第21話「小夜子の意思」
「では、次はミス・サヨコ・・・・どうぞ。」
西城の発言がこれ以上ない事を確認して、アレクシーナがそう告げた。小夜子が一瞬リューヤの方を見て、それからアレクシーナの方を見据えた。
「私は・・・・・・・・」
小夜子は言葉を区切り、その後静かに伝えた。
「私は・・・・・・日本の一エージェントに過ぎなかった。高いレベルのα能力者とは言え、別段「干渉者」や「眺める者」に選ばれた訳でもなかった。」
西城もリューヤも、いや、ジョーを除く全ての人間が静かに聞き入っていた。ジョー・アルシュだけが、どこか不真面目な雰囲気を醸し出していた。
「リューヤについていた事だって最初は命令に過ぎなかった。リューヤの監視の為に紫炎教に潜伏し、リューヤが他国と接触をもつやいなや「暗殺」しようとした。F国に行ってリューヤに協力したのだって、命令だ。私は戦う機械・・・・・・・・理由は上が考えてくれた。私は命令に従う・・・・・・ただそれだけの存在だった・・・・・・・」
「あなたの成育過程、それがあなたに大きな影を落としているのも事実でしょう・・・・・気に病むことはありません・・・・・・・・」
紫炎が静かに言った。
「そう、私は家出少女だった・・・・・・・父は酒を飲むと私をよく殴った・・・・・・・母は浮気をしていて、父に手酷い折檻を受ける私を見ては、「お前なぞ生まなければよかった。」と毎日のように言った。「私はいらない・・・・・」毎日のように私は呟いた。そして6月13日の雨の日、死ぬ為に私は家を出た。」
小夜子はそこで言葉を区切った。
「そして、飛び降りようとした橋の上で、今の部長の山口に拾われた・・・・・・・適性検査を受け、私は内閣調査室特別部隊の予備部隊に入った・・・・・・・私には才能があった・・・・・専門家に言わせれば、親から受けた虐待のせいで脳の特殊な部分が成長したせいらしいが・・・・・・・」
小夜子は再び言葉を区切った。その顔は無表情に近かった。
「私は、男勝りの成績で特殊部隊に入った。戦う事が生きる意味であり、命令を果たす事こそが生きる希望だった・・・・・・・」
小夜子の顔は相変わらず無表情だった。
「だけど、私はリューヤに出会った。世界の運命を背負う男・・・・・・それがキャッチフレーズの青年だった・・・・・・・どんな人間だろう・・・・・・そう思った・・・・・・・どこかのインチキ宗教の教祖のようなヤツだろうと思っていた・・・・・・・・・・」
小夜子はちらりとリューヤの方を見て、再び正面を向いた。
「だが、違った。特殊な運命を背負ったと言えど・・・・・恋人の死を悲しみ、目の前に広がる惨劇に目を叛ける事の出来ない・・・・・・・・ただの人間だった・・・・・・・私はリューヤに出会い少し変わった・・・・・それは自分ですら気付かないほんの少しの変化だった・・・・・・・そして、リューヤを知り、また私は少し変わる・・・・・・・いつのまにか私は命令ではなく自分の意思でリューヤを守っていた・・・・・・命令では邪魔になれば「暗殺」する事を望まれていた・・・・・・だが、いつのまにか私にはそんな気はなくなっていた・・・・・・・・」
「それが、この問題とどう関わっていると言うんだ!私は日本の一エージェントの来歴を聞きに来た訳じゃない。」
ジョー・アルシュが苛立たしげに言った。
「馬鹿は黙ってろ!」
西城が強張った声で言った。ジョー・アルシュにとってどこまでも憎憎しい男だった。
「すまなかったな・・・・続けてくれ・・・・・」
西城がそう言った。小夜子が軽く頷く。
「私の生きる意味はいつしかリューヤを守る事に変わった・・・・・・・上の命令もまたそうだった・・・・・もちろん「暗殺」を考慮する命令は今も生きてる・・・・・だが、私にはもう殺せない・・・・・・・私は・・・・・」
小夜子が少し悲しげな目をし、決意を込めた表情で言葉を続けた。
「私はリューヤを守る!・・・・・・・そして、その望みが世界の破滅の回避ならば・・・・・・私はその為に全力を尽くす!」
そして、小夜子は再び目を伏せた。
「それが、今の私の生きる意味だから・・・・・・・・だから諦めて欲しくない。けして不可能に見えても、誰が諦めようとも、何がどうなろうと、あなただけは諦めちゃいけない!だから・・・・・・・だから・・・・・・・・・」
言葉が激昂しても小夜子の顔は無表情だった。しかし、その無表情の瞳から涙が零れ落ちる。
「例え愛する者が変わろうと、自分の中の何かが崩れようと・・・・・・あなたは・・・・・・・あなただけは・・・・・そんな、何もかも諦めた顔をしないで!」
リューヤはその言葉を静かに受け止め、曲がっていた背筋をゆっくり正し、小夜子の顔を見詰めた。小夜子は、無表情のまま中空を見詰め続けていた。




