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BLACK NOTE  作者: 綾瀬 綾
第四章
13/15

「そういうわけで、人探しを手伝ってください」

「どういうわけかわからん!」

 クライヴがやっと足を止めたのは詰所からだいぶ離れた皇都の中心部、ガルグイユ城の城門近くの小さな広場だった。こんな所まで黙ってついてくる方もついてくる方だが、とにかく素っ頓狂なクライヴの様子にイザークは訳を問いただした。

「だから、人を探してるんですよ!」

「だから、誰を探してるんだよ!」

 イザークが怒鳴るように言うとクライヴは少し人目を気にするような仕草をし、声を潜めて答える。

「ソルアレク様です」

「……? ソルアレクってだれ……ああああ!?」

「声がでかいですよ!!」

 驚きに目を見開きさっと顔を青ざめさせるイザークをクライヴは慌てて咎め、疲れたように肩を落とした。

 ソルアレク様、と言われて思い浮かべる人物はこの国ただ一人。このガルグイユ城、この都、この国全ての主、神皇ソルアレク・ニヴ・グライアスだ。

「あそこにいないのか?」

 イザークが疑わしげな表情ながら周囲を挙動不審に見まわし、声音を落としてすぐそこに我関せずと聳え立つ城を指差すが、クライヴは首を横に振る。

「これは大事だぞ……近衛は探してるのか?」

「それこそ大事になるのでまだ知らせていません」

「いやいやいや、じゃあ何人で探してるんだ?」

「僕と、イザーク君。二人」

 声色は深刻そうなのにけろりと言い放つクライヴ。ザークは思わず長い溜息を吐いた。

「馬・鹿・かっ! こんな広い都、二人で探しきれるわけねーだろがっ!」

「あ、あともう一人」

「誰だよ」

 クライヴが空を指差す。見上げると上空に珍しく竜が飛んでいた。さっきから道に大きな影が掛かったのはこれか、とイザークは竜の動きに注目した。すると、あることに気付く。

「あれはまさか……」

 とイザークが何か言いかけたときだった。

『……おい、何をしている』

 突然、どこからとも無く声が響いた。

「な、何だ今の!?」

 狼狽するイザークを余所にクライヴは涼しい顔で何やらその声の主と会話をはじめる。

「はいはい、今イザーク君連れてきたところです」

『イザーク』

「はいっ!?」

 謎の声に名を呼ばれイザークは思わず背筋を伸ばして気を付けの姿勢になる。

『俺の声を忘れたか?』

 忘れるものか。その冷たく抑揚の薄い声色。幼い頃剣の稽古でさんざん叱られたあの声だ。

「いや、いやいや、どこに居るんデスカ!?」

 再び辺りをきょろきょろ見回すイザークの姿が面白いのかクライヴが他人事のようにあははと笑う。

 しかし謎の声の主は至って冷静な声で答えた。

『上だ』

 イザークはもう一度空を見上げる。ガルグイユ城の空を旋回する竜。陽光に遮られてよくは見えないが、あの普通の竜よりも一回り大きな竜影は間違いない、特殊兵団『銀翼ぎんよく』の竜騎士総長にして現神皇の元御付武官長で現相談役、東神将カイン・ドルガ・ドラグーンの騎竜だった。

「あの上から、どうやって……」

 イザークの呟きにクライヴが答える。

「この魔具を使ってるんです」

「指輪?」

 クライヴは人指し指に嵌められた鈍い光を放つ指輪を見せると頷く。

「細かい仕組みは省きますが、カイン将軍も同じ物を持っていて魔力で声を届けているんですよ」

『そういう訳だ。陛下のことは聞いたな。協力しろ』

 カインは素っ気無くそれだけいうとブツンという音と共に沈黙した。

「協力って……」

「カイン将軍は空から探すそうなので、僕らは地上を」

「だから、二人じゃ無理だって」

「まぁ大丈夫、君が居ればもう見つかったも同然です」

 クライヴは訳の分からないことを言うと突然意識を集中させるように目を閉じた。

「……何をしてるんだ?」

「しーっ……陛下の魔力を探っているんですよ」

 そんなことができるなら最初から、とイザークが言いたげなのに気付いたのだろう。クライヴはすぐに目を開けると首を竦めて答えた。

「陛下は多分今、僕のローブを着ているんですよ。あのローブは特殊な繊維で織られたローブで、魔力を遮断してしまうんです。だから普通の状態では探ることが出来ないんですが、君が近くに居れば……」

 クライヴはもう一度目を閉じると続ける。

「……君と陛下の魔力は若干似ているところがあって、まあつまり、お手本を見ながら字を書くようなものですよ」

 クライヴの簡単すぎる説明に魔術の使えないイザークはわかったようなわからないような顔をする。

「俺に魔力なんてあったのか?」

「ありますよ? まぁ数字にしたら僕が百万だとして君は二くらいなものですけど」

「あっそう。で、見つかったのか?」

 クライヴの言い様はひっかかるがそれはさておき、どうやら上手くいっていないようだ。

「多分……南の方なんですけどー……」

「よし、じゃあとりあえず南の方へ行ってみよう」

 果たして三人ばかりで見つけられるのかという疑問はひとまず置いておくことにした。とにかく神皇が消えたというのは一大事に違いなく、これで見つかるのならそれに越したことが無いのは確かだ。

 イザークは一旦馬を取りに詰所に戻ると後ろに嫌がるクライヴをなんとか説得して乗せ、城を通り過ぎてグレイプニル大通りを疾駆した。ソルアレク神皇が誰にも知られず城を出たのならまず馬には乗っていないだろう。人目に付かず馬を持ち出すのは難しい。

 それにしても人だらけの城内を如何にして誰の目に留まることなく抜け出したのかは疑問だが、恐らく皇族にしか知らされていない秘密の抜け道でもあるのだろう。抜け道の出口にもよるが神皇はまだ十四歳の少年、その足では内壁から出るほど遠くへは行けない筈だ。

「カインには連絡したのか?」

 エルシードを駆りながらイザークはクライヴに話しかける。

「はい、でもあんな高いところから人探しなんて出来るんですかね?」

 クライヴはがくんがくんと揺れる馬上に四苦八苦しながらも何とか答えた。

「あの人は異常に目がいいからな」

 イザークは上空を飛ぶ竜騎士を見やりながら言う。

「へぇ……二人は仲が良いんですか?」

「仲が良いって言うか……兄上の幼馴染だからな」

 イザークの兄クレアとカインは同じ神将家の長子で同じ年の生まれだ。

 父親同士も親交が深かったということもあって幼い頃からの親友同士であり、イザークも物心着いた頃からの仲で剣術の稽古などもつけてもらっていた。そのためクレアが士官学校に入ってから知り合ったログレスより近しい間柄で少々礼儀を欠く言葉遣いも許されている。

 だが四年前のある事件を切欠に交流を閉ざすようになり、以来カインとは久しぶりに言葉を交わしたことになる。

 カインの方は全く以前と変わらなかったが、イザークとしては少々ぎこちない気分だった。そのことはクライヴには伏せつつ、イザークはカインとの関係を簡単に説明する。

「それより、何でお前がカインと陛下を探してるんだ?」

「話すと長くなるんですけどねえ……」

「端折れ」

 前のように長々と話されてはかなわないとイザークが言葉短かに言う。クライヴは心外だとでも言うように首を竦めたがたどたどしく話し始める。

「えーっと……カイン将軍は例の皇都に住む知り合いで、紹介してくれた仕事っていうのが『緋眼』の隊長職で、魔術士隊長就任のご挨拶で陛下と会って、少しお話して、僕が一旦席をはずしたら、こういうことになったんです。……こんな感じでいいですか?」

 クライヴが言い終えると、急に馬が止まりイザークがもの凄い勢いで振り向く

「待て待て待て、今色々突っ込むところがあったぞ!? 隊長!? お前が『緋眼』の!?」

 『緋眼』とは建国当初からある『白鬣』『黒牙』『藍角』『銀翼』の四つに加えた、五つ目の新設兵団で魔術士のみで構成された部隊のことだ。

 他の特殊兵団はそれぞれ神将が一つずつ受け持っているのに対し『緋眼』はそのバランスの崩壊を防ぐため神皇の直属となっている。が、実際は神皇が戦場に出ることはまず無いので、状況に応じて現場にいる最上官が指揮しているらしい。

 しかしいくら凄腕の魔術士とはいえ軍経験の無いクライヴがいきなり隊長に就けるとは。特殊兵団は兵団ごとに全く勝手が異なるというが、一番正規軍に近い形態の『白鬣』では考えられないことだった。

「まぁ、優秀な副隊長殿がついていますから、なんとかなりそうですよ」

 クライヴは暢気に笑うと馬を進めるよう促す。

「カインと知り合いだったってのも驚いたが……全く予測不可能だなお前は」

 イザークは改めて嘆息すると馬を歩かせる。

「無医村の無免許魔術医から異例の大抜擢ですからねえ。予測できる方がすごいですよ……あ」

 と、クライヴは何かに気が付いたように言葉を切り、目を瞑った。

「近い……ですね」

「本当か?」

 イザークは付近に注意を向ける。すでに二人は内壁の城門に近いところまで来ていたが、人気はあまりない。城門を抜けて商業街まで出られていたら厄介だがこの辺りならすぐにでも目に留まりそうな感じだった。しかし。

「……陛下ってどんな顔だったっけ?」

 そういえばとイザークが首を捻る。よくよく考えてみればイザークは現神皇の顔を見たことが無い。今は亡き先皇の顔は何度か目通りの機会を得て知っていたが、まだ戴冠して長くない現皇は謁見したことが無かった。

「……まぁ白いローブを着た獅子人の少年を探してください」

 クライヴが苦笑気味に言うと、イザークは再び通りに目を向ける。

「……そもそもこんなところで何してるんだ?」

「さぁ……陛下に直接聞いてみては?」

 かぽかぽと馬の歩を進めると噴水広場に行き着いた。ここはもう城門の目と鼻の先だ。小さな噴水を中心に道が開け、端々に木々が植えられ人々は備え付けの長椅子で個々の憩いの時を過ごしている。

「いないですねえ……」

 クライヴは馬を降りるとまた目を瞑って神皇の居場所を探り始めた。イザークもその周りを歩いて周囲を見回す、と、小さな人だかりを発見する。

 人形劇だ。官庁街に住む身なりの良い衣服を着た幼い子供達が母親や乳母に連れられ小さな観劇を楽しんでいる。さすがに十四歳の興味を引くには稚拙すぎるか、とイザークが踵を返しかけたときだった。

「あ、居た」

 背後でクライヴがその子供達の群れの一角を指差した。その先には小さな子供の体と婦人の体に紛れそのどちらにも属さない体躯の金毛の少年が腕を組んで立ち、先端が丸く白い毛の耳をぴくぴくと動かしながら劇に見入っている。その身には見覚えのある白いローブ。間違いない。

「あれが……?」

 あれが神皇陛下か?イザークは思わず目を凝らした。

 数年前謁見の間で見たは威厳に満ち、一目でそれと分かる風貌をしていた。赤絨毯の先で荘厳な玉座に座し、此方を見据える眼光に身を硬くしたものだ。しかし今視線の先にいる彼は、端正な品のある顔立ちこそしているがやはり何処にでもいる、一人の子供以外の何者にも見えなかった。

「そういうものですよ」

 クライヴはイザークの考えを読み取ったように首を竦めた。

「陛下はまだ十四歳。戴冠してまだ二年経っていません。皆が想像する『獣神の御使いたる神皇陛下』になりきるにはまだまだ長い時間が掛かる……ということです」

 そう言うとクライヴはその場に座り込み、何とも言いがたい沈痛な面持ちでソルアレクを見つめ押し黙った。イザークもそれに倣い隣に座る。

 子供達が歓声をあげた。劇の勇者が魔王に止めを刺したようだ。こうして勇者は助けた姫を娶って王になり、末永く幸せに暮らしました。お決まりの文句と共に人形劇は終幕する。

「アレク様」

 三々五々に散ってゆく子供達。母親に手を引かれ楽しそうに帰ってゆくそれを、立ち止まって見送る少年にクライヴがそっと声を掛けた。

「クライヴ」

 神皇、ソルアレクは目を見開いたがすぐに状況を理解する。

「もう見つかったか」

 ソルアレクははにかむような笑みを浮かべると頭を掻いた。

「無断でお前のローブを借りてしまって悪かったな」

「いいえ、僕は別に。お忍びで都を散策された感想はどうでしたか?」

「綺麗な街だ」

 ソルアレクはまるで他人の物のように答えると、クライヴの背後に立っていたイザークに気付いた。

「そこにいるのはイザーク・ユニコスか?」

 突然名を呼ばれ、イザークは慌てて敬礼をする。

「はっ。申し遅れました陛下、イザーク・ユニコス大尉です」

 ソルアレクはこの場においては不自然なほど畏まったイザークを見てくすくすと笑う。

「はじめましてイザーク。去年の御前競技会では三冠おめでとう、戴冠後初の競技会だったからなんとしても顔を出したかったのだけど行けなくて済まなかった。でも一昨年より前は先皇陛下と毎年見ていたよ。一度会ってみたいと思っていた」

「光栄です陛下」

「そんなに畏まらないでくれ。ここは城外なのだから、クライヴくらいの調子で丁度いいくらいだよ。まぁ尤も、この魔術士殿は城で会った矢先からこんな調子だったが」

 ソルアレクがちょっと首を竦めると今度はクライヴが悪びれる風も無く笑う。

「性分ですのでお許しください。ところでアレク様、これからどうなさいます?」

 これから、というクライヴの言葉にソルアレクは首を傾げるが、イザークはどうしようというつもりなのか気付いて小声でクライヴに耳打ちする。

「大丈夫なのか?」

「まあ、さっきからずっと独り空から捜してるカイン将軍には申し訳ないですけどねえ」

 といいつつもその表情から申し訳なさなど微塵も見えない。それもそのはず上空を飛んでいるはずのカインの竜は何時の間に着たのか近くの庁舎の高屋根に止まり此方を見ていた。例の魔具で会話も聞こえているのだろう。それでも何も言ってこないということは許可ということだ。

 クライヴは改めて少年神皇に提案する。

「よろしければ商業街の方でもご案内しますが?」

「い、いのか?」

 ソルアレクは蒼い瞳をきらきらと輝かせ、細長い尾を嬉しそうに揺らす。

「勿論。カイン将軍のお許しもいただいてます」

「カインがか!?」

 ソルアレクの心底意外そうな声にイザークは笑いをかみ殺した。今頃屋根の上でカインは独り憮然とした顔をしている事だろう。

「ただし、はぐれるといけないので移動は馬で。イザーク君がお引きしますよ」

「三冠馬に跨って三冠騎士に先導されるなら光栄だ」

 ソルアレクは先程とは全く違う、弾けるような笑みを浮かべるとイザークに補助されてエルシードに跨る

「乗り心地が違うな。私の馬にもこれほどのものはいない」

「ありがとうございます。エルシードも喜んでいますよ」

 イザークが言うとそれに応える様にエルシードが嘶いた。


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