最初のモノガタリ
それは夏の大三角形がよく見える、ある日だった。
屋上にて、僕と彼女は向かい合っていた。僕は扉側。彼女は、僕の反対側にいる。
はっきり言おう。今にも、彼女は飛び降りそうな勢いだった。
「おい。馬鹿な真似は止めろよ。こっちに来い」
「そっか。君には、これが『馬鹿な真似』に見えるんだ」
僕の立場は勿論、止める位置にいる。言葉がちょっと乱暴だったかもしれないが、僕はあえて「馬鹿な真似」と言った。しかし僕には解っていた。その「馬鹿な真似」に至るまで、どれだけの時間を掛けて、どのくらい考えたのかを。
しかし、僕はあえて、こう言う。「馬鹿な真似」と。
「そうだ。死んだら、それで終わりなんだ。逆に聞くが、お前はこれが『馬鹿な真似』じゃないとか言うのかよ?」
「ううん。言わないよ。確かにこれは『馬鹿な真似』。だけど、人によって違うんだよ」
「…何が言いたい?」
「この行為は、君にとって『馬鹿な真似』かもしれないけど、私にとっては『たった一つの逃げ道』なんだよ」
彼女は風に髪をなびかせ、悲しそうな顔で言う。
不謹慎だが、その顔と背景の黒い闇がとても似合っていた。まるで七夕が終わり、彦星と会えない織姫のような感じを醸し出していた。
「逃げるのか?」
僕は強気で言う。
「あの、完璧主義者で、負けず嫌いで、『逃げる』って言う選択肢を一度も提示しなかったお前が、逃げるのかよ」
対する彼女は、また悲しい顔でこう言う。
「私は結局、完璧じゃない。欠陥だらけ。それにね、一度くらいなら逃げてもいいと思っちゃったんだ。これで最後だし」
彼女は、くるりとその場から回れ右して、あと一歩踏み出せば落下というところで止まる。
「君も、許してくれるでしょ?」
「お、おい!そろそろいいかげんに――――」
その刹那、彼女の体は宙に舞う。僕は惨めに手を伸ばすが、届くはずがない。
また、だった。また僕は、彼女を助けてあげられなかった。
何度目だろう。この宙に舞う少女を目にするのは。その光景さえも、美しく映る彼女の姿を見るのは。
そして俺は、何度目か分からないが、時間を戻した。
シリアス目指してます、はい。