そう単純には出来ていまい。」
「極秘事項を打ち明けてでも、ジョー・アルシュの暗殺に乗り出す。そういう事ですかい?」
「世界の崩壊の時など誰も望みはしない・・・・・・・そういう事だ・・・・・・・・」
アレクシーナはそう言って一息ついた。
「リッター、至急リューヤと連絡をとってくれ。西条は陽子からの上がりうるだけの情報を届けてくれ。」
「は!」
「はい!」
リッターと西城が退席し、リーン一人が残る。
「お前の心配していた通りになったな。」
アレクシーナが静かな口調で言った。
「私は心配などしておりません。私は預言者ですから・・・・・・・」
アレクシーナは一瞬目を逸らせて、再びリーンに視線を戻した。
「私の前で隠す必要はない。泣きたい時は泣けばいい。」
「いえ、私は・・・・・・・・」
アレクシーナがリーンの目を見て小さく頷く。
「じゃあ、少しだけ・・・・・・・・ごめんなさい・・・・・」
リーンはその場で、生き返って初めて泣いた。