一
雲ひとつ無い真っ青な真夏の昼下がり。ガルグイユの全てが陽の元にさらされる短い刻限もそろそろ終わりを告げる頃だ。いつもと変わらずグレイプニル大通りは馬車の行き交いが絶えることなく、からからと規則的な馬蹄と共に車輪は回り続けている。
「隊長? 隊長? 聞いてます?」
その長閑な日常風景に水を差す無遠慮なユウの呼び声。窓の外に視線を投げて現実から逃避していたイザークは興ざめたように山盛りの書類に視線を戻した。
「いつまで続くんだこの仕事量は……」
イザークは諦めたような表情で山の一角を切り崩しつつ作業に戻る。
「仕方がありませんよ。神皇祭が近いですから」
そういうユウの顔色も普段に比べて随分悪い。働き者のユウがこの有様なのだから近頃の忙しさは異常ということだろう。
それ以外に特に変わったことは何も起きていない。あれから二週間経ったがクライヴからの音沙汰は無く、ウェルスレッドからも『魔王の瞳』が見つかったなどという話は聞かなかった。もしかしてあれは何か夢でも見ていたのだろうかと疑いたくなる程、一部の隙間もない平凡な日常が続いていた。
「蹄鉄の全頭交換? 必要か、これ」
「神皇祭で行進する時に多少見栄えは良くなるかと。うちは行進に参加しませんが」
「じゃ、不要。そんなことでいちいち蹄いじられる馬の身にもなれよな」
投げやりに署名した書類を処理済の箱に放り投げる。ユウはちらりと時計に眼をやると席を立ち、机を片付け始めた。
「隊長、そろそろ演習の時間ですので」
「ん、いってらっしゃい」
イザークは片手だけ挙げて返事する。
「何かございましたら練兵所の方にお願いします」
ユウは壁に掛けてあった外套を手にそれでは、と辞して執務室を出て行った。
イザークは暫く黙ったまま作業を続けていたが、ふと廊下から駆け足でこちらに向かう足音がして筆を止めた。と、同時に扉が開く。
「こんにちは! イザーク隊長いらっしゃいますか!?」
飛び込んできたのは眼鏡をかけた亜麻色の髪の少年、ではなく青年、なんとクライヴだった。何故だろうかいつものあの白いローブは着ていない。
「っ!? クライヴ!」
あまりにも唐突な再会。何でここに……とイザークが口を開きかけるがクライヴはそれを遮る勢いでイザークの机に向かうと、まくしたてるように言った。
「『白鬣』って人探しもしてくれます!? してくれますよね? よかった! ちょっと頼みたいことがあるんです!」
「ちょ、ちょっと待てってお前……何だって?」
「人手が要るんですよ、とにかく! ここでは何ですのでちょっと外へ!」
当惑するイザーク、しかしクライヴは有無を言わさずイザークの手を強引に引き、詰所の外まで連れ出してしまった。