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一人でできること

作者: ぎょにく

私はクラスで浮いている。話が苦手で、よく「暗い」と言われているからだろう。

でもクラス委員をやっている。残念ながら同級生に頼りにされているわけではない。私が休んでいる間に勝手に任命されていたのだ。


やりたくない、という気持ちはあった。しかしこれを機に友達ができるかもしれないという下心と、断ったらもっと嫌われるかも、という不安から文句を言わずに引き受けることにしたのだった。


それから数日が経ったころ。朝礼が終わり、担任の先生から来週の校外学習のしおり作成を依頼された。難しいことは一つもなく、ただ順番にプリントを重ねてホッチキスで止めるだけの単純な仕事だった。これなら一人でも時間さえかければできるだろう、そんなことを考えて一日を過ごしていた。特に誰とも話さない、いつもと変わらない学校生活。あとは放課後に残ってしおりを作るだけだった。しかし終礼で私の予想していないことが起こった。


「今日クラス委員にしおり作成を頼んだ。誰か放課後、時間のあるやつがいたら手伝ってあげてくれ」


その言葉に私は驚いた。独りぼっちで作業を覚悟していたというのに、もしかしたら誰かが手伝ってくれるかもしれない。諦めていたそんな希望に手が届いたような気がした。


しかし現実はそう甘くなかった。先生がいなくなり半分の生徒はすぐさま教室を出て行った。残りの生徒は仲の良いグループで話をしているが私のことを気にかけている様子は感じられない。さっきは期待に心臓が痛くなるほどにドキドキしていたのに今では別の痛みを帯びている。勝手に期待をして勝手に失意に駆られる自分が悪いのか。こんな私でも一人前に傷つき、そんなことを考えながら作業を始めた。


しおりを五冊作り終わった時点でクラスには私以外誰もいなくなっていた。元々考えていた状況だというのにまだ心がもやもやしている。自然とため息がでる。そのとき急に教室のドアが開く音が聞こえた。私はドアの方に目を向けた。クラスメートの女子がそこには立っていた。


「遅くなってごめんね。私にも手伝わせて」


さっきまで気持ちがあまりに激しく浮き沈みしていたからか、一瞬この人の言っている意味が分からなかった。数秒思考が停止し、何か話さねばと焦って口ごもる。落ち着くことなく私が絞り出した言葉は自分の気持ちとは反対の、遠慮の言葉であった。


「え、あの……いいです、悪いし。一人でできますから」


何を言っているんだ、私がそう思う前に彼女は言葉を返してきた。


「一人でできるなら二人でもできるでしょ?」


「ね?」と促す彼女の笑顔は素敵で今でも忘れられない。結局その言葉で首を縦に振る事になり、彼女に手順を教え、一緒に作業を始めた。さっきまでは紙がすれる音とホッチキスの音以外していなかったが、今は彼女と私の声がする。なんだかそれが何よりも嬉しくて苦手な会話も楽しくて仕方がなかった。二人でやると仕事もはかどり、もう作業が終わりに近づいていた。


「どうして手伝ってくれたんですか?」私は思い切って尋ねてみた。

「委員長、昔私と席が隣りだったの覚えてる?」

「……うん」

「消しゴムを忘れた私に貸してくれたのは覚えてる?」

「どうだったかな……」

「自分の消しゴムを半分に切って貸してくれたんだよ。私はあの時すごく嬉しかったんだ。でもなんだか恥ずかしくってお礼が言えなかったの」


彼女は最後のホッチキスをパチンと留め、勢いよく立ちあがった。


「あのときはありがとね!ほんとに嬉しかった!」

「あ、え……えっと」

「こういうときはね、胸を張って『どういたしまして』って言うんだよ」

「あ、うん……どういたしまして」

「ふふ、言えて良かったー」


「あ、あの……」

「ん?」

「て、手伝ってくれてありがとう」

「どういたしまして!!」


すごく清々しい気持ちになれた。ずっと欲しかった友達ができた。嬉しいことがいっぱいあり過ぎてその日の夜は眠れなかったのを覚えている。それ以来、彼女の友達とも友達になれ徐々にクラスに溶け込むことができるようになった。だから今の明るい私があるのはあなたのおかげなんだよ、ってこの前彼女に言ったら「元はあんたの優しさがきっかけでしょ」と一蹴された。昔のことを母に話すと「情けは人のためならずってことね」とキリッとした顔で言われなんだか気が抜けてしまった。「おやすみ」と告げると、母は「あんたの昔話は初めてね。話してくれてありがと」と言った。私はもちろん笑顔で胸を張って言った。


「ふふ、どういたしまして」

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