第31話「恋と戦友」
帰ってきたリューヤは無口だった。西城はリューヤと入れ替わって出て行き、二人っきりになっていたが、小夜子が何を話しかけても、ああとかうんとかいう言葉しか帰って来なかった。
「何かあったのか?」
小夜子が意を決して聞いた。
「小夜子は・・・・・・・」
「ん?」
「小夜子は俺の側にいて危険を感じた事はないか?」
小夜子は少し笑う。
「危険危険でないと言えば、常に命懸けだったな。お前を守る事が私の役目だろ?危険があって当然だ。違うか?」
「そう・・・・・なんだよな・・・・・・今回の一件だって俺を護衛する役目じゃなきゃ、刺される事もなかったはずだ。」
「何が言いたい?」
小夜子はハッとするほどのきつい表情でリューヤを見ていた。
「俺の護衛なんて事をしなければ、お前の命はもっと安全じゃないかって事。」
「私の仕事を忘れているのか?私の仕事はいつも死と隣合わせだ。お前の護衛につく以前からな。」
「だが、高レベルのα能力者が死に晒される危険性は、俺に係わらなければ皆無に等しいんじゃないのか?」
「今回だって素人に刺されて命を落としかけた。どこにいても危険は同じだ。」
「だけど・・・・・・」
「私を追い出したいのか?」
「いや・・・・」
そんな訳ではなかった。
「リーン・サンドライトに会って来たと、お前は言った。お前が心変わりしたと言うなら遠慮なく言ってくれ。私は護衛に徹するか、徹し切れないと判断するなら私は自分から任務を降りる。」
その言葉は嘘だった。リューヤの心変わりを知り、リーン・サンドライトとの事を心から祝福できる。そんな心理的状態にはなかった。
「俺がリーンを選ぶと言えば、日本に帰るのか?」
「そうなれば、私は私の内情を上層部に報告しなければならない。上がなんと判断するかは分からないが、今、私以上どころか、私に近いレベルのα能力者もいない、だから私を外すとは思えない。」
アレクシーナに話し、圧力をかける事で小夜子を日本へ戻す事は可能だ。だが、果たしてそれで、小夜子の身の安全を保障できるというのだろうか?リーンの時のような事はごめんだった。
「正直に話そう・・・・・・・・」
リューヤは覚悟を決めたように言った。
「私が邪魔ならはっきりと言ってくれ。」
小夜子は冷徹な表情でハッキリとそう言った。
「小夜子・・・・・・君はこの先の運命で命を落とすらしい。」
「だから?覚悟はとうに出来ている。」
「俺は、おまえを死なせたくない。」
「人間はいつか死ぬ。それを恐れては何も出来ない。」
「そういう意味じゃない。俺は俺より先に小夜子に死んでもらいたくないんだ。リーンの時のような気持ちはもうごめんだ。俺が死んだほうがましだ。」
「お前は私が死なせない。何があってもだ。」
リューヤの言葉が嬉しかった。だが、小夜子は自分の心を表には出さないように勤めた。
「愛する者が目の前で死んでいくのがどういう気持ちか分からないから・・・・・・」
「そうだな。私には月並みな感情など不相応だろう。だが、愛する者を失いたくないという気持ちは今は分かる・・・・・・・・」
「なら・・・・・・・」
「お前は私を安全な場所に送って自分だけが危地に飛び込むつもりか?お前一人で戦う気か?全ての戦いが終わる。それを私にずっと待っていろと言うつもりか?私に力がないのならともかく、私にはお前を守る力はある。それで、私に自分だけ安全地帯に隠れて待ってろと言うのか?お前は命の危険性があるというのに・・・・・・・」
「俺は、どうしたってお前を失いたくないんだ!」
「私だってそうだ!」
リューヤが表情を引きつらせて言葉を発する。
「もう二度とあんな思いは・・・・・・・・・・」
「私に出来ることをやらせず戦死報告を待たせるのはやめて欲しい。」
「お前らの言うとおり俺が「特別」なら俺は死なない。」
「イエスだって殺された。神の保障が何になる。」
「俺はリーンを選ぶ!邪魔なんだよ!」
心からの言葉ではなかった。だが、小夜子を傷つけ黙らせるには十分だった。
「例えそうでも・・・・・・・・私は・・・・・・・私はお前を守る。私が「生きる」意味はそこにしかないんだ・・・・・・・・」
「違う。お前はドレスを着て笑った。パーティーの場所でも笑った。普通の女の幸せだって十分手に入れられる。だけど・・・・・今のまま俺の傍にいれば、きっと・・・・・・・命を落とす。」
「それをくれたのはお前だ。お前の前だから笑えた。そのほんの一時を過ごせたのもお前といたからだ。私は、その為になら命も惜しくない。」
「幻想だ。お前が選べばそういう道だってある。」
「初恋の男を死地に追い込んで見物してか?そんな事が出来るほど私は器用じゃない。」
「俺が死んでもきっと時が忘れさせる。リーンの時だってそうだった。」
「廃人のような生活を何ヶ月も続け、なお引きずって?私はお前が死んだら生きていない。私には「命令」とお前への感情以外何も残っていないんだ。捨てられてまで自分の恋を取り戻そうとは思わない。でも、私がお前を好きだという気持ちはきっと消えない。」
小夜子の生い立ちを7者会議の時に聞いた。きっと事実なのだろう。壊れそうな精神を国家の為の「命令」で支えてきた。そして人の温かさをリューヤから感じた。止める事はもう不可能なのだろうか?
「俺は・・・・・・俺は小夜子、お前の事が本当に好きだ。いや、気付いたら好きになっていた。どうしようもない何の歯止めも効かないほど・・・・・・・・」
「それが本当なら傍に置いてくれ。私の寿命がいつ終わろうと、それまで傍にいたい・・・・・・・」
リューヤはゆっくりと小夜子に近づきキスをした。
「これが答えだ。」
「私の護衛を認めるのだな?」
「戦友に引っ込んでいろとは言えないものなんだな。」
リューヤは諦めたような口調だった。
「そうだ、私とお前は最高の戦友で最強の恋人だ。私もお前が好きだ。」
今度は小夜子がリューヤにキスをした。




