三
――この世界には百人、人が居れば百通りの性質がある。
と、思われがちであるが、実は種族によって外見的特徴があるように性質的にも特徴がある。
神皇国で主要な種族の、よく見られる性質を挙げてみよう。
まず獅子人。皆勇敢だが、英雄心が高すぎ押し付けがましいところがある。
一角人は慈悲深い者が多い、しかし警戒心が無さ過ぎて騙されやすい。
狼人は非常に仲間想いである反面敵には酷く残虐であるし、二角人は聡明だが怒らせると右も左も無くなってしまう。
竜人は高い能力を持っているのにそれを誇って他族を見下したりはしないが、それ以前に世界に対しての情熱を感じない。
蛇人は全ての種族を上回る魔力をもつがそれを自分の為にしか使わないし、しかも嘘吐きが多い。
兎人は誰にも優しいがいつも消極的で、鼠人は働き者だが少々卑屈だ。
象人はおおらかだがどこか抜けていて頼りない。
熊人は一本気な気質だが、ただ多くを考えるのは苦手なだけとも言える。
猫人。商才に長け抜け目が無いが、いつでもマイペースすぎる。
狐人は頭が回るが狡猾。人心を掴むのが得意だが実力が伴わなければ長続きはしない。虎人は勇猛を誇るが他族と交わるのを嫌う節がある
鳥人はさらにその中にも多くの種があるが、どれも決まって奔放な性質があり、束縛を嫌う。
上記は一例に過ぎず、これがその種族の性質の全てというわけでもないが、大多数の者がこの性質をどこかに持っているというのもまた事実であろう。
個人差はこの性質が大か小かの違いだろう。極稀に全く違った性質の人物もいるが。
しかし人間だけはいまだに掴むことができない。
何故なら彼らは本当に百人百通りの性質を持っているからだ。
だから彼らは同族同士であっても互いを理解しあうことが出来ず、争い合う、孤独の種族なのである。
この多様性は彼らを繁栄に導くのかそれとも滅びへ誘うのか。
我ら孤独を知らぬ獣人は、真に彼らと衝突したとき、打ち勝つことが出来るのだろうか。
『人間論』神皇国暦千四百五十九年エリン・ザベイルグ著
「遅かったな」
重厚な造りにしっとりと落ち着いた雰囲気の室内。騎士は奥の革の椅子に腰掛け、本に目を落としたまま言った無人の部屋に向け呟くように言った。
するとその背後で、一陣の風が吹き抜ける。
風が過ぎ去ると、まるで最初からずっとそこに居たかのように一人の男が立っていた。
ローブを目深に被った魔術士風の男。彼は不遜な態度で悪戯っぽく笑うとの背後に立ち、本を覗き込む。
「なんだ、何処かで見た本と思えばザベイルグか。面白い? それ」
騎士は答えず、本を閉じるとくるりと椅子を回し、魔術士に向き直った。
「件の指輪はどうした」
「はいはい、ここに」
会話の装飾を一切拒否するような態度の騎士に魔術士は肩を竦めると、ローブの懐から小さな宝石の付いた指輪を軽く投げよこす。
騎士はそれを受け取り、鑑定するかのようにじっくりと見入った。
「小さすぎるな」
「それでも威力は十分すぎるほどだけどね。盗賊崩れの魔術士が劣化版とはいえ僕と同じ真似が出来るわけだし」
魔術士はやれやれと首を振ると続ける。
「でも駄目だ。そんなんじゃ足りない、やっぱり本物が必要だね。今回の件は全くの無駄足だったよ」
騎士は鼻を鳴らし、指輪を引き出しに仕舞うと低い声で問う。
「そのようだな。まぁいい、これはついでだ。本命のほうの首尾は?」
「まぁまぁかな。かなり好戦ムードだから、そろそろ来る頃だと思う」
魔術士は軽く言いつつ、どこか嗜虐心のようなものを隠しきれない笑みを浮かべていた。対して騎士はその表情から一切感情を読み取ることが出来ない。
「そうか。そちらの方は引き続き任せる」
「そっちは何か見つかった?」
「見つからん」
「駄目じゃん。ちゃんとやってんの?」
首を横に振る騎士に魔術士は恨めしげに溜息をついた。
「色々吹き込んでみたがそれらしい答えはなかったな。あるいは本当に知らんのだろう。あまり当てにしない方がいい」
「そうかな……まぁ僕も、最近不確定要素が混じってきて何とも言えない感じなんだけどさ」
「不確定要素?」
「うん……この子、知ってる?」
魔術士がふわりと右手で円を描く、すると中空に一人の青年の姿が映し出された。
その姿を見て騎士は初めて極僅かに表情を変化させる。
「知ってるの?」
魔術士もそんな騎士の様子が意外であるのか小首を傾げた。
「……こいつがどうかしたか?」
「似てるんだよね……」
「……こいつが?」
「うん。人種も違うし、血統もしっかりしてるから思い違いかなと思ったんだけどね。しばらく見てたらやっぱり微かに感じるんだ……力を」
魔術士の言葉に騎士がしばし思考に沈む。そして暫くしてからゆっくりと口を開いた。
「思い当たる節……無いでも無いな」
「本当に?」
「ああ……だがそれを調べるには少々時間がかかるだろう。……お前、時間はあるか?」
「……? あっちに行ってる時は忙しいけど」
騎士の問いに魔術士は怪訝な顔をする。
「ではこちらに居る時は暇なんだな。こちらでも仕事をしろ」
「え~? 僕が調べるの?」
あからさまに嫌そうな顔をする魔術士。騎士はしかし表情を変えずに首を振った。
「それは俺がやる。お前はこいつが本物かどうか近くに居て探れ」
「そりゃあ、こっちにいれば会う機会はあるだろうけど、向こうはそんなに暇じゃないんじゃない?」
有無を言わさぬ様子の騎士に魔術士は肩を竦める。
「確かにな、だが同じ職場に入れば少しは違うだろう」
「! まさか、僕には向いてないって。それに君の管轄じゃないだろう?」
「直轄ではないがな。人事くらいどうとでもなる立場だ」
「……はいはい。そうでしたね」
魔術士は嫌味っぽく溜息を吐きながら戸棚の中から高価そうな酒を選び取り手馴れた手つきで栓を抜く。置いてあった二つの杯に薄蒼い液体を注ぎこむと一つを騎士に手渡した。
「便利な地位だ。お前もそのために取り入ってきたのだろう?」
騎士は魔術士が差し出した杯を受け取り弄びながら自嘲するように笑った。
「そうだけどさ。……気乗りしないなあ、騙すみたいで。気に入ってるんだけどね、あの子」
「ほう、珍しいな。俺にはそう似ているようには思えんが」
「ふとした表情とかそっくりだよ、それに顔だけじゃなく……言動とかもね。君の可愛い操り人形よりも似てるくらいだ」
「そうか?俺はむしろ元の方を良く知らないからな」
「それもそうだね……」
魔術士は杯を傾けると思いを馳せるように遠くを見つめ、やがてそれを断ち切るように中身を一息に飲み干した。